わたくしの日常は、神父様によって薔薇色に塗り替えられました。
それまでのわたくしの日常は、あってないようなものでした。
◆
妾との間に産まれた子。正式にお家を継ぐ予定の兄と違って、わたくしは存在してはいけない人間。立派なお家に産まれたとは思えない些末な食事。継母や兄からは常に打たれ、虐げられ、罵られる毎日。外へ出る事も許されず、まるで牢獄の中に居るかのような生活。
尖塔に用意されたわたくしの隔離部屋。高台に建つ尖塔より、鉄格子の向こうに見える景色だけがわたくしの知る外の世界でした。
その日は遠くで雷鳴が
「まるで、わたくしの心のようね」
侍女達の噂ではアルカディアの民も、貴族や王による圧政に苦しめられていると聞いていました。わたくしも民もこの振り続ける雨のように哀しみの雫を溜め、闇の中で生きているのだろうか? そんな事を考えていたその時です。
物凄い轟音と共に、尖塔へ雷が落ちたのです。
衝撃で天井の一部が崩れ、鍵のかかった扉が壁ごと崩れていました。瓦礫と瓦礫の間で九死に一生を得たわたくしは、気づけば部屋を飛び出し、階段を駆け下りていました。
建物の一部が燃えていたため、家の者はそちらへ目が入っており、尖塔に居たわたくしの存在など忘れておりました。わたくしは敷地内の森を抜け、身体中びしょ濡れになりながら麻のスカートをたくし上げ、そのまま街を駆けていきました。
どれだけ歩いた事でしょう。やがて、雨は止み、気づけば脚が棒となりそうになった時、わたくしの目の前に小さな教会が顔を出したのです。
「そんなにずぶ濡れで、どうされたのですか! さぁ、中へお入りなさい」
教会の神父さまはとてもお優しく、シャワーで身体の穢れを落とした後、冷えた身体を温めるため、温かいスープを用意してくださいました。
今まで人に優しくされた事など一度もなかったわたくしは、そのスープの温かさに涙しました。
元々家など無いに等しかったわたくしは、そのまま此処、クレイン教会へお世話になる事となりました。街外れの小さな教会だったのですが、老若男女、訪れる信者さんは多く、わたくしと一緒で悩んでいる人々がこの国には沢山居るという事を知りました。
教会に元々ザイン神父とシスターが四人暮らしており、近くには迷える子羊を泊めるための宿舎までありました。自給自足の慎ましい生活でしたが、わたくしにとっては、産まれて初めて幸せを噛み締める事の出来た日常でした。
「神父さまは、お慕いしている方はいらっしゃられないのですか?」
ある日、教会の執務室で二人きりになった事があり、わたくしは神父さまへ尋ねてしまった事がありました。一瞬天を仰いだその時の神父さまの表情は今でも忘れられません。
「私は神の教えのままに、皆を平等に愛するのみです」
神父さまはそう仰いました。
「あの……皆の中に……わたくしは含まれていますか?」
「ええ、ステラ。あなたも大切な教え子の一人です」
頭を撫でてくれた神父さまの手は温かかった。けれど、この時の神父さまはずっと遠くに居るような気がしたのです。何故、神父さまが遠くに感じたのか? その疑問はそう遠くない内に解消される事になります。
一般の懺悔室の奥にある特別懺悔室。いつもはそこへ続く回廊へ向かう扉に鍵が掛かっているのですが、その日は何故か鍵が掛かっていなかったのです。神父さまは信者の方をどのように導いていらっしゃるのか? ちょっとした好奇心でした。そして、特別懺悔室の閉ざされた扉の向こうから何やら声が聞こえて来たのです。それは懺悔をしているとは到底思えない、悦に満ちた声でした。
「え? どういう事……」
そして、わたくしは気づきました。特別懺悔室の裏手に倉庫のような小部屋があるのを。掃除道具などが置いてある小部屋の奥に、光る何かを見つけました。
それは小さな
「ザイン様! 嗚呼、今日も穢れた俺の身体へ加護を注いでください」
「じゃあ、私のため、もっとお鳴きなさい。神へ美しい声を聞かせなさい」
男の人の胸にも果実が実るという事を、わたくしは初めて知りました。小さな実を神父様が食べた瞬間、美しい肉体を持つ男の人がまるで若い女性のような可愛らしい声を上げ、鳴いていたのです。
純白のシーツの上で繰り広げられる薔薇色に満ちたその光景は、わたくしの知る世界を変えてしまいました。
その日から、特別懺悔室へ続く回廊の鍵が掛かって居ない事が多くなりました。もしかしたらもう、わたくしの心は神父さまの手中に堕ちていたのかもしれません。
神父さまには
そう、望めば理想の身体になれる。
わたくしの覚悟は決まっていました。
「神父様……」
「そろそろ来る頃と思っていましたよ」
懺悔室ではなく、神父様が一人眠る寝室へ。わたくしは夜這いに参りました。他の信者と同様、神父様へ加護という名の愛を注いでもらうために。衣服を床へ落とし、わたくしは自身の身体を見せます。何年もの間、鞭で撃たれた傷はまだ消えていませんでした。
「あなたには、シスターのままで居て欲しかったのですが……」
「では、愛して下さる時だけで構いません。わたくしを男にしてください」
「わかりました、来なさい、ステラ」
この日、傷ついた身体も、心も、全てを神父様は受け止めて下さったのです。
この日、わたくしは大人の女性……いえ、大人の男性として、初めて神父様と、
◆
これがわたくしと神父様の馴れ初めです。
「ステラ。もう家へ帰らなくてもいいのですか?」
「だって神父様。わたくしの
「そうですか。ほら、始まりましたよ」
遠く、アルカディア城から煙が上がっているのが教会からも見えます。
いよいよ始まったのですね。わたくしはわたくしの家、