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第5話 一緒に過ごす夏休み

「ただいま~。ゴールデンウイークぶりの我が家~」


 家に着くと、飾は真っ先に中に駆け込んで、自分の部屋にスーツケースを持っていった。


「や~、落ち着くね、自分の家の自分の部屋は」


 ドアを閉める時間さえ惜しいとばかりに、ベッドにダイブ。

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸していて、放っておいたらすぐに寝てしまいそうだ。


「……ちょっと埃っぽい」

「掃除してないからな」

「してよ」

「勝手に掃除したら、『女の子の部屋に勝手に入るな!』って怒るくせに」

「怒るけど最終的には許すから、そのくらいは受け入れてよ」

「俺が掃除してもそんなにキレイにはできないぞ」

「たしかに。結局自分でやらないとダメかぁ。しょうがない」


 なんで「やれやれ」みたいな反応をされているんだろう?


「ところで、家の中の掃除はちゃんとしてるんでしょうね?」

「…………してます」

「お風呂場にカビとか生えてないよね?」

「…………どうだったかな」

「あたしの部屋よりそっちの確認が先か」


 飾は部屋から出ると、家の中の点検を始めた。

 ゴールデンウイークから二か月半以上。その間に梅雨も挟んでいるわけで、男ふたりの家がどんな状態だったか……言うまでもないだろう。


「お父さんは車の運転で疲れてるから、ここはるぅがやらないとね。とりあえず、今すぐお風呂とトイレの掃除をして」

「……明日じゃダメ?」

「明日は他の場所を含めて大掃除するんだよ。今日できることは今日しておかないと、忙しくて大変なことになるよ?」

「……そうですね」


 こうして、長距離を車で移動して、帰って来た途端に掃除が始まった。

 飾は掃除にかなり厳しいので、ちゃんとできたと思って報告しても「全然ダメ」と何度もNGを出された。

 せっかくの夏休み初日だというのに、帰宅後の時間を掃除に潰されてしまったが……飾が帰って来た、って実感できたからいいか。




 俺と父さんの生活に飾が加わったことで、生活が大きく変わった……なんてことはない。

 何も変わらない。

 当然だ。本来うちにいるべき人がいるようになっただけなのだから。

 毎朝同じ時間に起きて、家族一緒に食事をとる。

 父さんが仕事に行ったら、俺と飾は、午前中は勉強をする。夏休みの宿題をさっさと終わらせ、さらに高校受験に向けて勉強する。

 そこまでしないといけないほどレベルの高い学校を目指しているわけではない。だが、飾はなんとしてでもこっちの高校に進学したいので、絶対に落ちるわけにはいかない。なので、気を抜かず勉強しているのだ。

 昼食は当番制。

 去年までの俺は、全然料理できなかった。だが、父さんとふたりの生活になってからは、家事をしなければいけなくなり、料理もいくらか覚えた。

 それでも飾から見ればたいしたことないレベルなのは明らか。飾が当番の時に、横で作る様子を見ているとその差に愕然とする。

 まるでプロのように……と言えば、さすがに言い過ぎかもしれない。だが、俺とは手際から出来栄えまで圧倒的な差がある。


「飾が作った方がずっとうまいんだから、毎日作ってくれたらいいのに」

「ヤダ、毎日なんてめんどくさい」


 ということで、当番制が定着した。

 午後は遊んでいることが多い。

 俺も飾もゲームが好きなので……というか、幼稚園の頃からのライバルなので、何時間もぶっ続けで対戦する。

 夕方になると、夕飯の買い出しに行く。

 父さんが早く帰って来る時は、父さんが料理を作る。父さんは掃除は苦手だが、結構料理好きなのだ。

 それ以外の時は、俺と飾で協力して作る。

 といっても、飾料理長があれこれと指示を出し、俺がそれに従うという感じだ。ちらっと見ただけで火加減が不適切と見抜いたり、調味料を入れすぎそうになると止めたり、細かいところまでまぁよく気が付く。

 ダメ出しが多いおかげで、日々鍛えられる。夏休みが終わる頃には、俺の料理スキルは“素人”から“マシな素人”くらいにはレベルアップしているだろう。


 ちなみに、買い出しの時は、結構な頻度で飾の友達に遭遇する。

 狭川雛さん。同じ小学校から同じ中学という経路をたどっている人なので、俺もこの人のことはよく知っている。

 両親共働きなため、休み中は長女の狭川さんが弟妹たちの食事を作っているのだ。

 狭川さんは俺たちが一緒に買い物をしているのを見ると、いつも、


「夫婦仲良く買い物なんて羨ましいねぇ」


 なんてことを言ってくる。

 俺も飾も、こういうからかいにはいちいち取り合わない。

 小さい頃からなので、もうなれっこだ。

 小学校の頃には、名字が同じ男女がいただけで「夫婦だ」とからかうやつがいる。

 血の繋がりのない兄妹が同じ学年にいれば、そういう扱いをされないはずがない。

 そして、高学年くらいになると、ラノベを読みだすやつが現れる。義妹というのがひとつのジャンルとして確立していることがわかると、俺たちに対するからかいはさらにあからさまになった。

 そういうのを経験してきているので、今さらそんな煽りを慌てて否定したりなんてしない。


「そうなの、うちの旦那がね、一緒に買い物行きたいとか甘えちゃって」


 なんて、むしろ全乗っかりのボケを返したり……いや、前はなかったな、その芸。

 スルーじゃなくて肯定していくスタイルは初めて見た。

 旦那――そう呼ばれるのは、なんとも気恥ずかしい。


「本当に仲良しだねぇ。もしかして、飾ちゃんは将来また星宮姓に戻っちゃうのかな?」


 という狭川さんのセリフは、なかなか強烈。

 義兄妹ではなくなった今だからこそ飛んでくるセリフで、さすがにあまり耐性がない。

 さらにそこへ飾が、


「なるほど、それはありだね。兄妹じゃなくなったんだから、結婚してもいいわけだ。そっか……高校卒業したら結婚しちゃう、ダーリン?」


 なんて畳みかけてくると、さて俺はどう返事をしたらいいものか。

 飾は口元をニヤニヤさせているので、明らかに俺をからかって遊んでいるのがわかる。

 よし、そっちがそのつもりなら、こっちも全力でボケに乗ってやるぞ。


「じゃあしようか、結婚」

「え? ちょっ、えっ、急に真顔⁉」


 あれ、ボケたつもりなのに、なんか飾が顔を真っ赤にしてしまった。

 俺の顔をまっすぐ見ないで、視線を泳がせあたふたとしている。

 まさか本気だと受け取られた?


「冗談のつもりだったんだけど」

「――――驚かせないで!」


 いや、そっちが先にボケたから俺もボケを返したんだが……まさかそんなに怒るなんて。理不尽すぎないか?

 っていうか、俺が本気だって答えたら、一体どうするつもりだったんだ?


「本当に仲が良いねぇ、星宮兄妹……今は何て言ったらいいのかな? とにかく、来年からまたふたりがいつも一緒にいられるように、勉強頑張ってね」

「おうよ、雛も同じ高校受けるんだよね。一緒に合格しようぜ!」


 そうやって狭川さんとは別れたのだが、帰り道はさすがになんとなく気まずい感じになった。

 飾と結婚――そんなこと、これまで考えたことがなかった。

 ずっと一緒にいるのが当たり前で、きっとこれからも一緒にいるんだろうと思っていた。


 でも、両親の離婚でバラバラになり、人生はそんなに単純じゃないとわかってしまった。

 高校はこっちに来て、また同じ家で暮らせるようになっても、そこから先はどうなるのだろう?

 兄妹でもない男女が……いや、兄妹だとしても、ずっと一緒にいるのって難しいのではないか。

 大人になれば、それぞれに家庭を持ち、それぞれの生活を送る。

 兄妹でも親友でも、毎日顔を合わせるのは難しくなるだろう。


 でも夫婦になれば、ずっと一緒にいられる。

 ……いや、うちの父さんはバツ2だ。そんな男に育てられたので、結婚=一生一緒というわけでないのは重々承知している。

 それでも、飾と同じ時間を過ごすための方法は、結婚以外はないのではないか?

 問題は――今さら飾のことを異性として見られるかどうかだな。


「なに?」

「いや、別に」


 俺の隣を歩く飾の顔を見ていると、じろじろ見るなと怒られた。まだちょっと怒ってるらしい。

 それは別にいいのだが……まぁ、何度見ても、かわいいはかわいいな。

 すごく落ち着く顔だ。その気になれば、ずっと見ていられるだろう。

 飾のことは好きだ。大好きだと言ってもいい。


 でも、それは恋愛対象としての好きなのだろうか?

 今までの人生で、異性を好きになったことはない。

 だって、飾より気が合う人なんているはずがない。

 そんな人と時間を過ごすために、飾との時間を削らなければいけないのだとしたら――恋をする意味なんてないと思っていた。

 だから俺は、自分の気持ちがよくわからない。

 飾を好きだと思う気持ちが、家族愛や友情の好きなのか、恋愛感情としての好きなのか――?

 そういう根本的な部分がわからない。


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