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第4話

クラスティー・ショー赤いダイヤモンドジャングル編


第四話「願い」


ジャングルの夜は、昼間とはまるで別の世界だった。虫の鳴き声が遠く響き、動物たちの気配が風に乗って揺れる。熱気は冷え、星々が頭上で煌めいている。


クラスティーは、火の灯ったキャンプの前で、膝を抱えて座っていた。笑いもなく、ギャグもなし。道化の仮面を外したピエロの顔は、珍しく真剣だった。


彼の手には、最初の赤いダイヤモンドの欠片が握られていた。小さく、暖かく、そしてどこか意思を感じさせる宝石。それは、まるで問いかけてくるかのようだった。


——「お前の“願い”は、何だ?」



---


「くっそ……どうすりゃいいんだよ……」


クラスティーは、ため息まじりにつぶやいた。

この旅が始まったきっかけは、ただの番組のネタ探しだった。最初は「何でも願いが叶う」という話を聞いて、「じゃあ有名になる」「視聴率アップ」といった軽い考えだった。


でも、ダイヤモンドの欠片を手にした瞬間、何かが変わった。

それは重さだった。物理的な重さではなく——責任という名の重さ。


願いは、叶えられる。

それが本当なら、冗談で使うべきじゃない。

でも、それなら何を願えばいい? 何が正しい? 何が価値ある願いなんだ?


そんな想いが頭をグルグル回る。答えは出ない。出せない。


そして夜が更け、焚き火が少しだけ揺れたとき——


「……考えてるんだろう。願いをどうするか」


クラスティーがハッとして振り返ると、そこにはサイドショー・メルが立っていた。手にはランタン、顔には穏やかな笑み。


「……ああ。バレてたか」


クラスティーは、苦笑いしながら頷いた。


「最初はよ、金とか、名誉とか、番組のヒットとか考えてた。でも、それじゃつまんねぇ気がしてきて……なにが正しいんだろうって、わかんなくなってきた」


メルは黙って頷くと、クラスティーに手を差し出した。


「少し歩こう。見せたいものがある」



---


ふたりは静かに歩き出した。ランタンの灯りを頼りに、草むらをかき分け、崩れた古い道を進む。ジャングルの夜道は静かで、ふたりの足音と虫の声だけが響いた。


やがて開けた場所にたどりついた。


そこは、かつて村があったとされる跡地だった。今は崩れた石の壁、枯れた井戸、苔むした柱だけが残っている。


メルは、立ち止まって遠くを見つめながら言った。


「ここは……俺が昔、冒険で訪れた場所だ。このジャングルには、かつて“森とともに生きる”部族がいた。花も、木も、動物も共にあって、まるで楽園のようだった」


「……けど、今は違う」


クラスティーも静かに風景を見渡す。

確かに、ジャングルは豊かに見える。だが、よく見ると異変も多い。木々は病気のように葉が枯れ、土は痩せて、動物の声も少ない。


「この森は、壊れかけてる。気候の変化か、人間の影響か……わからない。でもな、クラスティー」


メルは、クラスティーの肩に手を置いた。


「願いってのは、自分のために使うのも悪くない。でも、たまには……他の命のために使ってもいいんじゃないか?」


クラスティーは、目を見開いた。


「他の……命のために……」



---


その瞬間、クラスティーの脳裏にさまざまな記憶がよぎった。


バートやリサが楽しんで見ていた自分の番組。

自分を慕ってくれたファンの子供たち。

番組スタッフ。

一緒に旅しているメル。

そして、この美しいけれど傷ついたジャングル。


「……なあメル。もし、全部の欠片を集めて願いを叶えるとしたら……この森を……元の美しい森に戻すっていうのは、アリか?」


メルは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて微笑んだ。


「アリどころか……それが、いちばんカッコイイ願いだ」



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火が揺れていた。星が頭上で輝いていた。


そして、クラスティーは深く深く、うなずいた。


「よし。決めたぜ。俺の願いは——このジャングルを、昔みたいに豊かで美しくすることだ!」


「そのためには、あと9つの欠片を集めなきゃな」


「へへっ、まかせとけ。クラスティー様の願いパワー、見せてやらあ!!」


ふたりは再び焚き火のそばに戻り、欠片を大切に袋にしまった。


その欠片は、小さく微笑んでいるようだった。

まるで、クラスティーの願いに、ほんの少しだけ、賛成しているように——。


つづく




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