俺はいくつかの特殊なスキルを持ってはいるが、そのほとんどは自らの耐久力を高めることと、相手の行動を制限することに特化している。俺だって、できれば直接的な攻撃のスキルが欲しかった。
とはいえ、無い物ねだりをしても仕方がない。今はこの草原の驚異であるシカ頭の巨人を倒すことに集中しよう。やつ、ウェンディゴは俺に体を向けている。良いぞ。そのままの状態が良い。少しの間、止まってもらおう。
「影縛り!」
俺がスキルを発動すると、ウェンディゴは完全に動きを停止した。影踏みを発動している、ほんの少しの間、相手を完全に拘束するスキル。それが影縛り。発動条件付きな上に、相手を拘束できるのも、ほんの数秒。とはいえ、これは俺の切り札に繋げるための技。さあ、見せてやる。切り札を! この技には俺も自信を持っている!
「黒眼!」
相手に数秒間の精神判定をおこない、判定に成功すれば気絶させる。それが黒眼だ!
影踏みと影縛りで動きを拘束し、黒眼で気絶させる。上位の魔物であるほどこの戦法は通用しにくくなるが、こいつにはこれで充分! さあ、ウェンディゴ! 俺の眼を見ろ!
ウェンディゴの瞳に、俺の姿が映る。その瞳に恐れの感情が見える。魔物相手でも、悪いことをしているような気がするのは、少し戦闘への気持ちが鈍っているか。まあ、それだけダンジョンという環境から離れていたということだな。戦闘に支障が出るほどの、ものでもない。
影縛りの効果が消え、代わりに黒眼の効果が現れる。ウェンディゴは泡を吹き、その場に崩れ落ちた。久しぶりの戦闘に結構緊張はしたが、昔のように戦えてるな。そのことに安堵する。もしかしたら俺は何年も平和な生活をしているうちに、戦えなくなっていないか。と、不安だったからな。
俺は腰に差していた剣。ツラヌキを手にし、歩いてウェンディゴに近づく。そして、ウェンディゴの目に剣を突き刺した。このくらいの強さの魔物までなら動きを止めて急所を突けば死ぬ。目玉から脳を貫かれてウェンディゴは絶命。その巨体は塵のようになって消えていく。これでひとまずは安心だ。
「君たち、怪我はしてない……ですよね?」
サナたち三人娘に声をかける。彼女たちはビクリと体を震わせた。さっきとは別の意味で悪いことをしているように思えてしまう。とはいえ何も言わずにここを離れるのは、なんか違う気がする。
「大丈夫っす! というか、助かったぜ。鎧の人」
「ええ、私たちはあの魔物と戦闘せずに済んだので、それにしても、かなりの実力者とお見受けしましたわ」
二人の少女に続き、サナも口を開く。こっちとしては三人が無事でホッとしている。
「はい、私たちは……大丈夫です。ありがとうございます。えっと、お名前を訪ねても良いですか?」
サナたちは俺の正体には気づいていないな。俺が身につけている鎧による効果だ。こいつは、俺から情報を開示しない限り、俺の情報を隠匿してくれる。なんだかんだ助かるんだよこれ。特に今はサナに素性を隠しておきたいからな。彼女に、俺の素顔をさらしても恥ずかしくないと思えるまでは、ね。
「……俺は……通りすがりの黒騎士です」
く、苦しいか? いや、しかし俺は通りすがりの黒騎士ということでごり押しする。装備の情報隠匿効果も働いてるし大丈夫だ。大丈夫であってくれ!
「な、なるほど。通りすがりの黒騎士ですか」
「つーことは……ここまでサナサナを追ってきたガチ恋勢か?」
「ハルカちゃん何言ってるの!?」
「あいや、違うか?」
サナと、ハルカと言う子が話し合っているところにウイカゼと言う子が「いやいや」と入っていく。これは、俺の正体がばれているのか? それとも、不審者だと思われているのか? どちらでもあってほしくはないな。できれば第三の答えを期待したいところだが。
「良いですか、ハルカさん、サナさん。この方は通りすがりの黒騎士と名乗ったのですよ」
「「あ、はい」」
「ということは、彼はサナさん配信のリスナーですわ。つまり、サナさんの黒騎士です。この配信を見ている方々は、実際に冒険者をしている割合も高いのですし、偶然、同じダンジョンに来ていたということもありえるでしょう」
「「そうなるよね?」」
いや、そうは……なるのか? ちょっと俺には状況がよく見えない。だけど、ここは彼女たちに話を合わせておくべきだろう。それが良いと、俺の直感が言っている。こういう時は無難に話を合わせていた方が、安心なんだ。とりあえず俺が彼女たちの配信のファンだと思われていることだけは、分かるからな。
「はい、俺はサナさんの配信のリスナーです」
「やっぱり、そうでしたのね」
納得した様子のウイカゼさんの後ろに、撮影機の画面が見えた。確か、魔導ドローンとか言ったか。世の中はどんどん便利になっていくな。感心する。
※実際に姫を守る黒騎士の鏡
※俺もその場にいればなー
※†黒騎士†
※ダガーやめろしw
※なにはともあれだ
「黒騎士の皆いつもありがとー。でも、まさか通りすがりの黒騎士さんに救われちゃうなんて。驚いたけど嬉しかったよー」
「うんうん、持つべきものはリスナーさんだぜ」
えっと、おそらくだが状況が分かった。つまり、サナの配信を見ているリスナーたちは黒騎士と呼ばれている。
実際に、全員が冒険者として、黒騎士のジョブを持っている訳じゃないだろう。サナの配信を見る人たちの愛称なんだと思う。しかしなぜ黒騎士? 話が都合よく進んでくれるのは助かるが、妙な偶然もあったものだ……偶然だよな?
「と、とにかく。皆さんが無事で良かった」
「はい。黒騎士のおじさん。本当に助かりました」
おじさん、という単語に一瞬どきりとした。単に大人の男性って意味だよな? なんて思っていると、サナが一瞬痛みに耐えるような顔をした。ど、どこか怪我をしてたのか!?
「だ、大丈夫? 今一瞬いたそうな顔をしてましたけど!?」
「あ、えと……ばれちゃいました? ごめんね。皆を心配させたくなくて」
「どこかを打ったんですか? さっきまで草原で摘んでいた薬草ならありますよ!」
サナの怪我がひどかったら大変だ! こんなことなら、家に置いてあるエリクサーを持ってくるべきだったかもしれない!
「あ、大丈夫。大丈夫です。ちょっと足を捻っちゃっていたみたいで、それだけですから」
大丈夫じゃないだろ! 足を捻ってるじゃないか! 骨折とかよりは軽いけども、叔父さんは心配ですよ! と、ここでウイカゼさんがサナに近寄る。
「ここは私にお任せなさい。こういう時のための、治癒魔法ですわ。さ、足を見せて。どっちの足ですの?」
「うん、ありがとう。ウイカゼちゃん」
サナは痛そうな顔をしながら右足を前に出した。足首はレギンスに隠されているが、その痛みを思うと胸が痛む。俺に、他人の痛みを肩代わりするようなスキルでもあれば、と考えてしまう。
「治癒の息吹」
ウイカゼさんが手をかざし呪文を唱える。ふわりとサナの足元の草がゆれ、ほのかな光がサナの足を包んだ。数秒後、光が消え、サナは足で地面をトントン叩く。
「うん、もう平気。ありがとう!」
※よかったー
※ウイカゼ先生流石です
※流石のお嬢様
※ウイカゼお嬢様先生!
※よかった
お嬢様なのか先生なのか。どっちなのか。配信のコメントを観ていると、どうもサナの配信……というか彼女たちのリスナーの間には、お決まりの反応のようなものがありそうだ。あまり、ボロを出さないように気を付けなければ。今の俺はサナの配信を観ているファンということになっているからな。
それはさておき。俺の様子をじっと観察している君。ハルカさん? 俺に何か言いたいことが、あるみたいだね? ちょっとだけ緊張する。サナの捻挫が治ったのなら、落ち着いて話を聞ける。
「えっと、何でしょうか?」
「ああ、黒騎士のおじさん。あの魔物を倒してくれたのは助かったけどよ。とりあえず、この場は離れた方が良いんじゃないか? またいつ、あのシカ頭の魔物が出てくるかもしれねえじゃん?」
ん……何か妙だぞ。ひょっとして……いや、それは無いだろ。不安を感じながら、俺はそのことについて聞かずにはいられなかった。
「えっと、皆さんEOEというものはご存知ですよね?」
サナたちは顔を見合わせ、戸惑っている。えぇ……まじかよ。
「「「EOE……?」」」
※?
※EOE?
※いーおーいー?
※?
※なにそれ?
サナたちだけじゃない。配信のコメントを観ていても「なにそれ?」みたいな反応が帰ってくる。俺は思わず、めまいを覚えた。そんな、冒険者の初歩みたいな知識が皆から抜け落ちてるなんてことが、ありえるのか? 俺は気づかぬうちに、EOEが存在しない別の世界にでも来ちまったってのか。いや、それはありえんか。
だとしたら、これは現実……つまり。
今の冒険者さん、レベルが低すぎる。