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心地よい時間

 夏の午後。カーテン越しに差し込む光が、部屋の中をぼんやりと照らしている。


 天井の扇風機が、ゆっくりとうなっていた。


「ここが俺の部屋です。ちょっと散らかってますけど……」


「いや、思ったより全然キレイじゃん」


 伊坂の案内で部屋に入った葛西は、床に置かれたプラモデルの箱や積み上がった漫画本を見て、少しだけ目を細めた。


「落ち着くな、こういうの。懐かしい」


「懐かしい……ですか?」


「うん、なんとなく」


 葛西の言葉に、伊坂は小さく首をかしげた。けれど、それ以上は聞かなかった。





 二人は、ちゃぶ台の上にランナーやニッパーを並べ、それぞれのプラモデル作りに没頭し始めた。


 パーツを一つひとつ切り離し、順序を確認しながら組み上げていく。集中する空気の中、時間がゆっくりと流れていく。


 伊坂は夢中になっていた。だけど――。


「あっ……」


 パキン、と乾いた音が部屋に響いた。


 やってしまった。


 焦るあまり、細いアンテナパーツを、力の加減を間違えて折ってしまった。


「ご、ごめんなさい……! なんか俺、また……」


「見せて」


 隣で手を止めていた葛西が、すぐにしゃがみこんできた。壊れたパーツを確認すると、軽くうなずく。


「大丈夫。瞬着とこのランナー、使えば補強できる。ちょっと貸して」


 葛西の手元は驚くほど無駄がなかった。


 慣れた動きで接着剤を薄く塗り、細かいパーツを補うように削ったランナーをあてがっていく。息を止めて見守っていた伊坂は、気づけばその手先に見惚れていた。


「……すごいですね、葛西さん」


「ん?」


「なんか、手が慣れてるというか。プロっぽいっていうか」


「昔な、結構作ってたんだよ。手が覚えてるだけ」


 葛西はそう言って笑ったが、その目元にふと寂しげな影が差したようにも見えた。


「直ったぞ。ここから先はゆっくりな」


「あ、はい……ありがとうございます」


 丁寧に修復されたパーツを受け取った伊坂は、どこか不思議な気持ちになっていた。


 葛西の横顔は、やけに落ち着いていて、大人びていて、年上にしても……何か違和感があるほどだった。


 けれど、それを言葉にすることはできなかった。





 プラモデルを作り終えるころには、窓の外がほんのりと夕焼け色に染まっていた。


 扇風機の風が、少しだけ涼しく感じられるようになっていた。


「今日は、ありがとうございました」


「こっちこそ、楽しかったよ。久々に“そういう時間”を過ごした気がする」


「そういう時間?」


「なんでもない」


 伊坂が問い返そうとする前に、葛西は立ち上がった。


「そろそろ行くな。また明日、少し時間あるからさ」


「……はい!」


 伊坂は立ち上がり、自然と手を伸ばした。


 葛西もそれを受け取り、軽く握り返してくる。


 その手が、ほんの少しだけ震えていたのを――伊坂は、そのとき気づかなかった。

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