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31話 それぞれの戦い -3-

「やめてください、あなた……こんなところに、そんな恐ろしい人がいるわけないじゃないですか」

「そ、そう、だな。……いや、すまん。少し、ナーバスになり過ぎているのかもしれないな」


 ドイルさんとクレハさんが小さく小突き合い、こそこそとそんな会話を交わす。


「あなたも見たでしょう。恐ろしい森へ、自ら進んで名乗りを上げてくださった、あの方の目を」

「あぁ……少しゾッとするような鋭さはあったが……あの人の目は、優しい目だった」

「そんな人が剣鬼なわけ、ないじゃないですか」

「そうだな……失礼なことを言ってしまった」


 照れなのか自嘲なのか、ボクには判別がつかないような複雑な顔をして、ドイルさんがボクに頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。お仲間のことを悪く言ってしまって」

「………………いえ」


 ボクには、何も言えなかった。

 当事者じゃないから、とか、そういうことではなく……



『剣鬼』と言うことが『悪く言う』ことになるという、その理由が分からなかった。



 少なからず、ドイルさんご夫妻は『剣鬼』を快くは思っていない。

「恐ろしい」と言っていた。


 あんなに優しいアイナさんが……恐ろしい?


 人違い、なのだろうか?

 でも、キッカさん曰く、アイナさんが『剣鬼』と呼ばれていたというのは事実らしいし……


 アイナさんがこの【歩くトラットリア】の外の世界で一体何をしてきたのか……

 ボクはそれを知らない。

 そして、もしかしたら知ることはないのかもしれない。


 でも、なんとなく……いや、出来れば……


 アイナさんのことを怖がる人がいなくなればいいな、と思う。

 もちろん、本当のアイナさんを知ってもらって、だ。


 誤解を生みやすそうな人だし、きっと何か理由があるのだろう……


 もし、ほんの少しのわがままが許されるのであれば……知りたい。彼女のことを……もっと……もっと…………


 気が付くと、ボクの頭の中はアイナさんでいっぱいになっていた。

 いっぱいに……


「あ、あの……」


 ドイルさんの声がして、ボクは妄想の世界から帰還する。

 いけないいけない。何か甘い物を作ろうとしていたんだった。


「それは、一体……何を作ってらっしゃるんですか?」

「え?」


 言われて手元を見ると、そこには大きなプリンが二つ並んでいた。

 ――どっからどう見てもおっぱいにしか見えないおっぱいプリンが。

 センターには、色鮮やかなブドウを使用しています☆


「ボクはアイナさんをなんだと思ってるんですかっ!?」

「い、いえっ、それを私たちに言われましても!?」


 ヤバイ。いよいよもって末期――ヤバ末期だ。

 どこかにボクの病を治せるお医者様がいないか、真剣に探さなければいけない時期に来ているのかもしれない……


「あの……それを、私たちに?」


 ドイルさんが顔を引き攣らせ、クレハさんがドン引きしている。


「あぁ、いや! いえいえ! とんでもないです! これはあとでスタッフ(お師さん)が美味しくいただきますので、お気になさらずに!」


 禍々しいまでに大きなぷるんぷるんプリンを冷蔵庫の奥深くへと封印する。

 人目に触れてはいけないものだ、あれは。


 しかし、参った。

 なんだかんだと、ボク自身も気になってしまっている。

 アイナさんとキッカさんのことが。


 ……神様。

 どうか二人が、無事に帰ってきますように…………



 ――と、祈りを捧げた瞬間。


「たっだいまー!」

「キッカさん!?」


 キッカさんが一人、ドアを勢いよく開けて戻ってきた。

 神様すげぇ!?

 仕事が早い!


 あれ? アイナさんと娘さんは?

 そう思っていると――


「シェフ。ただ今戻った」


 キッカさんの後ろからアイナさんが現れた。

 その腕には、しっかりと幼い女の子が抱えられていた。


「「セナッ!?」」


 ドイルさんとクレハさんが座席を倒して駆け寄っていく。


 あぁ、よかった。

 娘さん、無事だったんだ。


「パパ……ママぁ!」


 セナさん……いや、セナちゃんがアイナさんの腕からクレハさんの腕へと移動し、しっかりとしがみつく。

 見た感じ、どこも怪我をしていないようだ。……よかった。


「お二人とも、無事で何よりです」

「よゆーよゆー。……っていうか、あたしほとんど道案内だったしね」


 キッカさんは、盗賊のスキルの一つ『探知』という能力を身に付けており、生き物の動きや隠れている場所が分かるのだそうだ。すごいな、その能力。


「じゃあ、アイナさん、大活躍だったんですね」

「いや……」


 目を伏せて、アイナさんは小さな声で呟く。


「あの子を助けたのは、両親の強い想い。……我が子を心から愛せるのは、すごいこと、だから」


 ご両親の強い想いに突き動かされただけだ……と、アイナさん的な謙遜――ツンデレなのかもしれない。

 でもボクは、素直に称賛したいと思う。この、勇敢なる二人の戦士を。


「アイナさん。キッカさん」


 体の向きを変えて、それぞれに顔を見ながら声をかける。


「お二人を、誇りに思います」

「い、いや…………別に」

「え……あぅ……ぁ、そう? ……ってか、あはは……大袈裟。こんなことくらいで……でもまぁ、うん……ありがと」


 アイナさんは俯いて前髪をいじり、キッカさんは頭の後ろに手を組んで明後日の方向を向いている。

 二人とも、分かりやすい人だなぁ。


 くすくすと、こらえきれなかった笑いをこぼしていると、キッカさんが照れた顔で膨れて、ボクの脇腹を小突いてきた。


「笑ってないで、ご褒美は? おなかすいた」

「うむ。シェフの料理が食べたい」

「はい。では、ドイルさんご夫婦に好評だった鶏もも肉のブドウソースがけをお出ししますね。あと、鶏ムネ肉のポトフもありますよ」

「「ブドウソース?」」

「美味しいですよ」


 不安そうに顔を見合わせる二人。

 大丈夫です。美味しいですから。


 そんなわくわくした気持ちで厨房へ向かう。


 セナちゃんが泣き止んだら、甘いドルチェを食べさせてあげよう。


 ……もちろん、例のプリンではないドルチェを。







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