「なんということだ! 第二王子たるこの僕とあろうものが、愛する婚約者を否定するなどと……。しかも、あの者の前で、婚約者に向かって悪役令嬢の親玉が! だなんて、なんという暴言か! それも、清楚で可憐で素敵で大好きな婚約者に、なのだぞ! あり得ない。あり得ないのに!」
「俺もですよ、殿下。あいつが居やがると、なぜか、なぜなのか……俺も、愛しい我が婚約者を否定してしまうのです。彼女がいじめを働くなど、万が一より以上に、有り得ないことなのに! しかも、俺、愛しい婚約者に、この、悪役令嬢めが! とか言ったんですよ! どうした俺の口! 仕事しろよ、こんちくしょう!」
騎士団団長令息、気持ちは分かるが、自分の口にケンカを売るのはやめようよ。
頬をびろーん、も、痛いだろう?
「私もです。賢く美しい婚約者を否定してしまう……悪役令嬢、女狐! だなんて、まったく、おぞましい言葉を……。あの女のせいに決まってるのに。私は……どうしたらよいのでしょう。暴言を……私が言ったこととされて、あちらのお家から婚約破棄されてしまったら……どうしましょうか……。ぐわあ!」
そして、三人組、最後の一人の、この一言。
魔法局局長令息の言葉に空気が凍る。
……婚約破棄。
恐ろしい。
僕こと第二王子(王太子は年が離れた兄上。仲良しだよ)の婚約者は素晴らしい女性だ。
他国の王族からは、
そんな婚約者嬢を悪役令嬢呼ばわり……。
もしも、バレたら。
うん。ヤバいし、マズいよね。
そして、僕と仲良しの、この騎士団団長令息、それから、魔法局局長令息。
彼らもまた、僕と似たような状況と立場だ。
うん。
やっぱり、バレたら、マズい。そして、ヤバい。
あ、繰り返すけれど、僕達三人は、仲良し。
婚約者のご令嬢たちもね。
え、僕たちとご令嬢たち? 仲良しだよ、ほんとうに、だよ? 信じて、お願い!
仲良し。それなのに、ある人物の前だと……思ってもいないこと、つまりは、婚約者を否定、事実無根な彼女達が行ったといういじめや差別行為といったようなこと。
それらを、
あげくのはてには、僕らがご令嬢たちのことを、悪役令嬢呼びだよ? 信じられないよね!
こんな感じで、あまりにもひどい展開なので、自主的に婚約者たちから離れざるをえない。
そんな、かわいそうな僕たち三人。
そう。僕たちは、かわいそうなのだ。
ある程度の自由は保証される今。
この、学生の期間に、王族そして高位令息としての良識の範囲内において、婚約者たちを愛でたいのに!
なぜ、なぜなんだ?
そう、僕たちは、そんな悩みを共有する仲良し三人組。
ともに、国内の貴族学校に通っている。
それは、伝統ある、王立の貴族学校。
平民の学生は特別枠。
めちゃくちゃなにかに秀でているとか、物凄い商家の子息子女とか。みんな優秀だったり、おうちが豊かだったりとかね。もちろん、人物重視。
僕こと第二王子、騎士団団長令息、魔法局局長令息の三人は、一応、通学中の学生たちの中では一番の高位令息たちである……はず。
はああ……。
『こんな時こそ、婚約者とお茶会でもしたいよね……。ああ、癒されたいなあ……』
ほんとうに、ため息まで仲良しな、僕たち三人。
『きた、きやがった……!』
仲良しだから、突如現れた聖魔力の気配を察して、三人揃って、別の意味でのため息をつく。
……きやがったよ、また。
ここは、男子学生の茶会用の部屋だぞ?
警備員は何してる……って、そうだった、警備員は確か、男だったな。
あいつの魅了魔法でも喰らったか?
ダメ元で、女性騎士たちを配置してもらうか?
あ、そうだった。
僕たちの言葉遣いが所々悪く、不適切な点について。
こちらについては、たいへんに申し訳ないと思う。
政争、侵入など。
万が一の時のためにと、高位令息が習う教養項目の一つが、こちら。
『下町のちょっとだけ? 乱暴な青年の言葉遣い』
それが出てしまうほどに、僕たち三人は、疲れているのである。
どうか、ご理解を頂きたく、お願い申し上げたい。
「第二王子殿下ぁ、騎士団団長令息様ぁ、魔法局局長令息様ぁ!」
……僕たちの疲れの原因、やたらと騒がしい、ある人物がやってきた。
その人物の特徴。それは、天然の色だとしたら、不思議な色彩の髪の色。
かわいらしいと言うよりも、あざとい、その上目遣い。
特徴。すべてが、不可解。
それから、なんで、語尾にいちいち間延びしたぁ、が付くのだろうという疑問もある。
しかも、何だかふわふわ跳ねているし。
ふわふわ。なんだその動きは。
学内で、跳ねるなよ。
しかしながら。
「神聖なる学び
「僕たちの婚約者は堅苦しくてね、なにしろ悪役令嬢だから。それにひきかえ、かわいらしい君の生き生きとした様子は、輝いているよ!」
なんてことに……なるのだろう。
なってしまうの……だろう。
ああ、嫌だ!
二人も、僕と同様のしかめ面。
もしかして、同じことを考えていたのかな。
やっぱり僕たち三人、気が合うね。
……なのに、こいつときたら。
「聞いてくださぁい! 今日はあの三人のご令嬢があたしだけ勉強会に誘って下さらないのですよ! 酷くないですかぁ? 皆様の婚約者だからって偉そうなんですよぉ! あたしがまれな聖魔力保持者だからって! 意地悪なんですぅ! 平民差別ですかねぇ? やっぱり、悪役令嬢だから、いじめっ子なんですよね、ひどぉい!」
聞こえましたか? 言うにことかいて、僕たちの婚約者嬢たちのことを、悪役令嬢呼ばわり!
で、いじめっ子? 僕たちがお前にされてることはなんだよ! それこそが、いじめ、嫌がらせだよ!
とにかく……許せない。安定の、清らかな僕達の婚約者令嬢方を
……そして、まったく、酷くないぞ!
僕の婚約者が主催した勉強会の主題。それは、王家が依頼した古文書の解読なのだ。
近年、地方の洞穴で発見された古文書で、『優秀な学生たちの若き頭脳での解釈を求む内容らしい』のだって。
参加者は、僕の婚約者のご令嬢の他は彼ら二人の婚約者嬢達、平民ながら優秀な学生(ほら、平民さんいるじゃん! 差別されてないよ? 区別だ、されてるのは!)、優秀な留学生、文書学の大家の血族の学生(もちろん優秀!)たち。
錚々たる参加者たちは、討論や推敲や諸々を真剣に行っていることだろう。
僕でさえ資格に達せず、誘ってはもらえないのだ。
だから、同じく資格に満たない仲良し三人でぐだぐだしたかったのに。
こいつ、僕の婚約者以下全てのご令嬢が美しく賢い女性達だからって、自分も仲間入りすべきだと思い込んでないか?
悪役令嬢って、流行の演目じゃないか!
意地悪ってなんだよ?
ちなみに、参加資格は古語を三言語以上正しく理解していると古典学の教師(本職は王宮の古典学主査。偉い)に認められること。
僕は恥ずかしながらまだ一言語、魔法局局長令息は二言語しか習得していない。
騎士団団長令息は……訊かないであげてほしい。
『知るか、勉強してから顔洗って出直せ!』
ああ、言ってやりたい。
なのに、これが。
「なんということだ! 聖魔法に目覚めたばかりの君にあまりな仕打ち! やはり、悪役令嬢!」
となってしまうのだ。何故。
『あんたが馬鹿だからじゃねえの』
「君はこんなに賢いのに! あの悪役令嬢めが!」
『分不相応ってやつですね』
「知性輝く君にこそふさわしい会なのに! 悪役令嬢、許すまじ!」
とか、ね。
三人まとめてなんじゃこりゃ、となるんだ、きっと。
……おかしい。
僕たちは、呪いを防ぐ魔道具をお揃いで備えているのに。
逆方向に、正直になってしまうのだ。
因みに魔道具はそれぞれの婚約者の髪の色のペンダントだ。
キモい? いや、さすがに本人たちの髪の毛は入れてはいないぞ?
ところで、こいつが発しているのは呪いではないのか?
……だとしたら、そうだ、婚約破棄一直線。
嫌だ!
三人でムキィ、としていたら。
「いやああぁ、王子殿下ぁ、皆様ぁ!」
あ、良かった、声が遠ざかっていく。
警備員があいつを連れて行ったのか。
ありがたい……いや、できるなら、もっと早く回収してくれ。
「……対策を練りましょう……父に相談いたしました」
数日後。
学校はサボって作戦会議。
ここは魔法局局長殿のタウンハウス。
本宅ではなくタウンハウスだとは言え、魔法局局長殿の邸宅だけあって、さすがに魔力に対する結界とか色々だし、あいつは授業をサボれないはず。
何しろ、あいつは数少ない平民の特別枠、しかも成績は足りなすぎ、マイナスに近い。
なのに、聖魔力保持者という超特別枠入学者。
つまり、あいつは授業はサボれない。
だから、あえて、あいつに聖魔法の講義がびっちり詰まった日を選んで僕達はサボったのだ。
計画的サボり。
サボってしまった授業の先生方、事情を説明出来る時が来たらちゃんと三人でお詫びをいたします。
……来て欲しいな、そんな日。
おっといけない、貴重な時間、無駄にはできない、だ。
「魔法局局長殿に? ありがたいが、大丈夫だったのか?」
「通常ならばこれくらいの火の粉は自分たちでと言いたいが特殊なケースだから、と力を貸してもらえました。どうやら、『ヒロイン症候群』というものらしいです。王配殿下、父、そして騎士団団長閣下も学生時代に同じ目にあわれ、ご婚約者様方と協力され、解決なされたそうです。当時、今のあいつと同様に聖魔力に目覚めた平民の子女が貴族学校に特例で入学、その聖魔力を全て自分の為……ぶっちゃけますと高位貴族か同様の異性を侍らす為だけに邁進したという恐ろしいものです」
「じゃあ、あいつは目覚めた貴重な聖魔力を全て使って、僕達を自分のものにしようとしているのか?」
「その通りです。ちなみに前回の聖魔力保持者は捕縛後、国一の厳しい修道院に預けようとした所、『ふざけんな修道院は真面目に道を修める者の為の場じゃあボケ! 不要人材の保管庫扱いすんじゃねえ!』とマジギレした大修道院長殿のご判断で聖魔力を全て魔力として魔道具に絞られた後に市井に放逐されたとのことでした。なお、悪役令嬢呼ばわりも一緒ですね。腹立たしい」
確かに。
聖魔力保持者が全て聖女様を敬い、民のために動くことをよしとする存在である……というのは聖魔力を持たない者たちの願望かも知れない。
……だけどねえ、やっぱり、清廉な存在であることを期待しちゃうよね?
「もちろん、多くの聖魔力保持者殿たちは清廉な方々ですよ。あれが例外なのです……まあ、父たちのご婚約者様方もまた、私達の婚約者、ご婚約者達の様に皆様優秀であられたので、何とかなったそうです」
「そうだね、なんとかし過ぎて母上が即位されたからね! お祖父様とお祖母様は
……そう、現在の我が国は母上、女王陛下が治めておられて、平和も平和。
あ、魔法局局長は局長令息の父君だが副局長は母君、騎士団副団長は団長令息の母君だ。
……お目付役かって?
まあ、そういうこと。
「こわあ……」
あ、いたの?
みたいな騎士団団長令息の一言に、全てが凝集されている。
うん、確かに怖い。
……ところで、対策は?
「私が考え抜いた策をお話します。辛く苦しい策です。でも、やるしか道はございません、と私は思っております」
魔法局局長令息の言う策は確かに辛く、苦しい策だ。
だが……妙案だったのだ。