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31話 それぞれの戦い -2-



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「秘技――乱れ斬り!」


 ニンジンを転がしながら切り、食べ応えのあるサイズへとカットしていく。

 はい。乱れ斬りじゃなくて、乱切りです。普通の乱切りです。


 魔獣のムネ肉を一口大に切り、皮をぱりっと焼いた後、大きさをそろえたニンジン、ジャガイモ、タマネギ、セロリ、カブと一緒に水から煮込み、柔らかくなったらコンソメと混ぜて味を整える。

 これで、鶏ムネ肉のポトフの完成だ。

 ――とか言いつつ、実はアイナさんたちと食べようと随分前から準備していた物だったりする。じっくり煮込んで野菜もほくほくになっている。

 乱切りも、ちょっとした演出だ。ほら、料理って見て楽しむって側面もありますし。


「食欲がなくても、スープなら食べやすいでしょう?」

「……はい。でも……」

「大丈夫です。アイナさんとキッカさんが助けに行ったんですから、必ず無事に戻ってきます。あの二人、本当に強いんですから」


 そうして、難色を示すドイルさんとクレハさんにポトフを勧める。


「娘さんが帰ってきた時、あなたたちが疲れていると何も出来ませんよ? 負ぶってあげることも、抱きしめて励ましてあげることも」

「そう……ですね」

「あなた……」

「あぁ。いただこう」


 弱々しく笑みを交わし、二人はゆっくりとポトフを口に運んだ。


「――美味しい」

「奥深い味わい……こんな豊かな香りのスープ、食べたことがありませんね」

「あぁ。野菜の味が濃縮されているんだ」

「こんなに澄んだスープの中に、数十種類の野菜の旨みを感じますね」

「そのスープが食欲をそそり、その中に浮かぶ鶏肉がガツンと胃袋に響いてくる」

「ただ苦いというだけで敬遠されがちなセロリも、このスープで煮込まれたことでほろりと甘く、微かな苦みがイヤミのない後味を演出していますね」

「そしてこのカブだ。独特の歯応えと瑞々しさが失われない程度に煮込まれ、それでいてスープの香りと味をしっかりと吸収している…………」

「本当に。本当に美味しいです」


 ……なんか、物凄く語り始めてしまった。

 まぁ、たぶん、堪能してもらえたのだろう。喜んでもらえてよかった。


「はっ!? す、すみません。一日、何も食べずに森の中を走り回っていたもので……」

「お恥ずかしいです……」

「いえ。美味しい料理は人の心を豊かにします。思うままに楽しんでもらえるのが、料理人として一番嬉しいことですから」

「あ、あの……おかわりを、いただけますか」


『おかわり』きたぁっ!

 よしよしよし! 【歩くトラットリア】のコンソメスープ、本当に強い! マジ最強!

 驚異のリピーター率ですよ、先代っ!


 だが。


「ポトフもいいですけれど、こちらも試してみてください」


 二人の目の前に大皿を置く。

 小皿に取り分けてお召し上がりください。


「これは……?」

「鶏もも肉のブドウソースがけです」


 皮目をしっかりパリっと焼き上げた柔らかいもも肉に、新鮮なブドウで作ったソースをかけた意欲作。

 噛めば噛むほどあふれ出してくるジューシーなもも肉の脂を、甘酸っぱいブドウのソースがさっぱりと包み込んでくれる、青春を思い出させる味わいに仕上げてみました。

「え? ブドウのソース?」と思うなかれ!

 果物のソースは肉料理によく合うのだ!


「んん!? 果実のソースと聞いて、甘ったるい味を想像したんですが……全然そんなことはなく、むしろ甘酸っぱいからこそお肉とよく合っている」

「キレのある味わいながらも刺々しさがなくて、それにこの香り……」

「そう、この香り……」


 まぶたを閉じて息を吸い込み、ブドウの香りを二人して堪能している。

 このご夫婦は、食事が大好きなのかもしれない。

 と、思った矢先。


「「……これを、あの子にも食べさせてあげたい……っ!」」


 なんか急に泣き出した!?


「あの子は……セナは、ブドウが、大好きで……」

「あぁ……セナッ!」

「だ、大丈夫ですから! きっと娘さん、無事に帰ってきますから! アイナさんとキッカさんを信じましょう!」

「早く…………娘に会いたい……っ」

「セナをもう一度この腕に抱けるのなら、私はもうそれ以上何も望みません……だから、どうか……女神様のご加護を……」


 どんなにお腹を満たしても、不安が無くならない限り人の心は憔悴し続けてしまう。

 アイナさんとキッカさんは今、魔獣が徘徊する危険な森で、娘さんを助けるために頑張ってくれている。

 だから、ここでは――【歩くトラットリア】の中では、ボクが頑張らなきゃ!


「何か、甘い物でも作りましょうか?」


 このご夫婦の心を癒すのはボクの役目だ。

 美味しい料理で、たったひと時でもいいから、娘さんと離れ離れになってしまった悲しさを紛らわせてあげなければ。


「甘い、もの…………」


 あ、あれ?

 なんか、空気が……


「ねぇ、あなた……あの子……甘いおやつが大好きだったわよね」

「あぁ、そうだな。……セナ…………っ」


 逆効果だった!?

 マズいマズい!

 何か適当なお話をして気を紛らわせなきゃ!


 そうだ!

 アイナさんとキッカさんがいかにすごい人たちなのかということを分かってもらえば、不安もきっと和らぐだろう。

 そのためには、二人の強さを理解してもらおう。

【ハンティングフィールド】で見せてもらった、あの二人の強さを説明すれば……


「あ、あのですね! 娘さんを助けに行ったあの二人は、本当に強いんですよ。なんかもう、剣とかが『ぶわー!』で『びゅーん!』で『しゅぴぴぴぴーん!』なんです!」


 くぅっ!

 ボクの少ないボキャブラリーじゃこの程度が限界か!

 だって、すぐ目の前で見ていても、一体何が起こっているのか分からないのだもの!

 肉眼で見えないとか、ザラなんですもの!


「剣…………」


 ふと、ドイルさんが口元を隠して言葉を漏らす。


「そういえば……白銀の鎧に、赤い髪……鋭い目つき…………剣……」


 それは、まるでアイナさんの特徴を羅列したような言葉の並びで……


「……確か、剣鬼と呼ばれる恐ろしい剣士が、そのような格好をしていたような……」


 ……そして、紛れもなく、それはアイナさんのことだった。



 けれど――『恐ろしい』とは?







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