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第2話 魔界の底辺配信者、渾身の企画を出す


 ――ダンジョン利用者は、活動記録を動画投稿サイト『Rktube』へ自動配信することに同意する。


 それはダンジョン利用者全員が結ぶ利用規約だ。


 人間と魔界は50年前に、ダンジョンを介した資源と娯楽の供給協定を結んだ。魔族は魔法で大抵のことはできるけど、人間の創意工夫や、感情に根差した価値観は持たないらしい。


「魔族にとって、人間が困難を乗り越える時に味わう興奮や、新しい発見をする喜びの感情は、私たちの世界では不可欠だけど貴重な食事なの。だから、ダンジョンを利用する人間には、資源を得る代わりとして配信を義務付けている。私たちはそれを見て感情を摂取したり、魔力を補ったりするわけ」


 イレーヌは、身振り手振りを交えながら、俺に説明してくれた。


 ダンジョンがある限り、人間は永続的に貴重な資源を獲得できる。おまけにRktubeには人間もアクセス出来て、魔法や剣で戦う姿を見て楽しめる。その人気によっては冒険者業以上に配信で稼ぐ人もいるくらいだ。


「上質な感情を得られるダンジョンを持つ魔族は、すっごい稼げる。あたしもそんなダンジョンを目指したんだけど」


 魔界で人気なのは「ニンゲンがダンジョン攻略してくれたよ配信」。


 イレーヌもこのブームに乗ろうと、大金はたいてダンジョン攻略企画を用意したものの、結果は散々だった。理由は、人間の感情が大きく動く、大量の罠やモンスターが仕掛けられた、高難易度ダンジョンの攻略配信が人気だから。


 結果として残ったのが、ダンジョン経営に必要な初期費用の借金。俺が同情しているのに気づいたのか、イレーヌがまくし立てる。


「ダンジョンマスターはね、人間に対して直接的な干渉はできないの。物理で攻撃も、心の中をいじるのも、いっぱい助けてあげるのも、ぜーんぶダメ! これが魔界と人間界のお約束の中で、魔族にとって大事なルールなの。人間が『飼いならされたペット』みたいになったら、大事な感情を失っちゃうもの! でも、いくらほしい感情があるからって、危険な目に合わせるのは違うじゃない!?」


 だからこそ安全性の高いダンジョンを作ったのか。兎耳をぶんぶん振り回しながら嘆くイレーヌは、見た目以上に優しい魔族なのかもしれない。


「お願い、ダンジョンマスターとして報酬は約束するから!」


 イレーヌの言葉と示された報酬額に、俺はしばらく考え込んだ。報酬額を使えば、今の借金はすぐさま完済できるだろう。完済したあとの当てはないけれど……返済できない人間には、なりたくない。


「……分かりました」

「敬語はなし! お願いしている側は私だし!」

「分かった。……俺には損はない話だと思う。できる範囲なら、協力する」


 俺がそう告げると、イレーヌはパアッと顔を輝かせた。その瞬間、彼女の瞳が緑色の光を放ち、俺のステータスデバイスに、これまでとは違うアイコンが追加された。


 よく見ると『イレーヌのコツコツダンジョン配信日和!』というチャンネルに、俺も運営者として加わったことが示されている。コツコツって……俺の今までの生活に近いものがある気がして、笑みが浮かんだ。


「やったー! フズリナ、ありがとう! あたし、もうこれで大丈夫だわ!」


 イレーヌが、その場でぴょんぴょん跳ね回った。兎耳がブンブン揺れるその姿は、魔界のダンジョンマスターというより、保育園児を思わせる。


 見た目は褐色兎耳美女なのに。


「でも、俺の配信を魔界で流すって、何か特別なのか? だってRktubeは魔界でも見られるんだろ?」

「そこは任せて! ちゃーんと企画があるんだから! ……題して『魔族集合! ウチで一番人気の人間配信者と直接喋れるよ!』」


 なんだそれ。顔に思い切り俺の動揺が出ていたのか、イレーヌは一瞬言葉に詰まる。しかし彼女にとっては、これは画期的な発案らしい。


 普段、ダンジョンマスターが直接人間と会話する姿は滅多に見られない。それは、「非干渉の原則」が厳しく定められているからだ。魔族が人間と直接接触できるのは、ダンジョンマスターとして活動を監督する際や踏破時に限られ、それも最小限に抑えられている。


 ましてや、配信上で人間と会話するなど、前代未聞。だから絶対にバズる、とのことだった。


「えっと……もしかして、さっき俺のピッケルから鳴った音が、何か関係する?」

「察しが良いわね! 『魔界配信の権利』を、ダンジョンマスターとしての特権をギリギリまで利用して掘り当てさせたの!」


 俺のピッケルが鳴らしたあの奇妙な電子音は、単なる通知ではなく、魔界との特別なチャンネルを開くためのトリガーだったようだ。


「でも、大丈夫なのか? 魔界で人気の動画はもっと違うんじゃ」

「確かに、魔界で人気があるのは、人間が死んだり、派手な罠が発動したりする動画よ。死の危険にさらされた時、人間の感情が最も複雑に出現するからね」


 悪趣味だな、と思うのは、俺が人間だからだろう。ダンジョンにはセーブポイント機能がついていて、復活も可能だ。けど、死の痛みは現実のものだし、都合よく記憶を忘れることもできない。


 本当に大丈夫なのか不安になってきた。


「じゃあ、人間界側の配信は一度切って! その間にデバイスを魔界配信用に調整するから、全然規約違反じゃないからね! 配信は明日からスタートだから!」


 イレーヌはそう言い残すと、空間が再び歪み、煙のようにかき消えた。声をかける暇さえない。


 同時。俺側の配信が復活する通知が来た。


 まさか、自分の地味な採掘配信が、魔界で「バズる」ための切り札になるなんて。戸惑いはあったが、頷いてしまった以上、今から断ったらどうなるのか考えると、断るという選択肢はない。


 イレーヌに言われた通り、配信を切るための用意をする。今までやったことがないから、しっかりヘルプまで読み込んでしまった。


「えー……」


 カメラに向かって、ぎこちなく口を開く。常連は、画面の向こうでいつもと違う俺の様子に首を傾げているだろう。


「今日の配信はこれで終わりです。というか……明日から、少し、配信の形式が変わります。今までと違うことも、あるかもしれませんが……これからも、よろしくお願いします」


 見えていないと思いつつも深々と頭を下げ、配信終了ボタンを押した。


 10年間、ほぼ毎日続けてきた採掘配信。いつもは淡々と終えていたそれが、今日はどこか特別な、そして少しドキドキする、初めての経験だった。



===



 配信が停止した途端、地球側のネット上では、常連たちが口々にコメントを放っていた。


『フズリナの配信、ホントに止まってるじゃん!』

『「形式が変わる」ってどういうことだ? ついに外の世界に出るのか?』

『あれじゃない? ずーッと潜ってた理由を話すとか!』

『ありうる! まさか引退じゃねーよな!?』

『10年間、毎日ダンジョンで石掘ってたやつが、急に何するんだろ?』


 SNSや掲示板では、10年も配信を続けてきたフズリナの異変について憶測が飛び交い、ちょっとした騒ぎになっていた。


 だが、そんな外界の喧騒を、彼は知る由もない。明日からの魔界配信のことで、頭がいっぱいなのだから。


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