春休みのある日、クラスの女子にファミレスに呼び出された。
話したことなんてほとんどないはずなのに、どこでフラグが立ったのだろう――なんて勘違いはしない。
なぜなら、俺だけが呼び出されたからではない。
妹の飾も一緒だからだ。
どんな話をされるかわからないが、少なくとも告白なんて話ではないだろう。
「今度うちの親が再婚することになったんだけどさ」
その女子は、俺たちに対してそんな話をしてきた。
注文したプリンが届きはしたが、まだ一口も食べていない。そんなタイミングで聞くには、ちょっとヘビーな内容だ。スプーンが急に重く感じてしまったじゃないか。
「おめでとう」
とりあえずそう言っておいた。
「本当にめでたいのかしら?」
いや、知らないが。
そもそも、ほとんど話したこともない人の家の事情に興味がないんだが。
「別に反対はしないんだけどさ……相手に連れ子がいるのよね」
「へぇ」
「それが一才年上の男なのよ。それが不安で」
まぁ不安だろうな。
突然自分の日常に入って来る年の近い異性の兄なんて、異物以外のなにものでもないはずだ。
「だから兄妹の先輩たちに話を聞こうと思って。血の繋がっていない異性と家族になって、一緒に暮らすってどういう感じ?」
「ああ、そういう理由で呼ばれたのか」
俺と飾の間には、血の繋がりはない。
別に秘密にしているわけではない。学校ではみんな知っている話だ。
なにせ、同じ学年に、誕生日が二か月違いの兄妹がいるのだ。どうしたってごまかせない。
「いろいろ気まずくない?」
そう言われて、俺と飾は顔を見合わせる。
そして、まったく同じタイミングで首を傾げ、
「特にないかな」
「毎日楽しいけど」
同時にそう言った。
「本当に? ちょっと詳しく聞きたいんだけど、星宮くん……お兄さんの涙衣くんの方から。年の近い異性が家にいるのってドキドキしたりしないの?」
「ないよ。ずっと一緒にいるわけだし。そんなラブコメみたいなことはない」
「ないの? 着替え中にばったり、みたいなことは?」
「よほど迂闊な人じゃない限り、そもそもそんなことはないと思うけど?」
「そっか……じゃあ飾さんの方は? 家に異性がいて邪魔だなって思うことない?」
「たまにはあるよ。女子の友達を家に呼びにくいからね。でも、一番の親友が家にいるわけだから、それ以上に楽しいよ。その新しいお兄さんと仲良くなれるといいね」
「う~ん……相談する相手間違えたかな?」
その女子は腕を組み、顔をしかめた。
「その境地にたどり着くまでどれくらいかかった?」
「覚えてないけど、すぐに仲良くなったような気がする」
「うん、会ったその日からもう親友になってたよね」
「そんなに相性良かったら恋愛に発展しそうなもんだけど、そういうのはないのよね?」
「え?」
「は?」
俺と飾は同時に変な声を出し、思わず笑ってしまった。
恋愛に発展? そんなことは考えたこともない。
「突然できた義理の兄妹が恋愛関係に発展ってフィクションなのかな? ……あ、そういえば聞くの忘れてたけど、ふたりっていつから兄妹になったの? 中学校に入ってから?」
「小学校に入る前」
「…………あ~、なるほど。そんな小さな頃に兄妹になってたら、恋愛じゃなくて家族愛になるよね。てっきりここ二、三年くらいの話かと思ってた。だったら聞く相手を完全に間違えたね。相談はここまででいいよ」
その女子は自分の分の会計を済ませ、さっさと帰ってしまった。
「俺たちはどうする?」
「まだプリン食べてない。ドリンクバーも頼んだんだから、もっとここで遊んでいこうよ」
「そうだな」
プリンをつつきながら、さっきの女子の話を振り返る。
「まぁ俺たちの話は別にして、この年になってから突然兄ができるって怖いよな」
「一才上ってことは、あの子の新しい兄は高一? そりゃ怖いよ。いきなり知らない男子と暮らすなんてさ。るぅとは長い長い付き合いだから、何も気にしないで全部打ち明けられる親友だけどさ。今さらゼロから関係を築かなきゃいけない兄なんて苦痛だよ」
「どんな性格かもわからないしな」
「ガチャと一緒だよね。親同士は気が合ったのかもしれないけど、子ども同士が気が合うとは限らないしね」
「うん……たしかにガチャだな」
「よかったね、あたしたちの相性はSSRで」
「本当にな」
八年以上も一緒にいるが、たまにケンカをすることはあっても、基本的に俺たちはとても仲が良い。
飾がさっき言ったように、兄妹というよりは親友という感じだ。
連れ子同士でここまで仲良くなるなんて、きっと奇跡みたいなケースだ。
だから、さっきの女子には、心の中でこうつぶやく。
期待はするな――と。
俺たちみたいになるのは、たぶん相当難しい。
険悪にならなければ儲けもの、ぐらいに考えていいかもしれない。
「ちなみに、兄の立場からなら? 突然、あたしみたいなかわいい女の子が妹として現れたらどう? やっぱり嬉しい?」
「ラブコメの主人公になった気分だろうな」
「定番の展開だね」
「だとしても、嬉しさよりは困惑の方が強いかもなぁ。家にまったく知らない人がいるなんて、たとえ美少女だとしても、気が休まらなそうだ」
「あらやだ、あたしのことを絶世の美少女だなんて」
「いや、飾のことを言ったわけじゃないし、絶世のなんて修飾子はつけていないが?」
「行間を読むってやつよ。ほら、あたしって国語のテストが得意だから。この時の作者の考えを述べなさいって問題は、作者ですら思いつかないことを思いついちゃうほどだから」
「そこまでいくと、一周回って苦手なのでは? まぁ俺は主人公になれるなら、ラブコメよりバトル系がいいなぁ。魔法とか超能力で戦いたい」
「男の子だねぇ。あたしは主人公になれるなら……プ〇キュアになりたい」
「幼稚園の頃からずっとそれ言い続けてるな」
「高校生以上もいるけど、基本は中学生なのよねプ〇キュアって。今年がほぼラストチャンスだから、そろそろきてくれてもいい頃だと思うんだけど」
「……うん、来るといいな」
なんて話をファミレスで三時間ほどしてから家に帰った。
リビングに入ると同時に、空気がピリついているのを感じた。
父さんと母さんがにらみ合っている。ケンカの最中に帰ってきてしまった?
「ちょうどいいところに帰ってきたわ。ふたりに大事な話があるの」
「待て、まだふたりに話すような段階じゃない」
「いいえ、もう決まったことよ」
父さんの制止を振り切り、母さんが俺たちに対して告げる。
「私たちは今日で離婚することになったから」
「………………え?」
こうして、八年以上に渡る俺たちの義兄妹関係は、突然終わりを迎えた。
そして、ここから新しい関係が始まることになる。