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第2話 影踏み

 俺は急いで自宅に戻り、物置にあった装備を身につけた。全身を漆黒の鎧に包み、片手には盾。腰には剣を差す。いざという時のために、とってあった装備だけど、まさかこういう形で使うようになるとはな。とりあえず、装備する分には問題が無さそうで良かった。あと、ギルドカードも忘れずに。まだ使えるかな? ちょっと不安だ。


 久しぶりに身につけた武具は、なんというか心地が良い。しっくり来るというか悪い感じはしない。もしかすると、変な匂いがするかもしれないなんて危惧していたが、その心配は要らなかったようだ。


 自宅から出る前にスマートホンで、サナの様子をチェック。これでも結構……いや、かなり叔父さんは心配しているのだ。画面には三人の美少女が映っている。


「昼休憩終わりました! サナちゃんだよー」

「ハルカちゃんも居るぜー」

「ウイカゼ準備できていますわ」


※昼雑談楽しかったっす

※午後もがんば!

※こんちは

※がんばえ~

※ひゃっはー! スライム狩りだー!


 サナたちの配信、コメントの雰囲気は平和だし、お友達の女の子たちも感じが良さそうだ。冒険者って血気盛んなやつも多いからな。そこは不安だったんだよね。


 サナたちは、昼の小休憩を挟んで、これから再び武蔵野ダンジョンでスライム狩りをおこなうようだ。武蔵野ダンジョンなら、ここから俺の足で行けば五分かからない。よし、全力ダッシュ!


「サァナァ~! 今いくぞお~!」


 俺は家から出て、歩道と車道の間にある冒険者用道路を使う。一秒で加速して、勢いよく走り出す。法定速度の四十キロがもどかしく思えた。


 数分して、俺は武蔵野ダンジョン監視センターに到着する。交番みたいな建物は十六年前と作りは変わってないな。受付嬢さんの前に立つと彼女は俺を見上げながら目を丸くしていた。


 受付嬢さん、ひょっとして俺の装備に驚いてる? 俺はできればサナには顔を隠していたいのだ。最近無職になったばかりの叔父さんだもの。顔を見せるのは恥ずかしい。


「え、えっと、本日はどのような御用でしょうか?」

「武蔵野ダンジョンに入りたいんだ。手続きをお願いできますか?」

「分かりました。ギルドカードの提示と、サインの記入をお願いします」

「了解した」


 手早くギルドカードを見せ必要な用紙にサインを記入した。受付嬢さんは俺のカードを見て、また目を丸くしていた。まあ、S級冒険者が来るようなダンジョンじゃないからね。フリーズしている彼女に声をかける。悪いけど、こっちは急いでいるからな。


「手続きを進めて欲しいのですが」

「は、はいぃ! 今すぐに進めます! S級様!」


 許可証代わりのバングルを受けとる。この辺も、昔と変わらないな。ガチガチに固まっている受付嬢さんに軽くお礼を言ってから移動した。監視センターのすぐ近くにダンジョンの入り口はある。入り口から少し離れたところでは軽装備の警備員さんが、パイプ椅子に座って、のんびりしていた。彼にバングルを見せてダンジョンに入る許可を貰う。警備員さん、ちょっとのんびりしすぎじゃない?


 ダンジョンの入り口は空間の歪みになっている。この歪みに触れれば、ダンジョンに入ることができるのだ。歪みに触れて数秒後、俺の視界が揺れ始めた。視界の揺れはまた数秒でなくなる。俺の前には、どこまでも続いていそうな、大草原が広がっている。


 振り返ると、空間の歪みがある。帰りはこれに触れれば、武蔵野の町に戻ることができる。再び前を向き、目を凝らす。遠くに何組もの冒険者たちの姿を確認できた。サナたち三人娘も確認できて、ホッとする。スライムと戦っているようだ。相手は最弱の魔物だな。今のところは大丈夫だとは思うけど、ダンジョンの薬草でも摘みながら、彼女たちの様子を見守るとしよう。


 薬草の採取作業をしながら、スマホでサナたちの配信をチェックする。これは彼女たちを見守るための行動だし、姉から頼まれたことだ。そう思いつつも、ストーキングしてるみたいでちょっと悪い気がする。とはいえ、近くに行って声をかけるのもな……恥ずかしいんだわ。


「見て! 新しいスライムだよ。可愛いね」

「おっし! 今度はハルカちゃんがやるぜ!」

「よろしくお願いしますわ。ウイカゼはいざという時に備えています。回復は任せてください」


※やったれ!

※ウィーピピピー

※狙い打つぜ

※スナイパーハルカ

※あたれー


 ハルカという少女が小ぶりの弓を構える。元気な感じの子だ。彼女のジョブは弓使いなんだな。腕前はどんなものか。お手並み拝見といこうか。


「……狙い打つぜ!」


 少女の弓から放たれた矢はスライムの核を的確にとらえる。ほぉ、あの子。筋が良いな。俺は弓使いではないが、それでも彼女の射撃センスが高いことは分かる。


「やりい! やっぱハルカちゃんが最強か~?」

「我々はまだ新米冒険者なのですから、慢心はよくないですよ」

「まあまあ、ウイカゼちゃん。いざという時は私が二人を守るから」

「おう! 頼りにしてるぜ。サナサナ!」


※お、スライム溶けてるよー

※スライム狩りは順調だね!

※ナイスショット

※こんサナー

※ハルカちゃん鬼つええ! 魔物全部ぶっ倒そうぜ


 核を破壊されたスライムは丸い体を維持できなくなり、煙を吹きながら溶けていく。その様子に配信を見ている人たちは盛り上がっているみたいだな。楽しそうで、ほっこりする。


 三人の装備やこれまでの言動から察するにサナは騎士。ハルカという子は弓使い。ウイカゼという子は僧侶だろう。前衛のタンク、後衛のアタッカー、そしてヒーラーとバランスの良いパーティだ。ただ気になるのは、サナが前衛のタンク職ということだ。なんで、よりによって俺の姪っ子が一番危険なタンク職なんだ?


 そんなことを考えていた時、突然辺りの空気が震え、草原の空に亀裂が走るのが見えた。サナたちの近くだ! 彼女たちはこの状況に戸惑っている!


「な、なにぃ!?」

「お、おおお、おちつきなさいハルカ。こういう時は人という字を書いて飲むのですわ!」

「そんなものを飲んでる場合じゃないよ!?」


※画面揺れてる!?

※なんだこれ

※え?

※これやばいんじゃない!?

※何が起きてんだよ三人は大丈夫なのか?


 この状況はEOE(緊急的に頭上から出現する強敵)が現れる前兆だろうが! 何で誰も知らないんだ? たまにとはいえ、起きる現象だろうが! そう考えながら、俺は走り出していた。直感で分かる。このままにしておくと、サナたちがやられる! そんなことさせるかよ!


 というか、こういう時のために冒険者に登録する時はEOEに対する対応訓練がされているはずだぞ。サナがそういう訓練に対して不真面目だったとは思いにくいが――とにかく、今は急がなければ!


 草原の空が割れて、一体の魔物が勢いよく落ちてきた。そいつは辺りに舞う土煙を拳の一振で払う。シカの頭を持ち、二メートルを超える毛むくじゃらの巨人。ウェンディゴ……B級上位に判定される魔物だ。その戦闘能力は、F級のスライムなんかとは比べ物にならない。やつは特殊な能力こそ持たないが、単純な身体能力が、かなり高い!


「な、なにあれ!?」

「し、知ってます。ウェンディゴです! 絶滅したはずの魔物ですよ!?」

「ハルカちゃんも知ってるぞ! 確か伝説級の魔物だぜ!?」


 伝説級、というのは言いすぎだが。新米の冒険者たちが相手をして良い敵ではない。というか、彼女たちは戦闘することも、逃げることも、まだ判断ができていない! どう動くべきかを分かっていないのだ。そんな絶好の獲物をEOEは見逃さない。やつは、脚に力を込め、走り出そうとしている。だが、俺が行かせない!


「影踏み!」


 俺はスキルを発動した。足でウェンディゴの影を踏み、やつが先へ進むのを阻む。ウェンディゴは、その場から前に進めず、手で宙をもがく。そして、先へ進めないことを理解したウェンディゴは俺へと振り向いた。ひとまず、やつがサナたちの元へ行くことは妨害できた。その点は安心だ。あとは俺が、こいつを倒せば良い。


「何が起きてるの!?」

「あ、あの方がウェンディゴを妨害してるようですが……」

「状況は分かんねえけど。や、やってやるぜ!」


 ハルカという子が素早く弓を構え、矢を放った。彼女の矢はウェンディゴの後頭部に直撃するが、弾かれる。単純に火力が足りていない。


 ウェンディゴは高い身体能力を持つ魔物だ。特殊な能力こそ持たないが、身体能力だけならA級下位の魔物に匹敵する。とはいえ、所詮総合評価はB級の魔物。やつは俺がやる! ここは任せろ!


「……俺はさびついた冒険者だが、それでもな。お前ごときに負けるほど衰えちゃいないぞ」

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