「こ~んちは~!」
「あ、いらっしゃいなの!」
明るい声を出して、ティムさんが来店されました。
わたしを見つけて手を振ってくださいます。
そして、きょろきょろと辺りを見渡しています。
……うふふ。アサギさんを探しているんですね。
本当に、ティムさんはアサギさんが大好きなんですね。
「ごめんなの。今休憩してて……すぐに注文聞くなの」
「あぁ、いいっていいって。頑張り屋のカナちゃんが休んでるなんて、結構無理してるってことっしょ? 休んでなよ。俺の注文はあとでいいから」
「でも……」
「そんかわり、俺も女子トークに交ぜて」
「えぇ~……」
「え、なんでそんな嫌そうなん? ちょっと傷付く……」
カナさんとティムさんのやり取りが可笑しくて、ついつい笑ってしまいました。
「いいじゃないですか。ティムさんもご一緒しましょう」
「さ~っすが、ツヅリさん! 優し~い~なぁ~。……見習えば?」
「むかっ! カナは、相手を選んで優しくするなの!」
言い争う姿を見ていると、なんだかとても仲がよさそうに見えます。
「ティムさんはよく来られるんですか?」
「うんうん、そーなんよ。ここのベーグル、めっちゃ美味いからさぁ。ハマっちゃって」
「えへへ~、もっと褒めてなの」
「ベーグルは美味いわ、店は綺麗だわ、居心地はいいわ、店長はちんちくりんだわ」
「むぅー! 出禁にされたいのカナ!?」
わははと笑うティムさん。
でも、少しだけお顔がやつれているような……
「ティムさん、お疲れですか?」
「へ?」
「いえ、お顔が……」
そう言うと、ティムさんは気まずそうに視線を逸らしました。
「まぁ、いろいろあっからさ」
戯けたような口調で言って、重いため息を一つ。
「……いろいろ、ニュースになっちまったからさ、雇ってくれるところ、なかなかなくてさ」
ティムさんは見出しを飾るくらいの大きなニュースに取り上げられたことがあります。
けれど、それは勘違いであったと新聞でも語られていたはずです。
ティムさんが忌避される理由はどこにもないと思うのですが?
「心証がなぁ、やっぱよくないんだろうなぁ。ほら、ナンパばっかやってたロクデナシだからさ、俺。真面目に働くって思ってもらえないんだよなぁ、いや~、まいったまいった」
明るく笑ってみせるティムさんの瞳は、どこか寂しそうでした。
分かってもらえない寂しさや悔しさが、複雑な色合いで混ざり合っているように見えました。
「いや~まいったぜ~。折角真面目に働いて結婚相手を探そうって思ってんのにさぁ、無職じゃカッコつかないよなぁ」
悲しいから、笑うしかない。
そんな感じがして、胸が詰まりました。
「ウチでよければ」と、そんな言葉が喉から出かかった時――
「おい、カナ」
アサギさんが厨房から顔を出しました。
「湯が沸いたみたいだぞ。俺が入れてやろうか、カフェオレ」
「あ~、ダメなの~! カフェオレはカナじゃなきゃ美味しく入れられないなの!」
「んなことねぇだろ」
「トカゲのしっぽ亭特製ブレンドカフェオレなの! 素人さんには真似できない味なの!」
言いながら立ち上がったカナさんが、サッと目尻を拭いました。
カナさんも、ティムさんのことで心を痛めていたのでしょうか。
「オオカミさん、可哀想だからカナがカフェオレご馳走してあげるなの」
「え、マジで、いいの? やったぁ!」
「ホントは……」
「ん?」
「……ううん。楽しみに待っててなの」
無理に笑顔を作ってカナさんが厨房へ入っていきました。
「ホントは……」の続きは、なんだったのでしょうか。
もしかしたら、「雇ってあげたいけれど」かもしれません。
ですが、客商売、特に接客業というのは印象やイメージというものに大きく左右されます。
ティムさんが悪いわけではなくとも、拒絶されてしまっているとすれば、受け入れることは出来ないのでしょう。
ようやくお客さんが増えてきて、ここからという時に、新聞で騒がれた人物を雇い入れるのは……怖い、ですよね。
「ツ~ヅリさん」
「え、あ、はい?」
名を呼ばれて、ハッと顔を上げました。
そしたら、おデコをぺしっと指で弾かれました。
……痛い、です。
「そんな顔しないでよ。まぁ、大変だけど、俺、ガンバっからさ」
「……ティムさん」
「それに、ツヅリさんは笑ってる方が断然可愛いし。可愛い笑顔を見せてくれた方が、俺元気出て頑張れる気がすんだ!」
むんっと、力こぶを作ってみせるティムさん。
……わたしが、元気付けられてしまいました。あべこべです。
「だからさ、笑ってて。そういうのを求めてここに来てるって部分も大きいし、俺」
「はい。カナさんの笑顔、元気出ますからね」
「うんうん。バカっぽいからね」
「酷いですよ、ティムさん」
「でも、ツヅリさんの笑顔は、可愛いから元気出る」
「ふふ、ありがとうございます」
まだ少し、心にもやもやしたものが残りますが、わたしは自然に笑えていたと思います。
こんなちょっとしたことでも、ティムさんが元気になるのでしたら、わたしは笑います。いつだって。
「あぁ、ちょうどいいや。なぁ、ティム」
ティムさんの後ろにアサギさんが立ち、ティムさんに呼びかけます。
ティムさんが嬉しそうな顔で振り返ると、目の前に鋭いナイフが突きつけられていました。
「俺、今刃物持ってんだよな」
「何がちょうどいいの、アサギさん!?」
「お前ってさ、刺されると痛い?」
「痛いに決まってんじゃん!? 泣いちゃうっつーの!」
「そっか……残念だなぁ」
「全然残念じゃないし! むしろ妥当だし!」
……ふふ。
ダメですね、笑っては。
でも……
「さすがですね、アサギさん。ティムさんのお顔から不安が消えました」
「いやいやいや! 今は命の危機だったからだよ!? 『不安~』とかそーゆー次元飛び越えちゃってただけだから! ツヅリさん、若干ね、アサギさん贔屓が過ぎる時あるから自覚してね!」
そうでしょうか?
アサギさんはわざとそうなるように行動されたのだと思いますけれど。