「お師(し)さ~ん! どこですかぁ~?」
深い深い森の中。
ボクは、どこかで【ドア】から落ちたのであろうお師さんを捜して歩いていた。
【ドア】には、とりあえず待機してもらっている。
「いないかぁ……もう、どこで落ちたんですか、お師さん」
お師さんは小さいから見つけるのが大変だ。
そのくせ、好奇心だけは人一倍でちょこまか落ち着きがない。だからよく迷子になる。……まるで幼い子供だ。千年近く生きているとは、とても思えない。
捜し回っても見つからず、ボクは【ドア】の前へと戻ってくる。
「お師さん、戻ってきましたか?」
【ドア】に問いかけるが、当然返事はない。だって、【ドア】だし。
森の中の大木に立てかけられた【ドア】。そのドアノブをひねると、中には食堂の風景が広がっている。
四人掛けのテーブルが三つと、二人掛けのテーブルが二つ。あとは、カウンター席が四つ。
合計、二十席の、そんなに広くはない店内。けれど、落ち着いた雰囲気がとてもいい。ボクの大好きな空間。
「この辺にはいないみたいだから、ちょっと移動しようか?」
ドアをポンと叩いて話しかけると、ドアの下から【足】が生えてくる。
【ドア】が離れると、大木は元の、ただの大木へと戻る。
当然、その大木の中に食堂などは存在しない。
てぃん……ぽぃん……てぃん……ぽぃん……
――と、愛嬌たっぷりの足音を立てて歩き始めた【ドア】に飛び乗って、縁に腰を掛ける。
のんびりと過ぎていく森の景色を眺めていると、「りーんりーん……」と鈴のような音が鳴る。
「あ、『おなかの虫』だね。どこからか分かる?」
ボクの問いには答えずに、【ドア】は黙って進路を変える。どうやらはっきりと分かっているようだ。おなかをすかせている人がいる場所が。
「それじゃ、急いでその人のもとへ……って、まだ! まだ、ドア閉めてないから!?」
急に速度を上げた【ドア】。
ドアを閉めるまで、振動は直に伝わってくる。激しく上下するドアにしがみついて、ボクは悲鳴を上げる。
怖いのは、苦手だ。
なんとかドアを閉めると――振動が収まり、さっきまでの喧騒が嘘のように静かになる。
ドアを閉めた店内は、外とは空間が遮断され、どんなに揺れても影響を受けない。
これで落ち着ける。……まぁ、お師さんが絶賛迷子中なので、あんまり落ち着けないけれど。心情的に。
「りーんりーん……」と、可愛い音を響かせるおなかの虫。
この店は、近くにいる人のおなかの虫を感知して、こうして知らせてくれる。
そのおなかの虫を聞いて、ボクたちはそちらへ向かい、料理を振る舞う。
そういうお店なのだ、この――【歩くトラットリア】は。