「わたしは、之人神です」
ついに、秘密を打ち明けてしまいました。
けれど、これでよかったのだと思います。
もしこれで、アサギさんに忌避されたとしても、わたしは後悔しないでしょう。
アサギさんが決して他人に踏み込ませまいとしていた過去を聞かせてくださったのですから。
わたしだって……
「之人神……って」
「はい」
「元神様なのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「違うのかよ!?」
すごく決心して話したのに、なんだか会話の流れがいつも通りで、思わず笑ってしまいました。
だって、アサギさん……その言い方、エスカラーチェさんとふざけている時の口調と同じですよ。
「くすくす……すみません。えっと、紛らわしいんですけれど、説明を聞いていただければ納得してもらえると思います」
この『世界』へ統合された元神様たちは、之人神と呼ばれ人間として生きていくことになります。
現状、『之人神』と言えば、そういった人々のことを指し、それ以外の『之人神』は存在しないのです。たった一人の例外を除いて。
「アサギさん。犬と犬の間に生まれた子供は、何になると思いますか?」
「ん?」
アサギさんが眉間に深いシワを刻み込みました。
……ちょっと難し過ぎたでしょうか。
「あの、猫と猫でもいいのですが……」
「いや、そこは分かるんだ。大丈夫だ。犬と犬の間からいきなりカエルが生まれてくるとは思っていないから」
よかったです。
いえ、一度も確認したことがありませんでしたからちょっと不安になってしまったんです。
万が一、アサギさんのいた世界では犬と犬の間に別の種族が生まれる可能性があったら……と。
そんなことはないようで安心しました。
「犬と犬の間からは犬が生まれます。猫と猫の間からは猫が生まれます」
それは当然のことです。
ですので、その当然のこととして――
「之人神と之人神の間からは、之人神が生まれるんです」
この『世界』で唯一報告されている例外の『之人神』――それが、わたしです。
「つまり、ツヅリの両親が、之人神なのか?」
「はい」
両親が共に之人神ですので、その二人から生まれたわたしもまた之人神なのです。
「之人神同士の結婚って、結構あるものなのか?」
「今のところ一例だけだと聞いています」
「つまり、元神じゃない之人神は、ツヅリが唯一ってことか」
「記録上では、そうなっています」
もしかしたら、どこかでこっそり誕生しているかもしれませんが。
「ちなみに、ツヅリは何か神の力的なものは使えるのか?」
「そうですね……わたしは特に何も……」
と、ほっぺをぷにぷに考えていると、アサギさんがわたしの頭を見つめながら首を上下に動かし「なるほど……それは神の力だったのか」と呟きました。
ヘアテールのことでしょうか?
……そうなのでしょうか?
「じゃあ、もしかして、これまで寒さをあまり感じなかったのも神様の力なのかもしれませんね」
「平和だな、お前の能力は」
「いいことだな、うん」と、アサギさんが言ってくださり、ちょっと嬉しかったです。
お父様のような危険な力は、あまり欲しくはありませんからね。
「ツヅリ」
「はい」
アサギさんの声が変わりました。
自然と背筋が伸びます。
「もう少し踏み込んでいいか?」
こちらを見る瞳は真剣そのもので、……わたしのことを真剣に考えてくださっていることが分かりました。
「はい。なんでも聞いてください」
わたしも、覚悟を決めました。
たとえどんな結果になろうと、もう、これ以上アサギさんに隠し事はしたくありません。
偽った自分ではなく……
そう。カッコつけたわたしではなくて、情けないわたしを見せて、それで嫌われるならそれを受け止めるべきだと、そう思います。
……もっとも、最初の告白の後、アサギさんがいつものアサギさんだったことでちょっと勇気をもらったんですけれど。
ふふ、ズルいですね、わたし。
「お前の両親は、今何をしているんだ?」
「二人とも、
「政治家!?」
「はい。お父様は宰相として、龍族の王に仕えております」
「国のナンバー2!?」
それは、あくまでお城の中でのお話で、実際は数多いる龍族の下の下の下くらいの地位です。たいしたことはありません。
「で、母親は?」
「お母様は外務大臣として他国との貿易を一手に取り仕切っております」
「……もしかして、この事務所の前を毎日往来している船の数々って」
「ほとんど、母の管轄下ですね」
「流通の要!?」
お母様は、異国の文化が殊の外お好きで、外交というよりも異国旅行のついでに異国の文化を輸入しているだけなのです。
ショッピングの延長だと思っているかもしれません。
「二人とも、然したる権限もないんですよ?」
「そんなわけないだろう」
まぁ、両親はどちらも仕事の話をあまりしてくださいませんでしたし、詳しくは知らないのですが……わたしと出かけた時の両親の様子を見る限り、それほどすごい人物ではないと思うのです。
いつもにこにこしていて、子供に甘く、遊園地ではわたしよりも大はしゃぎをするような両親ですから。
「お父様と海に行ったことがあるんですが、右下斜め六十七度から見たわたしの顔がとても可愛いと言って、砂浜に穴を掘ってそこに埋まるようなお茶目な人なんです」
「はしゃぎ過ぎだな!?」
まったく、お恥ずかしい限りです。
「……その『お父様』が、父親であっても男性とディナーを食べる時は正装するようにと、厳格に育ててたんだよな?」
「はい。お父様曰く、『ちゅ~たんのドレス姿めっちゃ萌え! ご飯が四倍美味くなる』だそうで」
「『ちゅ~たん』!?」
「恥ずかしながら、両親はわたしのことを『ちゅぢゅりたん』と呼んでいまして、それを略して『ちゅ~たん』と」
「母親も!?」
とにかく、わたしを溺愛している両親でした。
「あと、お父様以外の男性とディナーする際は、必ず新しいドレスで挑むようにと。あと、帰宅時間にも厳格な決まりが」
「……それ、単純によその男とディナーさせないためだな」
そうだったのでしょうか?
確かに、毎度ドレスを新調するとなると時間もお金もかかりますから、おのずと回数は制限されるかもしれませんね。
「これまで、わたしをディナーに誘うような男性はいませんでしたので、気が付きませんでした」
「言い寄られたこととかはないのか?」
「そうですね……七歳の頃、『ウチの息子の嫁にどうだ』とお話を持ちかけてこられた方がいましたね」
「……何者だ、そいつは?」
「この街の北部に位置する広大な領土を治める貴族の方だったのですが……そういえば、あの社交界の翌日にご当主が失踪されて、領土は分割して他の貴族の方に引き継がれたと聞きました」
「ちょっと待ってくれ。……それは、宰相の圧力が働いた結果か?」
「それはないと思いますよ」
お父様のような地位の低い人が何を言ったところで、あれだけの数の貴族を動かすなんて不可能ですよ。
「あの社交界以降は、ぱたりとそのようなお話はいただいていませんね」
「……どう考えても圧力だな……」
こめかみを押さえ、アサギさんがため息を漏らしました。
「……母親は、そんなとんでもないエピソードはないよな?」
「お母様は、割と普通だと思います。あ、一つ不思議だったのが、わたしが着た服は、なぜか一日お母様の部屋に保管されてから洗濯に出されていたようなんです」
「母親も、相当に危険な人物のようだな……」
アサギさんが眉間を押さえて深いため息を吐きました。
やはり、少し世間とはズレているのでしょうか、わたしの両親は?
「それで……両親の干渉が苦痛になって一人暮らしを始めたのか?」
「干渉が……というわけでは、あるような、ないような……」
確かに干渉はすごかったんです。
共にいる時間のすべてをわたしのために使っているのではないかと思えるほどに、両親はわたしに構いました。
わたしのすべてを把握しようと情報をかき集めていました。
でも、それを煩わしいと感じたことはありませんでした。
ちょっと、親バカ過ぎて恥ずかしいなと思うことは、多少ありましたけれど。
わたしが逃げ出したのは……
わたしが、あの家を飛び出した理由は……