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第12話 デートっぽいこと

 高校入学から一か月が経った。

 るぅから告白されてからは一か月半。

 返事をずっと保留したままだけれど、というか可能ならばこの先も保留し続けたいんだけど、たぶんるぅはそれを許してくれないだろう。近いうちにはっきりとした答えを求めてくるはずだ。

 どうしたものか?


 あたしのことが好き――か。

 兄妹として、あるいは友達としての好きじゃなくて、異性としての好き。

 そういう気持ちを持ってしまうのは、しかたのないこと……ううん、ある意味自然なことだと思う。

 小さい頃から一緒にいたんだから、離れることなんて考えられない。これから先も一緒にいたい――そう思う気持ちはわかる。

 あたしだって、るぅと長く一緒にいたい。


 告白の返事をずっと保留にしているけれど、それは好きじゃないって意味じゃない。

 そんなことあるはずない。

 だって、この家で過ごす今日は……るぅと過ごしている毎日は、去年のあたしがずっと求めてやまなかったものなんだから。

 手を握ったり、一緒にお出かけしたり――それくらいのことなら、いつでもしてあげていい。


 でも、付き合うまではしたくない。

 ずっと一緒にいたいから。

 恋人にはなりたくないんだ。




 なんとかこのまま告白をうやむやにしてしまって、今のままの関係を続ける。

 それがあたしにとっての最良なんだけど……るぅはそうではない。

 あたしからの返事をずっと待っている。

 意外とおとなしく待ってはくれない。

 事あるごとにアピールしてくるし――るぅがこんなに恋愛事に積極的とは思わなかった。自分からは何もしないで、相手から寄って来るのを待つような消極的なタイプだと思っていたのに。

 まぁぐいぐい来られるのは別にイヤじゃない。

 他の人からならともかく、るぅからなら結構うれしい。

 だけど、他の女の子と仲良くしているのは許せない。


 サッカー部の湖川さんという先輩と仲良さそうにしているのを見ると、どうしてもイライラしてします。

 別にそういう意味の仲の良さじゃないっていうのはわかってる。

 部活の先輩と後輩で、それ以上でも以下でもないのはわかってる。

 おそらく、湖川さんは無意識に男を勘違いさせるタイプだ。

 あの手の女の行動に、いちいち意味を見出してはいけない。スルーが必要だ。


 でも、イライラする。

 るぅが部活の人たちとカラオケに行った時だってそう。他に大勢いることがわかっていてももやもやしていた。

 この気持ちがやきもちだってことは、あたしだって理解している。

 あたしがるぅのことを好きだから、こんなにやきもち焼くんだってことも。


 あたしだってるぅが好き。

 大好き。

 だから付き合いたくないのに。

 少しでも長く一緒にいるためには、恋人になんてならない方がいいのに。

 どうしたらるぅにそれをわかってもらえるだろう?




 とにかく、なるべく今のままを続ける。

 保留して保留して保留して……でも、諦めさせはしない。

 あたしほど気の合う女の子はいない、って思わせ続ける。

 そのために、たまにはデートっぽいことをしてあげてもいいか。


「るぅ、今度のお休みに出かけたいんだけど、一緒にどっか行かない?」


 こんな感じで、お誘いしてみる。

 まぁ断らないよね?


「ごめん、その日は用事がある」

「……へぇ」


 あたしより大事な用事って?

 まさかとは思うけど、湖川さんと先約があるとか?

 いやいや、さすがにそれはない。

 きっと尊くんと遊ぶとかだ。


「どういう用事?」

「サッカー部で」

「サッカー部⁉ いつもは休日に練習やらないのに」


 なぜならとんでもない弱小チームだから。

 弱いから練習をあまりやらないし、練習しないから弱いまま。そういうチームだそうだ。

 そんなチームが休日練習?

 ううん、練習試合って可能性も……女子含めて九人しかいないチームと試合したいチームなんているかな?


「練習じゃなくて、みんなで遊びに行こうって話なんだ」

「…………へぇ」

「Jリーグの試合を観に行くんだよ」


 うちの町は一応県庁所在地で、Jリーグ所属のチームがある。

 J2の下位で、毎週県内ニュースで負けたことを知るくらいしか縁がないチームではあるけれど。


「チケット代って結構高いんじゃないの? 部活動でそういうの負担させるってどうなのかな」


 るぅが楽しそうにしているのに、こういうことを言って水を差すのは良くない。

 わかっているんだけど……つい言ってしまった。


「試合ごとに、市内の学校のサッカー部に無料チケットを配ってるらしいんだ。次の試合はうちの学校の順番だったんだよ。だからタダで観れるんだ」

「あ、そう」


 怒らせなかったのは良かったけど、タダって言うんじゃ止めにくい。

 別に行ってほしくないわけではない。湖川さんがいなくて、男子ばっかりなら、まったく反対しない。楽しんできてね、って笑顔で送り出せるのに。

 サッカー観戦に行くとしても、湖川さんとふたりきりってわけじゃない。他の部員と一緒だから、たぶん何も起きない。

 でも……どうしても嫉妬してしまう。

 あたしがこんなに嫉妬深い性格だったなんて知らなかった。

 前はこんなこと思わなかったのに。るぅに告白されたせいで、こんな一面が出てきちゃったじゃないの。

 どうしてくれるの?


「……ねぇ、その試合って、あたしが観に行っても大丈夫かな? 自分でチケット買って、るぅたちの近くの席に座ることできるかな?」


 我ながら良い手を思いついた。

 これなら堂々と監視……様子を見られる。


「チケット完売なんてまずないだろうから買えるだろうけど……もしかしたら、当日来れない人がいて、その分のチケットもらえるかもしれない。部長に聞いてみるよ」


 るぅはスマホを手にし、サッカー部の部長さんにメッセージを送る。

 すぐに返事が返って来た。


「一枚余ってるから、それくれるって」

「本当? ありがとう、るぅ!」

「お礼は部長と欠席になった人に言って」


 これで当日はるぅの隣に座ってサッカーを観られる。

 ゲームとしてのサッカーは好きだけど、リアルのサッカーには全然興味がない。

 でも、湖川さんがるぅの隣に座るのを阻止できる。

 手に汗握る展開で、アディショナルタイムで大逆転! 興奮のあまり、るぅと隣に座っていた湖川さんが抱き合って喜ぶ――なんて状況を阻止できる。

 ありがとうございます、誰か知らない当日休んだ人。

 今度お料理部でお菓子を作った時、サッカー部に差し入れに行ってお礼します。




 そして観戦当日になったのだが……。

 思わぬ事態が起きた。

 スタジアム前でサッカー部の人たちと合流したのだが、そこにいたのは全員男子だった。


「欠席って湖川さんかよっ!」


 じゃああたしはなんのためにここに来たんだ?




 県内ニュースの映像でなんとなく知っていたが、客席はかなり空席があった。たぶん毎試合こうなのだろう。

 サッカー部に配られた無料チケットは後ろの方の席だった。とはいえ、前にはほとんど人がいないので、後で移動してもきっと何も言われないだろう。

 あたしはもちろんるぅの隣に座る。

 湖川さんがいないので、わざわざここを死守する必要はなくなったのだが……サッカー部の人たちは、全員初対面だ。ここしか座る場所がない。

 部員でもないのにいきなりやってきて、るぅの隣に座っているあたしは、周囲からどう思われているのだろう――考えるまでもないか。

 るぅと恋人になりたくはないけれど、周りからそう見られる分には別に構わない。

 ……なんか、我ながらめんどくさい女だな。


 さて、初めて生で観るサッカーの試合だったけど……想像以上におもしろくなかった。

 開始三分で相手チームが一点を先取。

 さらに前半七分に相手チームが追加点を入れた。

 それ以降はどちらのチームも点を入れられず、なんならシュートさえほとんどなく、だらっとした展開が試合終了まで続いた。

 追いつかないまでも、一点くらいは入れてくれたら少しは盛り上がれたのにな。


「まぁこういう試合もあるよ。でもみんなで観られておもしろかったな」


 と、なんとも締まりのない部長さんの言葉に、あたしを含む全員があいまいに頷いた。


「これからみんなは何か予定ある? ないなら、もう少し遊ばないか?」


 スタジアムの外に出た時、そういう部長さんがそう言った。

 まぁ自然な流れでしょう。せっかく休日にみんな集まったのに、試合を観るだけで解散では味気ない。

 ファミレスに行って試合について語り合ったり、カラオケに行ったり、もしかしたら市内のフットサル場で体を動かしたり……そういうことをするのは当然だと思う。

 でも、あたしは別に行きたくない。

 だって最初にちょっと挨拶しただけで、サッカー部の人たちの顔も名前もまだ覚えていないし。

 とはいえ、あたしだけ帰るとも言いにくいなぁ。るぅが行くって言うなら行かないと。


「すみません、俺たちこの後用事あるので」


 ところが、るぅはその誘いを断った。

 もちろん、“俺たち”にはあたしが含まれている。

 これからデートだとアピールするかのように、手を握って来て……まぁ、今日は手くらいは握らせてあげるつもりだったから、いいけどね。


 駅前に向かうシャトルバスに乗るサッカー部の人たちを見送り、あたしたちはスタジアムに隣接する県立公園に向かった。

 かなり大きな公園で、自転車を使っても一周するのに三十分はかかる。

 中には大きなプールがあったり、キャンプ場があったり。なんなら小さな動物園まである――馬とか猿くらいしかいないけど。

 小さい頃はよく家族で来ていた。ここ何年かは来なくなくなっていたけど、懐かしいな。あの頃とあまり変わっていないように思える。


「公園で何するつもり?」

「ボートに乗りたいと思って」


 公園内には大きな池もある。そこではボートに乗ることもできるのだ。


「いいけど……そういえば、ふたりでボートに乗るのって初めてだっけ?」

「たぶん初めて。小学生以下は大人同伴じゃないと乗れなかったはず」

「言われてみればそうだったかも……思い出した。お父さんがオールを漕いで、あたしとるぅが並んで座ってたんだ。るぅ、オール漕げる? アヒルさんボートにする?」

「アヒルさんも結構好きなんだけど、オールの方がデートっぽいよな」

「やっぱりデートのつもりだったか。まだ告白を保留してるのに」

「デートだろ? だって、この前飾から誘ってくれた。サッカー観戦がなかったらデートするつもりだったんだろ?」

「ん~……さて、どうかな?」


 一応はぐらかすようなことを言ってみたけど、たぶんバレてるな。

 だって、顔が熱い。

 考えが読まれていたことに気付いたから……まったく、なんとかしたいなぁ、すぐ顔が赤くなる体質。

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