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変幻自在するわけ -1-

 ミューラさんが店員さんを呼びに行き、程なくして本日の料理が運び込まれてきた。

 大きな魚の岩塩焼きがドドンとテーブル中央に鎮座し、色彩豊かな料理がその周りに花を添えている。


「さぁ、取り分けてあげるから、たくさん食べるのよ」


 うふふと笑い、ミューラさんはてきぱきと料理を小皿に取り分けていく。


「はい、トラキチ君。召し上がれ」

「あ……は、はぁ」


 小皿にお箸を添えて、柔らかい微笑とともに差し出してくれるミューラさん。

 ……あなたは誰ですか?


 差し出された小皿を受け取りながら、思わずミューラさんの顔をガン見してしまった。

 そんな僕の視線に気付き、ミューラさんが笑顔のまま眉根を寄せる。


「こ~ら。お姉さんの顔を凝視してないで、冷めないうちに食べちゃいなさい」


 軽く握った拳を掲げ、可愛らしく叱ってみせるミューラさん。

 ……違う。

 ほんの数分前、テーブルの向こう側で照れて小さくなっていた女性とはまるで別人だ。

 あなたは一体、何者なんですか……


「あ、あの……ミューラさん?」

「なぁに?」


 にこにこにこにこと、こぼれ落ちていくという表現がぴったりとくるように、ずっと笑みを湛えているミューラさん。

 これ以上もないくらいに見守られている。

 メガネの向こうの、観察するような瞳が僕を捉えて放さない。


「ミュ、ミューラさんも召し上がってください」

「いいのよ、私は。先にトラキチ君が食べて」

「は、はぁ……」


 ものすごく食べにくいんですが……!


「では、一緒に……ということで?」

「うふふ。もう、寂しん坊ね、トラキチ君は。一人じゃご飯も食べられないの?」


 くすくすと肩を揺らす姿もどことなく『姉』を彷彿とさせる。

 でもですね、ミューラさん。一人の方がむしろ食べやすいですよ。注目されて食べるのって、本当に食べにくいですから。


「それじゃあ、いただきましょう」

「では……いただきます」

「あ、小骨大丈夫? 取ってあげようか?」

「いえ、大丈夫です……」


 すっごく世話焼きお姉さんのオーラを浴びせかけてくる……

 やや押され気味に、僕も程よく蒸し焼きにされた白身の魚を口へと運ぶ。


「ん!? 美味しい!」


 あまりの美味しさにミューラさんの顔を窺った。同意が欲しくて。

 ミューラさんはお上品に口を動かして、そして香りを堪能するように鼻から息を吐き出した。

 メガネをくいっと持ち上げて、評論家のような面持ちで語り出す。


「いいお味ね。硬過ぎず、柔らか過ぎもせず、甘過ぎず、辛過ぎもしない」


 なんだかすごく無難な感想が飛び出してきた。

 当たり障りがないというか、どんな料理にも当てはまるというか……


「ねぇ、トラキチ君。このお魚の名前、分かる?」

「さぁ……、なんでしょうかね?」

「じゃあ、いっぱい食べて当ててみて」


 そう言って僕の取り皿を強奪するミューラさん。

 たった今空になったばかりの僕の皿に、山のように魚が盛られる。


「食べたって、名前なんか分からないですよ?」

「そんなの分からないじゃない? よく噛んでいるウチに、『ボクの名前は○○だよ~』って、お魚さんが語りかけてくるかも」


 そんな冗談をくすくす笑いながら口にする。

 姉にからかわれている弟、そんな風情だ。


 ……が、何度も言うけど、あなたはそんな人ではなかったですよね!?


「ねぇ、美味しい?」


 渡された取り皿の中の魚を食べる。何口食べても飽きが来ない、本当に美味しい魚料理だ。

 残念ながら、魚の名前は分からないし語りかけてもこないけれど。


「美味しいですね。全然飽きが来ません」

「でしょ~」


 頬杖を突いて、得意げな表情で僕に微笑みかけるミューラさん。

 まるで自分が作ったかのような表情ですが……あなた、取り分けただけですよね?

 メガネのおかげでちょっと知的に見えますけども、結構天然なんじゃないかな、この人?


「でもいいなぁ。君みたいに美味しそうに食べてくれる男の子、割と好きよ」


 ドキッとしそうなことを、ドキッとさせられる表情で言われた。

 高校生の頃の僕だったら、その魅力にくらっときていたかもしれない。

 だが……



 あーなーたーはーだーれーなーんーでーすーかー!?



 違いますよね!?

 さっきまでここにいた照れ屋なミューラさんは、こういうタイプではなかったですよね!?

 あまりに千変万化するミューラさんの表情に、纏う雰囲気に、そして接し方に、僕の頭は混乱している。


 確かに、同一人物であると分かった上でよく観察してみると、顔のつくりは同じだ。

 髪型による雰囲気の変化はあるものの、鼻や口元はそのままなのだ。……目は、印象が異なるけれど。

 でもそれだって、「三姉妹です」と言われれば「ですよね!?」と、信じるどころかそれが当然であるとすら思える。それくらいに性格が違い過ぎる。


 ……情緒が不安定な人、なのだろうか?


「あの、ミューラさん」

「うふふ。なぁ~に、トラキチ君?」


 ……なんだろう、このお姉さんオーラ。

 すべてを包み込んでくれそうな包容力を感じる。……けど、それがちょっと怖い。

 初対面がコレであったならば、純粋に「素敵な女性だなぁ」と思えたんだろうけど……最初はデスメタルだったからなぁ……ついさっきまで忘れそうになっていたけれど。


 そうなんだ。

 さっきまでのミューラさんを見ていると、昨日のアレは何かの間違いだったんじゃないかと思えていたんだ。そして、実際そう信じかけていた。

 けれど、今こうして再び性格ががらりと変わった彼女を目の当たりにすると…………またヤツが飛び出してくるんじゃないかと動悸が……



 とにかく、なぜ彼女の性格が変わってしまったのか、それを確かめなければ。



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