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第4話  魔界納得、借金採掘師のいつもの配信


それに合わせて、俺は震える声を上げる。

「こ、こんにちは。採掘配信をしています、フズリナです。今日は魔界配信の権利を掘り当てたのもあって、イレーヌさんと配信をしています」


『マジかよ! 生ニンゲンか!?』


『たまたま見たけどマジじゃん! 大当たりだ!』


『質問できるの!? 何聞こう!?』


 画面の向こうの待機人数は、すでに数十万人に達していた。何をしたらいいのか頭の中が真っ白になって、手が震える。画面の中では俺の手元が、ピッケルを握りしめたまま、ブルブル震えていた。


 すると、コメント欄の流れる速度が、目に見えて遅くなる。待機人数も、配信が開始された途端に急激に減り始めた。数万人いた視聴者が、あっという間に数千人、数百人へと減少していく。


 なるほど……本当に魔族は、派手な画面が好きなんだ。


 その時だった。俺の地球側の配信のコメントが、見えた。


 コメント欄で常連さんたちが、次々と書き込んでくれる。


『どうしたのフズリナさん、魔界配信って何!?』

『ていうかいつもの場所じゃん、なーんだ』

『心配したよー! びっくりしたぁ』


 機械音声でポコポコと飛び出す言葉に、ふと気づいた。

 そうか。向こうでは魔界での配信のことが、何か演出だと受け止められているんだ。

俺はイレーヌの方を見た。


「いつも通り、で、いい。そうだよな?」


 彼女は顔を青褪めさせながらも頷く。俺は、意を決して、いつものように口を開いた。


「えー、今日の採掘は、この辺りの岩盤の調査から始めます。この層は、硬度が高いですが、比較的安定した鉱脈が期待できます」


 いつもと変わらない、淡々とした口調。


『何が出るかなぁ』「何が出ますかね」

『あれ見たい! 金ぴかの塊!』「ああ、金の延べ棒かと思った奴ですね」

『えー。化石がいいなぁ。フズリナさんよくしゃべるし』「俺も見たいです、久しぶりに」


 そのコメントが、魔族たちの好奇心を少しずつ刺激していった。


 俺がピッケルを振るたびに、そして常連さんのコメントが読み上げ機能で流れるたび。イレーヌが管理しているらしい魔界側の端末に、小さく表示されるコメント欄が、再び動き始める。


『お? なんか始まったぞ』

『ニンゲン、喋ってる?』

『この声知ってる! 人間側の配信音声だろ!?』

『珍しい。職業、採掘師』


 反応が出てきたのを見て、俺はさらに続けた。


「その通り、俺は採掘師です。この岩盤をピッケルと自分のスキルで掘り進めて、アイテムを掘り出す職業です。もし俺が魔術師とかの職業なら、これだけの岩盤だって一撃かもしれません」


 俺が特定の岩の割れ目を指差しながら解説すると、コメントの速度が少しだけ上がる。 


『本当にこっちのコメントが見えてる!』

『画面が地味すぎ!』

『えー、どういうこと? 内部構造なんて見えるでしょ?』


「見えれば掘り出せるとは言えませんよ。内部の素材を傷つけずに取り出すには、正確な打撃と、岩の構造を読み解く知識が必要です。特に、この部分──」


 ピッケルを振り下ろす。打撃音と共に亀裂が斜めに走った。


「こんな風に、亀裂が入ります。そこから、くさびを入れて……」


 魔族側がうわーっと騒がしくなると同時、俺の地球側の配信も騒がしさを増した。


『ちょ、魔族のみなさんって?』「魔界配信の権利を掘り当てまして」

『マジ!? この前の変な音ってそれか』「ダンジョンマスターから通知が入ったんです」


 地球側の配信のコメントに気づいたのか、イレーヌがハッとした表情で俺側の配信カメラに顔をのぞかせる。


「やっほー! ダンジョン【石櫃】マスターのイレーヌだよ。今回は、うち一番の配信者、フズリナが魔界配信の権利を掘り当ててくれたの! 新しい試みにも柔軟に取り組むダンジョンだから、名前通りお堅いとこと思わず、ぜひ来てね!」


 なるほど。人間側の配信のためか。重ねて、俺は声をかける。


「あの。俺、ここに10年いるので分かるんですが、初心者も安心の安全ダンジョンだと思います」


『でたー! フズリナの10年ネタ!』

『でも10年実際に配信してたしなぁ……』

『そういう意味ではレジェンドだよね』


 それから。

 俺が珍しい鉱石、例えば美しい輝きを放つクリスタルや、見たこともない色の金属塊を見つけた時に、思わず出た喜び。

 地道な作業中に鼻歌を口ずさむような何気ない仕草まで。

 全部を魔界側の配信に共有する。


 減少していた視聴者数が、みるみるうちに回復していく。そして、一度は離れたはずの魔族たちが、好奇心に導かれるように再び配信に戻ってきているのが分かった。


 イレーヌの顔から絶望の色が消え、代わりに驚きと喜びが浮かんでいる。


「あら、なかなかグルメが多いじゃない」


 くすくすと笑う彼女は、とても嬉しそうだった。


 よかった。そう思いながら、俺は時間いっぱい、ピッケルをいつものように振ったのだった。



===


 イレーヌの配信は、瞬く間に魔界のトレンドを席巻した。


 これまでトップに君臨していた、人間が血まみれになるような過激な配信をあっという間に追い抜き、彼女のチャンネルの再生数は爆発的に伸びていった。


 魔界のSNSでは「ダンジョンマスター・イレーヌ、驚愕の地味配信!」「人間とのコラボ配信も可能に?ダンジョン権限の正しい使い方」といった見出しが躍り、イレーヌはまさに時の人となる。


 そして、その人気は地球側のフズリナの配信にも波及した。


 これまで数百再生がやっとだったチャンネルは、初めて魔界側の配信とのコラボレーションを実現したとして、瞬く間にフォロワーと再生数が跳ね上がる。


 借金まみれだった採掘師の、運命が変わろうとする瞬間だった。

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