アルカディア城、西側にある離宮の更に端に聳え立つ尖塔。長く続く螺旋階段を上った最上階に鍵の掛かった部屋がある。
此処は、妾の子として産まれ、王家から存在を消されていたステラ王女様が、かつて幽閉されていた場所。
王女とは思えない麻の服を身に着け、湯浴みが許されるのは週に一度。普段の食事は侍女が一日一回パンと水のみ。
暇潰しにやって来る第一王子や現王妃に鞭で打たれ、娯楽もない、望みもない毎日を送っていた彼女。それが
「お食事をお持ちしました」
「ありがとう、よくてよ」
今日のご飯はアルカディア牛のローストビーフに、魚介のエキスがたっぷり詰まった南アルバ海のパエリア。玉蜀黍の冷製スープに季節の果物盛り合わせ。うん、悪くない組合せだ。
数名の侍女が尖塔の階段を上り、何皿も食事を運ぶ光景は、ある意味滑稽だ。虚ろな表情だった彼女達も私が感謝の言葉を述べた瞬間、途端に恍惚な表情へと変わる。そしてまた、
王家の者は、一年かけてあらかた籠絡した。これも奴との盟約あっての事。これが終わればオレの役目も終わり……あら、いけない。素の口調が出てしまいましたわ。最後の晩餐といきましょう。
肉を頬張っているタイミングで鉄格子のある窓の隙間から烏が手紙を落としましたわ。どうやら準備が出来たようですわね。
刹那、城の方で爆音が上がり、城から火の手があがる様子が見えた。三方に鉄格子の窓がついているこの部屋は監視に丁度いい。窓さえ開ければ外部との伝達も飼っている烏を通じて可能。だから敢えてオレは、腐った王家との生活をせず、此処で時を待つ事にしたんだ。
◆
「神父さま、どうか慈悲を与えください」
「あなた達の生活が苦しい事は分かっています。ですが、あなたの部下はやり過ぎています。これ以上、目を瞑る事は出来ません」
奴との出会いは一年以上前のこと。元々盗みを働き、態と奴に近づいたのはオレの方からだった。
「申し訳ない! 部下にも盗みは辞めさせます! どうか、あなたへ誓いを立てるこの手を……穢れた手を神父さまの手で包んでください」
「いいでしょう」
かかった! この時のオレはそう思った。アルカディアのスラム街でオレを知らない者は居なかった。アルカディアの闇に潜む
騎士団員に捕まろうがオレには関係なかった。何故ならオレには
その能力は――
「なっ……どうしてだ!? どうしてあんたは操られない!?」
「ほぅ、面白い
くっ、騎士団も貴族も女も、全部オレの能力へ落ちれば操れたというのに、何なんだこのくそ神父は? アルカディアの民共の噂話。『クレイン教会には素晴らしい神父が居る』という話。ならばそいつを操って教会を牛耳ってしまえばいい。そう思ったオレは、騎士団員に態と捕まった。だが、思惑が外れた。
男か女かすら分からない、妖艶な空気を醸し出す神父。得体の知れない野郎だと言うのはすぐに分かった。だが、オレの精神操作が効かないとは……。
背中に忍ばせていた短剣へ手をかけようとしたその時だった。神父からオレに話を持ち掛けて来たのは。
「あなたのような人材を探していました。私と手を組みませんか?」
「は? 何を言ってやがる」
「私の能力とあなたの能力があれば、この腐った国を根底から変えることが出来る。そう言っています」
こいつの双眸は嘘を言ってねぇ。直感でそう思った。何を思ったのか、突然神父は部屋の外に控えていた女を連れて来た。そして、その女の頭へ神父が手を乗せた瞬間、目を疑う光景が眼前に広がったんだ。
「あっ、あっ、ザイン様の温かい光が……わたしの中にぃ〜〜」
刹那、ドレスのような格好をしていた女の髪が短くなり、男になったのだ!
「何が起こってやがる!?」
「これが私の
オレは背中の短剣から手を離し、両手を上げた状態で、神父へ尋ねた。
「あんた、何をする気だ?」
「あなたにはお城の奥に幽閉された、可哀想な境遇の王女様になっていただきたいのです」
「へぇー、で?」
「その後のやり取りは手紙でしましょう。あなたにはスラムの部下も居る。一年掛けて王家の者を周囲には分からない形で操り人形にして下さい。そして、一年後、国を転覆させる」
「……クーデターか」
聞けば、本物の王女は
少しずつ、少しずつこの小さな教会から信者を増やし、この男は機を窺っていたんだろう。
「すべては民のため。神を信じる者が少しでも安らかに平穏に過ごせる世界。それが私の望む世界なのです」
「まぐわいながら言う台詞じゃあねぇな」
オレが眼前に居るにも関わらず、何の疑いもなく神父の滑らせる指を受け入れてやがるこのシルクとかいう淑女野郎もとんだ変態だな。
「さぁ、私の手を取るか。スラムの闇でまた再び息を殺しながら生きるか? どうしますか?」
「クーデターのあと、オレの部下は?」
「王家を籠絡するんです。新たな街の自警団員にでもすればよいかと」
「フッ、それもそうだな」
「取引成立ですね」
奴がオレの手を握る。この時、オレの脳髄に今までに感じた事のない刺激が電気信号のように駆け巡った。
「せっかく私を受け入れて下さるんです。女の演技をするなら、雄の悦びと雌の悦び、両方知っておいて損はないですよ」
「なん……だと!?」
◆
ふぅ……これがオレとザインがあの時交わした密約。
今頃、お城の外は信者の人達が集結した義勇軍と騎士団の野郎共が戦っている。まぁ、騎士団員にも信者が居たことで、戦力の半分は義勇軍へ流れているがな。
あ、しまった。つい王女の口調を忘れちまう。だか、しょうがねぇのさ。女を意識した瞬間、奴がオレの身体に植え付けた感情がオレの脳髄へ襲いかかって来て……あ、ダメ♡
「フフフフ、アハハハハハ!」
そう、あの後のザイン様との濃密な一週間は今でも忘れられないわ♡女の姿になった副作用か、あの快楽を思い出した時だけ、下半身がきゅーーっと締めつけられるかのような熱い何かが溜まって来て、脳髄が弾けるような感覚が思い起こされちゃうの♡
って、クソっ! オレはただ、奴と取引しただけだぜ。オレは正気だ。アルカディアの闇に潜む
いいえ、ザイン様へ全てを捧げたステラ王女の影武者。わぁー、お城がいっぱい燃えてるわ。これで王も王妃もあの腐った王子もみーんな居なくなるの。
この国はザイン様のもの♡
次に教会へ帰ったとき、ザイン様からいただくご褒美が楽しみだわ♡