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第3話 魔族騒然、前代未聞の地味配信

 翌日。


 いつも通りの朝食の準備に取り掛かりながらも、俺はどこかそわそわしていた。


 何度も確認した『イレーヌのコツコツダンジョン配信日和!』というチャンネルが、間違いなくステータスデバイス上にあることを確かめる。ライブ配信の予定を示すマークが点滅しており、すでに待機人数(魔族も〇人という数え方だった)が数万人を超えている。


「明日から早速、フズリナの配信、魔界でも流すからね! 準備しといてね!」


これまで当たり前のように行っていた配信を、彼女の指示があるまで始められないこと。とんでもない人数がライブ配信を待っていることに、どうしていいのか分からなくなる。


 とりあえず、いつもの朝食づくりに手を付けた。出来上がった煮込みに手を付けた、その時。


「おっはよー! フズリナ!」


 空間がゆらりと歪み、イレーヌが昨日のように姿を現した。彼女は朝食の匂いを嗅ぎつけると、興味津々といった様子で俺の手元を覗き込んでくる。


「ほえー。人間の食事? というかフズリナも魔力あるでしょ? 【食事生成】の魔法でポンって出せるのに、わざわざ煮込むの?」

「あー。俺、金を節約してるんだ。だから魔力は全部、採掘師としてのスキルにまわしてる」

「なるほど……あっ、ねえねえ、私も食べてみていい? えーと、ダンジョンマスターの監督責任! お願い!」


 屈託のない笑顔で言うイレーヌに、俺は少し呆れつつも、煮込み料理を分けてやった。彼女は一口食べると、目を丸くして感嘆の声を上げる。


「おー! これが人間の手料理!」

「食べたことない……あっ、そっか、接触できないからか」

「そうそう。魔法で人間の料理自体は生成できるし、誰の手料理かまでも指定して作れるけど、直に人間が作った料理はまず食べられないの。凄いねぇ、あったかいねぇ!」


 魔法で何でも作り出せる魔族にとって、人間の「料理」という概念自体が新鮮らしい。イレーヌは魔力を一切使わず、手でスプーンを握りしめ、まるで初めて味を楽しむかのようにゆっくりと味わった。


 そんな彼女の姿を見ていると、ふと疑問が湧いた。


「イレーヌって、普段は感情を食べてるんだよな?」

「そうだね。あたし、夢魔だから、なの」


 俺は口に含んだ食べ物を吹き出しそうになった。なんといっていいか分からず、ただイレーヌを見る。俺の反応を見て、イレーヌは慌てて手を振った。


「ち、違うの! いや、違くないんだけど! でも、あたし、それを食べるとアレルギーで魔力がおかしくなる欠陥夢魔なのよ! 家族からも『おかしい』って言われ続けてきたし……だから配信でガツンと金稼いで、誰も来ない田舎に引っ越そうと思ってさぁ!」


 イレーヌは肩を落とし、うなだれた。俺はずきりと胸が痛んだ気がして、慌てて煮込みに顔を向け、口に詰め込むように運ぶ。


 俺が借金を背負った根源を、思い出していた。


「私、人間が『良い素材が取れたなぁ』とか『この道は初めてだ!』っていうときの感情が凄い好き。それなら魔力が増すから、そうね、美味しく感じるし。だから、フズリナの配信を見つけた時、ピンときたのかも!」


 兎耳を撫でつけながら屈託のない笑顔で言うイレーヌに、少しだけ落ち着く。


「……俺の感情が美味しかったってこと?」


 精一杯、茶化したつもりだった。だがイレーヌは凄いことに気づいたと言わんばかりで俺の方を指さす。


「そう! 地味だけど、すごく丁寧で、何かを発見した時の小さな喜びとか、工夫で問題を解決していく姿とか……そういうの、あたしにとってはご馳走なの!」


 なんというか……どう反応していいのか分からない。本当はこんな美女から『あなたの感情がごちそう』なんて言われたら、喜んだ方がいいような気もするし。


 そうしているうちに、あっという間に配信時刻になった。


「さあ、フズリナ! 今日はスタジオを用意したの!」


 彼女に導かれるように、俺は自室の中央に立つ。イレーヌの瞳が緑色の光を放つと、彼の周囲の空間が再び歪み、視界が真っ白に包まれた。


 次の瞬間、目の前に広がっていたのは、見慣れた洞窟の岩壁ではなく、煌びやかな光を放つ、巨大なライブスタジオのような空間。あまりの眩しさに、目を開けて居られず、どうしようか悩んだ末に採掘師用の装備であるゴーグルを着用した。


「どうしたの?」

「いや……眩しくて」

「そうなの!? 魔界だと、これ普通なの! ごめんなさい」


 申し訳なさそうに言ったイレーヌが、瞳を瞬かせる。あっという間に、あのライブスタジオのような空間が消え去り、地味な洞窟が戻ってきた。


「……ねえ。初回配信は大事だと思う。魔族は派手な画面が好きだから、このキラキラスタジオの方が目を引くのよ」


 イレーヌは少し不安そうに俺の顔を伺った。


「でも、フズリナが眩しいなら、仕方ないわよね……。フズリナが協力してるから成り立つ企画だから、無理させるわけにはいかないし……」


 彼女は自分の利益よりも、俺の快適さを優先しようとしている。そんなイレーヌの言葉に、俺は少し意外な気持ちになった。


 魔族は『喜怒哀楽』のうち『哀』という感情を持たない、と協定で謳われているが、彼女は明らかに人間のような感情を抱いている。いや、もしかしたら、「地味な配信」を通じて得られる、彼女にとっての「ご馳走」が、こんな行動をとらせているのか。


「いや、大丈夫だ。俺の配信は、いつも地味だけど、ちゃんと人が来るだろう?」

「……確かに。もしかしたら私みたいなグルメがくるかも」

「そうだよ。別に、派手なスタジオじゃなくても、いいだろ」


 俺の言葉を聞くと、イレーヌはホッとしたように息を吐き、再び空間を歪ませた。今度現れたのは、いつもと変わらない、薄暗い洞窟の採掘現場だった。照明は俺の持つライト代わりの鉱石と、足元に置かれた最低限の作業灯だけだ。


「いいね! よし、フズリナがいいなら、これでいきましょう! 地味なダンジョンは得意分野だしね」

「ああ……そうだ、いつも通りに配信させてもらえると、俺も落ち着くかも」

「いいわね! 地球側の視聴者の反応も気になるし、そもそも配信を止めつづけるのはできないもの。……じゃあ、始めるけど、いいわね?」


 俺は頷き返す。手に汗を握りながら、自分側の配信もスタートさせた。


 いつもの配信画面がステータスデバイスを通じて浮かび上がる。急に体から力が抜けた。常連のマーさん、イルミナさん、小川のおっさんさん……いろんな名前が見えて、ホッとする。いつもより人が多い気がするが、魔族側の配信状況に気づくと、それどころじゃなくなった。


「さて、魔族の皆さん! 今日は、我がダンジョンのトップ配信者! フズリナのいつもの採掘風景を、そのままお届けするわ! 派手な演出はないけど、拾えたらコメントをそのまま彼に質問するから、よろしくねー!」


 イレーヌが、画面の向こうの魔族たちに呼びかけた。


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