「なぁ尊。ちょっと相談があるんだが、いいか?」
新学期が始まって間もない時期、俺は古くからの友達である吉岡尊に相談を持ち掛けた。
「身長を伸ばしたかったら、とにかくたくさん食って寝ろ」
「そっちじゃない」
いや、そっちもたしかに気にはなる。
尊の身長は、すでに一八〇センチを超えている。どうすればそんなに大きくなれるのか、クラスの男子の平均身長より少し小さい俺としては、割と切実に気になる。
だが、今知りたいのはそれじゃない。
「恋愛相談みたいなものなんだが」
「涙衣からそんな話が出てくるとはな。そうか、お前も思春期か」
「うるさい。いいから相談に乗れ。仲間内で彼女持ちがお前しかいないから、他に選択肢がなくて、しかたなく相談してやってるんだぞ。ありがたく思え」
「なんで相談してきた側が偉そうなんだよ」
俺が横暴なことを言っているように思えるかもしれないが、俺たちは昔からこういうノリだ。
「まぁどうしてもと言うなら、相談に乗ってやってもいいが?」
「じゃあ人がいない場所に行こう」
ということで、昼休みに体育館裏の木陰に移動した。
古い漫画なんかだと、不良がタバコを吸っている場所でおなじみだ。
時代が変わったのか、それともうちの学校の治安がいいのか、あるいはあれがただのフィクションなのか――とにかく、ここにはうんこ座りでタバコを吹かすヤンキーはいない。
尊は体育館裏口の階段に座ると、
「で、恋愛相談だっけ? 相手は飾ちゃん?」
と、俺が何も話していないうちから決めつけてきた。
「なんで飾の話だと思った?」
「まず真っ先に思い浮かぶだろ。お前らセットだから」
尊は幼稚園以来の友達で、小学校の頃はうちにもよく遊びに来ていた。
家族以外では、俺たちのことを一番見てきたやつかもしれない。
そういう人からは、言う必要もないほど当たり前のことって認識なのか。
「そうだよ、相手は飾だ」
「妹じゃなくなったから恋愛解禁ってわけだ」
「そう話は単純じゃなくてな。まぁ半分くらい当たってるから話は早いな」
「へぇ?」
「とりあえず聞きたいことは、俺は飾のことが好きなのかな? そもそも恋ってなんだろう? ――ってことなんだけど」
「知らねぇよ。としか答えられないんだけど?」
「つまりだな――」
と、夏休み中に狭川さんと遭遇した時のことを話した。
「この気持ちが恋なのか、そうじゃないのか……休み中にずっと考えたけど、結論は出なかった」
「で、オレに相談か。そう言われてもなぁ……オレからしてみたら、恋がなにかなんて頭で考えなくてもわかることだろ、としか言えないが」
「というと?」
「なんかさ、他の好きとは違う感情なんだよ。恋に落ちた瞬間にわかるんだ。ああ、これが恋か――って」
こいつの口からこんな少女漫画みたいなセリフが出てくるのは気持ち悪いな。
相談に乗ってもらってる身だから絶対に言えないけど。
「よくわからないが、他の好きとはどう違うんだ? 具体的には?」
「だからそう簡単に言葉で言えるようなもんじゃないって。でも、したらわかるんだって」
「そんな答えしかないんじゃ、相談した意味がない」
「実際ムダだよ。本人にしかわかりようがないことなんだから。もっと自分の心と向き合ってだな――」
「向き合ってもわからなかったって言っただろ。だから聞いてるんだよ。義妹への家族愛と恋心の境目ってどこなんだ?」
「そんな特殊なことオレにわかるかよ……じゃあ、考え方をもっとシンプルにしてみたらどうだ?」
「シンプル?」
「恋人同士がするようなことを、飾ちゃんとしたいか。つまり、デートしたり」
「ふたりで出かけるなんていつものことだから、今さらそれにデートなんて名前をつけても」
「ああ、そうか。じゃあ、イチャイチャしたり」
「イチャイチャ?」
夏休みの初めにアウトレットモールに行った時、恋人繋ぎをして歩いたっけ。
あれもイチャイチャに含めていいのかな?
あれをまたしたいかどうかを聞かれたら…………イヤだとは言えないな。
「他だと、キスしたりとか、エロいことしたりとか。妹相手にはやらないけど、恋人ならすることを、飾ちゃんとできるか? したいと思えるか? 思えるなら、その気持ちは家族愛じゃなくて、恋愛の好きってことなんじゃないだろうか」
「……なるほど」
つまり、兄妹ではない、別の関係を想像できるかどうか。それになりたいかどうか。
その一点だけで決めるという尊の発想はとてもシンプルで、わかりやすい。
「そういう視点から、もう一度ゆっくり考えてみたらいいんじゃないか?」
「そうだな、話を聞いてくれてありがとう。ところで、俺はまだ尊の彼女を紹介してもらってないんだが?」
「同じ学校じゃないから機会がなくてな」
「塾で知り合ったんだっけ?」
「そう。高校に入ったら紹介するよ」
尊もその彼女も、俺や飾と同じ高校を志望している。
尊の彼女がどんな人なのかには興味があるが、その瞬間は飾もいる時にとっておくか。
「ってことで、休み明けのテストが返って来たんだけど、なかなか良かったのよね、これが」
その日の夜、いつものように飾とビデオ通話した。飾は今日返って来たというテストを自慢気に見せてくる。
それにリアクションをしながら、俺の視線は飾の口元に集中する。
見慣れている顔のつもりだったが、改めて特定の部位に注目すると新たな発見がある。
きめ細かくて柔らかそうだな――みたいな感想が、頭に次々に浮かんでくるのだ。
「成績良かったのはいいけど、気を抜かずに、今日も集中して勉強するぞ」
半分以上は自分に言い聞かせている。
今日は簡単には集中できそうにない。
「そうだね。なにがなんでも落ちるわけにはいかないもんね」
そうして、参考書を開いて勉強を始めた。
画面越しながらも、一緒に勉強をすると結構捗る……のだが、俺の意識はすぐ飾の唇に向いてしまう。
「う~ん……この問題で使う公式は……」
飾は考える時に口元に指を当てる癖がある。
その仕草を目にするたびに、俺の思考は数学の問題からキスに移ってしまうのだ。
この唇にキスしたいかどうか――そのことばかり考えてしまう。
これがビデオ通話で良かった。
実際に顔を合わせていたら、唇ばかり見ていることに気付かれていたかもしれない。
「ねぇ、るぅ」
改めて見ていると、口の動きというのは複雑でおもしろいが、俺の名前を呼ぶ時の動きが一番艶めかしい気がする。
「るぅったら、聞いてるの!?」
「あ、ごめん」
画面越しの口の動きに夢中になっていて、飾の話を聞いていなかった。
ついでに言えば、飾の唇が映っている部分に指で触れたりしていた。
ほとんど無意識でしていたことなのだが……スマホ越しなのでバレずに済んだ。
もし今日ここに飾がいたら、どうなっていたか。考えると怖いな。
「ここの問題なんだけど、どうやって解いたらいいのかな? 載ってる解説だといまいちわかんない」
「ああ、そこは――」
と答えながら、やっぱり俺は飾の唇をちらちらと見てしまっていた。
一度唇を意識してしまうと、もう止まりようがなかった。
触れてみたい。
キスしてみたい。
今までずっと家族として見ていた元義妹ではあるけれど、今すぐにでも抱きしめて、キスしたくてたまらない気持ちになった。
キスしたい――そう思った夜。飾のことを考えながら眠りについた。
そうしたら、夢に飾が出てきた。
「るぅ、もっとくっつこうよ。兄妹としてじゃなくて、恋人として。ね?」
そう言って夢の中の飾は俺にキスをして、そのまま押し倒してきた。
キスするところまではふたりとも服を着ていたはずだけど、夢の中なので一瞬で裸になっていて――その後は、そういう展開だった。
あまりの生々しい感触に興奮しすぎて、それで目が覚めてしまった。
夢に飾が出て来たことは、これまで何度もあった。
だけど、エロいことをする夢なんて初めてだ。
すごい罪悪感がある。
でも、それ以上に幸せな気持ちだったし、興奮もした。
もう疑いようがない。
この気持ちは、義妹や親友としての好きなんかじゃない。
異性の、ひとりの女の子に対する好きなのだ――。