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スキルマ剣姫と歩くトラットリア
スキルマ剣姫と歩くトラットリア
宮地拓海
異世界ファンタジースローライフ
2025年06月24日
公開日
5.1万字
連載中
料理しか出来ない思春期なシェフと 剣しか取り柄のない美しい最強の女剣士 足が生えて歩き回る不思議な食堂『歩くトラットリア』で出会った二人は 互いに足りない物を埋め合うように寄り添っていく 思春期な少年が好きな娘に好かれるために奮闘する大衆食堂物語です。

プロローグ ある彼女の視点~死に場所を求めて生きる希望に出会う~


★★★★★★★★★★


 精も根も尽き果て、体も傷付き、剣も折れた。

 わたしが探し求めていたのは、こんな場所だったのだろうか。これが、わたしの望んだ結末だったのだろうか。

 つい今しがた討ち滅ぼした魔物は、全身が魔力の塊だったのか息絶えるとともにこのダンジョンの中へ溶けるように消えてしまった。


 生きて帰った者はいないと言われた深いダンジョンの百階層。

 わたしは単身そこへ乗り込んで、そして、ここの主と剣を交えた。

 激しい戦いは一週間にも及び、何度となく、わたしは命を落としかけた。


 だが、わたしは生きている。

 わたしはまた、死ねなかった・・・・・・


 それでも、こうしていれば――このまま何もしなければ、わたしの命は間もなく尽きるだろう。

 立ち上がるだけの余力もなく、また生きる気力もない。

 それに、もう二週間ほど何も食べていない……


 そういえば――


「おなか、すいたな……」


 そんな呟きを漏らした時だった。

 ソレは突然現れた。



 てぃん……ぽぃん……てぃん……ぽぃん……



 と、奇妙な『足音』を響かせて、扉が歩いてきた。


「……扉?」


 それは、紛れもなく扉だった。

 こげ茶色の、どこにでもあるような扉。

 ただ、その扉が変わっていたのは、その扉には『足』が生えていた。

 細い、線のような物の先にまん丸い足がついている。子供が落書きで描くような足。


 そんな奇妙な『足』の生えた扉が、ダンジョンの壁に寄りかかり、吸いつく。

 それと同時に、『足』は扉の中へと吸い込まれていった。


 目の前には、さっきまでは存在しなかった扉があるのみ。


 なんだ、これは?


 立ち上がる体力もなかったはずのわたしは、気が付けば立ち上がり、その扉を見つめていた。

 そっと手を伸ばし、ドアノブに触れる。

 ノブを掴み、ゆっくり回すと、扉は静かな音と共に開いた。


 思わず目を見開く。


 扉の中には、食堂のような空間が広がっていた。

 広いフロアには四人がけのテーブルがいくつか並び、正面にはカウンターが備え付けられている。どこからどう見ても食堂。酒場という雰囲気ではなく、もっと大衆的な食堂という面持ち。


 そして、カウンターの向こうに立つ一人の少年。


「いらっしゃいませ。ようこそ、【歩くトラットリア】へ!」


 幼さの残る少年が、無垢な笑みを浮かべてそう口にする。

 歩く……なんだって?

 少年の口にした言葉が理解出来ずに、わたしの思考と体は停止してしまう。


 ここはなんだ?


 店内を見渡し、もう一度少年へ視線を向けると、少年の顔つきが変わっていた。

 恐ろしく鋭い目つきで、わたしの心臓部を見つめている。

 まるで射抜くかのような鋭さで。


 一瞬、魔術の類を警戒した。次の瞬間――


「ごめんなさいっ!」


 突然の大声に、思わず肩が揺れる。

 謝罪? 一体なぜ?

 訳が分からず、少年に声をかけようとしたその時――


「けしからんのはボクですっ!」


 叫びながら、少年がカウンターにおのれの頭を打ちつけた。

 ンゴスッ! ――と、人体が出してはいけないような鈍い音が響く。


「しょ、少年よ。よくは分からないが、自分を傷付けるのはよくない」


 そんな言葉が不意に口から漏れ、わたしの心臓が軋みを上げる。

「自分を傷付けるな」などと、よく言えたものだ。……死に場所を求めてさ迷い歩いている、このわたしが。


「あの」


 よほど酷い顔をしていたのか、少年がわたしの顔を覗き込み、心配そうな表情を見せている。

 わたしにそんな顔を向ける者がいようとは……


 どこへ行っても、バケモノを見るような畏怖の目でしか見られない。そんなわたしには、この少年の表情は眩し過ぎる。

 どうやら場違いのようだ。


 ここが一体どこで、あの少年が何者なのかは気になるが……


「邪魔をした」


 踵を返し、わたしは再びノブに手をかける。

 最後の最後に面白い体験をした。そう思おう。


「待ってください」


 ドアを出ようとしたわたしを、少年が呼び止める。その声があまりに優しくて、思わず振り返ってしまった。


 思えば、この「思わず」取った行動が、わたしの今後の人生を大きく変えたのかもしれない。


「よかったら、お食事をしていきませんか?」



 満面の笑みでそう言われた瞬間、わたしのおなかが「くぅ……」と鳴った。







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