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第3話 家出と再会

 ゴールデンウイーク初日。

 午前中に飾から連絡が入った。


【今電車に乗った】


 というもので、乗り換えを含めて所要時間は二時間半。

 遠い道のりだ。電車代もバカにならない。

 しかし、それだけの価値がある行動だ。

 電車が到着する時間に合わせて駅に行くと、


「おーい、るぅ~!」


 改札の向こうから飾が手を振って走ってきた。小さいがスーツケースを引いている。

 毎日ビデオ通話していたが、顔以外を見るのは久しぶりだ。

 まだ一か月でしかないのだが、出会って以来、こんなに長い事会わなかったことはない。だから、感極まって思わず涙が出てしまった。

 それは飾は同じだったようで、いや俺よりもひどかったようで、改札を超えてそのまま俺に抱き着いてきた。


「るぅ、会いたかったよ!」


 うちは別に都会というわけではなく、駅に人がごった返しているというわけではない。それでも駅なので、それなりに人がいる。

 そんなところで抱き着かれ、声をあげて泣かれると、かなり注目を浴びてしまった。

 だからって、泣くのをやめろとは言えない。

 向こうでの生活がそれだけイヤだったということだ。

 こっちに帰ってきて、安心して泣いてしまったというなら、好きなだけ泣かせてあげよう。




 飾が泣きやんだ後、俺たちは駅前の公園に移動した。そこで飲み物を飲みながら、


「こんなに声を出して泣いたのは久しぶりかも」


 と、恥ずかしそうに飾は笑った。


「向こうの家で泣いたりはしなかったのか?」

「声を出さないように泣いてたから」

「……そっか」

「あたしがしてるのは、あっちの人たちと関わらないようにするストライキだからね。泣いて弱いところを見せるわけにはいかない。強気でいかないと」


 と、拳を握ってみせるが、見ただけでかなり力がこもっているのがわかる。

 かなりストレスを溜めこんでいるのは間違いない。


「こっちにいる間は、あっちでの話を一切思い出したくない。だからこの話は終わり。いいね?」

「そうだな」

「早くうちに行こうよ」

「うん、それなんだけど、今日は父さんが一日家にいるんだよ」

「そっか。じゃあ、今日は家族三人で外食しようよ!」

「そういう話じゃなくて、早い時間帯に飾がこっちにいることになったら、今日中にあっちに帰さないといけなくなるかもしれない」

「お父さんはそんなことしないよ」

「しないと思う。でも、母さんから連絡があったら、匿うことはできないと思うんだ」

「う~ん……」


 父さんは詳しく教えてくれないけど、母さんとの離婚の件はかなり揉めているらしい。

 母さん側が父さんに慰謝料を払う方向で話が進んでいるらしいが、その金額で折り合いがつかないらしい。裁判になるだろう……ということをちらっと言っていたので、おそらくすぐには決着はつかない。

 家出した飾をうちで匿うのがどういう影響を及ぼすかわからないが、父さんが望む方向に向かう推進力にはならないだろう。


「だから、今日帰すには遅すぎる時間になってから父さんに話をするんだ。そうすれば、今日はうちに泊まって……って流れに自然にできるだろ? で、一日泊まれば、もう一日。二日泊まれば三日目も……って流れにしやすいと思うんだ」

「なるほど。くくくっ、こざかしいこと考えるねぇ、るぅ。その頼もしさ、さすがあたしのお兄ちゃん」


 そう言って腕に抱き着いてくる。

 ここまでのスキンシップは普段はあまりないんだけど、久しぶりということもあり、今日はずいぶんと機嫌が良いらしい。


「それで、夜まで何をするかの予定も考えてくれてる?」

「春休みにふたりでカラオケに行ってフリータイムずっと歌ってみよう、って話したただろ? あれをやろうと思うんだけど」

「ああっ、そういえばその話してた! それどころじゃなくなったから忘れてた! せっかくの休みだから、咽の限界に挑戦するつもりだったんだっけ。いいね、ぜひやろう」

「最近カラオケ行ってる?」

「全然。あっちで一緒にカラオケ行く友達いないし、ひとりで行くのもイヤだから、一度も行ってない。わ~、楽しみ~」


 カラオケは果たせなかった約束のリベンジというだけでなく、大声でストレス発散という目的もある。きっと今日の飾にはぴったりだろう。

 ということで、その駅の近くにあるカラオケに移動した。

 しかし、ゴールデンウイークということで、どうやら結構人が来ているらしい。

 フリータイムどころか、空室さえないと言われてしまった。


「少し待つか?」

「そうだね。三、四十分くらい待てば空くって言ってたし」


 そこのロビーの椅子に座って待っていると、飾のスマホに電話がかかってきた。

 飾はディスプレイを見ると顔をしかめ、出ずに切った。そのまま電源も落としてしまった。


「るぅも電源切って」

「まさか母さんか?」

「うん。思ったより早かった。スーツケースを持ち出したことにもう気付いたみたい。あんなの持ってこない方が楽だったんだけど、それだと服とかがねぇ」


 飾は引っ越しの時、荷物の大部分をうちに置いて行った。

 とはいえ春物の服は引っ越し先にかなり持って行ったので、それをスーツケースに入れて来たようだ。


「たぶんすぐにるぅのところにも連絡来るよ。ウソをつかなくてもいいように、音信不通にした方がいい」

「そうだな」


 俺たちのことを考えず、離婚の話を進めてしまった母さんには、俺だって頭に来ている。

 それでも、八年も一緒に暮らした親だ。できればケンカはしたくないし、ウソもつきたくない。

 だから、音信不通にしてしまうのが一番穏便だ。


「よし、これで大丈夫――」

「あれ、もしかして飾ちゃん? とお兄さんの方」


 飾の知り合いらしきふたりの女子に声をかけられた。

 見覚えがある顔がちらほらいる。たぶん同じ学校の人だろう。


「みぃちゃん! ゆみりん! 久しぶり~」

「久しぶり! 元気だった?」


 再会を祝し、三人でハグを始めた。


「休みだからこっちに戻ってきたの?」

「そうだよ」

「で、そのまま兄妹ふたりでカラオケ? さすがの仲良しだね」

「親の離婚ていどで変わるほどの浅い関係じゃないからね」

「おう、言うねぇ。せっかく一緒にカラオケしない? って誘おうと思ったけど、そういうことなら遠慮した方がいいかな?」

「それはそれで魅力……どうしよう」


 飾が俺に視線を送ってくる。


「俺のことは気にしなくていいよ。こっちの友達と遊ぶのだって楽しみにしてただろ?」

「うん。でも、今日は先にるぅと約束してたから」

「じゃあお兄さんも来なよ。女子ばっかりだけど」


 女子ばっかりか……嬉しいような、怖いような。

 まぁ飾は友達と遊びたいだろうし、俺はそこでおとなしくしていればいいか。




 部屋の順番待ちをキャンセルして、その女子たちの使っている部屋に移動した。

 みぃちゃんとゆみりんのふたり以外に、さらにふたりいた。

 顔は知っているが、名前が微妙に思い出せない絶妙なラインの知り合いばかりで、なんとも居心地が悪い。

 ドリンクバーから飲み物を持ってきて、ちびちび飲みながらなんとか時間を潰すか。


「お、涙衣くんじゃん。話すのはあの日以来?」


 空気になろうと決めた直後、いきなり話しかけられた。

 この人誰だっけ?


「誰って顔してるね。ほら、私だよ、私。前にファミレスに星宮兄妹を呼び出して、義理の兄貴ができるけどどうしたらいい? って聞いたでしょ」

「……ああ、あの時の」


 他人の家のことを気にするほどの余裕がなかったので、すっかり忘れていた。


「新しいお兄さんとはどんな感じ?」

「最初はすごい不安だったんだけど、すぐに仲良くなってさ。星宮兄妹ほどじゃないけど、今じゃふたりで出かけるくらいになったよ。ゴールデンウイーク中にもふたりで出かけるんだ」

「へぇ、それは良かったね」

「あの時は、星宮兄妹の話は役に立たないと思ったけど、自然体なふたりの態度から学ぶところがあったのかな? だからお礼を言っておくよ」

「別に俺たちはなにもしてないから、お礼はいらないと思うけど」

「飾さんも新しい家族とうまくいってるといいね」

「…………そうだね」


 返事をしながら、俺は心がざわつくのを感じていた。

 そんなに簡単に仲良くなれるものなのか?

 そうじゃないはずだ。この人と、そのお兄さんの相性が良かったと言うだけで、一般的には、義理の兄妹なんてうまくいかないはずだ。

 そうであってほしい。

 だって、仲の良い義兄妹が一般的なら、俺と飾の良さも普通のことになってしまう。

 そんなのは認めたくない。

 俺たちの仲の良さは特別。この人と、そのお兄さんの仲も特別。

 きっとそうなんだ。

 そうじゃなかったら、飾が今の家の兄と仲良くなってしまうかもしれない――そんなのはイヤだ。


「――ぅ、るぅ!」

「え、なに?」


 考えごとをしていて、飾が話しかけていることに気付かなかった。

 いけない、いけない。

 ゴールデンウイークは、飾に楽しんでもらうことを最優先にしようと思っていたのに。


「だから一緒に歌おうって言ってるの。はい、マイク」

「あ、うん」


 しまった、受け取ってしまった。

 女子ばかりの空間で男一人。別に歌がうまいわけでもないので、なるべく空気でいたいのに。

 でも、マイクを握った以上は歌わないといけないよな……。


「――――♪」


 飾とのデュエットを終えると、一応は拍手をもらえた。

 どう見ても心がこもっていない形だけのもので、心が痛いけど。

 まぁ飾は楽しそうだからいいか。




 カラオケが終わって外に出ると、結構いい時間になっていたので、家に帰ることにした。


「ただいま」

「おう、涙衣。おそかったな」


 父さんの声がリビングから聞こえて来た。


「ただいま~!」

「……その声、飾か!」

「そうだよ、お父さん。ただいま!」

「飾~!」


 父さんがリビングから走ってきて、飾を強く抱きしめた。

 飾も負けじと抱きしめ返す。

 飾は実は結構お父さんっ子だ。


「元気だったか?」

「るぅとお父さんに会ったから、もうすごい元気になったよ!」

「そうかそうか」

「それにしても、家が結構汚れてるね。男ふたりだと一か月でこうなっちゃうわけ?」


 掃除なぁ……一応してるつもりだったんだけど、細かいところまではできていなかったかもしれない。


「しかたないなぁ、明日はみんなで大掃除しようか」

「あはは……面目ない。ところで、飾がここに来ていること、母さ……あいつは知っているのか?」


 今までの呼び方をしたくないくらい嫌ってるのか……気持ちはわかるけど。

 でも、大人なんだから、飾の前では少し気を遣った方がいいんじゃないだろうか?


「あの人は知らない」


 と思ったら、飾までそういう言い方するのか。


「一応連絡しないとまずいだろうな。だが、父さんはしたくない」

「だからるぅにやってもらおうと思う」

「そうだな、るうが適任だ」


 俺に負担が来るのかよ……まぁこのふたりが母さんと電話したら、まず間違いなくこじれるからな。この中では俺が一番適任か。

 数時間ぶりにスマホを電源を入れる。

 すると、ずらーっと不在着信が表示される。

 どうやらこの間にかなり頻繁に連絡されていたらしい。もちろん、すべて母さんからのものだ。

 飾がここにいることを強く疑われている、と考えていいだろう。

 怖いなぁ――そう思いながら電話をかける。

 母さんはかなり不機嫌ではあったが、俺に当たり散らさないくらいには理性が残っていた。


「…………ってことで、今日はもう遅いから飾はうちに泊まるってことにしたいんだけど」


 当初の予定通りにそう持ちかける。


「そういって、明日以降もずるずると先延ばしにするつもりなんでしょ?」

「そんなことは――」

「涙衣はそういう小細工好きでしょ?」


 バレてる。さすがは血の繋がりこそないとはいえ、長年一緒に過ごした母親だ。


「明日から家族旅行するつもりだったのに、飾がいなくなるとキャンセルになるんだけど?」


 家族旅行……その言葉に胸がズキッと痛くなる。

 母さんにとっての家族は、もう俺たちではないのだ。


「飾なしで行けばいいんじゃないかな?」

「飾が馴染もうとしないから、新しいお父さんやお兄さんと仲良くなってもらうための旅行なのに」

「だから逃げ出したんだよ」

「まったく……なんでああもわがままなのかしら」


 どっちがわがままだよ、と言ってやりたいが、ここは我慢。俺とまで険悪になったら、何がなんでも飾を連れて帰ると言い出しかねない。


「ゴールデンウイークの間、飾はこっちにいてもいいよね?」

「早く帰ってきてほしいけど、ムリに言えば、どうせまた勝手にそっち行くんでしょうね。ええ、いいわよ」


 よし! とガッツポーズをし、それから飾にサムズアップをしてうまくいったことを歌える。

 それを見て飾もガッツポーズ。父さんもほっとした顔をしている。


 そうして、飾はゴールデンウイークの間中、うちで過ごした。

 しかし、楽しい時間が過ぎるのは一瞬。

 あっという間に休みは終わり、向こうに戻っていった。

 飾が戻ると、また以前の日常になった。毎日ずっとビデオ通話をする日々だ。

 飾は相変わらずあっちでの生活に馴染まない――馴染むつもりがないようだった。


 俺に見えないところで飾と母さんとの我慢比べは続き、先に折れたのは母さんだった。

 夏休みが迫ったある日、飾は、


「一か月間そっちにいていいって!」


 という報告をしてきた。

 それほどの期間、飾がこっちに来ることを許すというのは、母さんは飾をあっちで暮らさせることをもう諦めた……ということだろう。

 もしかしたら、家の空気を悪くする飾を、新しい家族は追い出したいと考えているのかもしれない。

 どうせ諦めるならもっと早く、なんなら引っ越し前に諦めてほしかったとも思う。そうすれば、飾に不要な苦労をさせなくて済んだのに。

 なんにせよ、夏休みが俄然楽しみになって来た。

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