「目に、ゴミが入ってしまったんですか?」
俺は松田課長が涙を流していた本当の理由を知っていながら、わざと知らないフリをした。
そして何食わぬ顔で、松田課長の隣でガードレールへと寄りかかるように腰掛けた。
「あっ、ああ。そうなんだ。なかなか取れなくて、目を瞑っていたんだ……」
「えっ? もう大丈夫なんですか? 俺が見てみましょうか?」
松田課長の目にゴミなんてないことを分かっていながら、俺は少し強引だけど親切心に溢れる人物を演じることにした。
それが、松田課長の好みだと知っているから。
「えっ、あ、えっ!」
メガネ越しの目を覗きこむようにして顔を近づけた俺に、松田課長は動揺が隠せず、口元を魚のようにパクパクさせていた。
「こんなに目を赤くさせて……本当はお辛かったですよね?」
(さて……。このセリフ、松田課長にはどちらに聞こえるか……。ゴミが目に入ってお辛かったですね……か、それとも……)
「……!」
すると、本当の理由を話すはずもない松田課長が、俺から視線を逸らすと、両手で握りしめる花嫁のブーケに力を込めたのを感じた。
(よし……)
下ごしらえはこれぐらいにしようと、俺は松田課長から顔を離れさせて、元の距離感に戻した。
「高木課長とは、学生時代からご一緒だったと噂で聞いたことがあったんですが、本当なんですか?」
「えっ、あっ……」
そのまま少し考えるように口元を一文字に結んでしまった松田課長は、数秒後、何かを決意したように少しだけ口元を緩めた。
「高校一年で出会って、大学も就職先も一緒で……もう……二十五年ってところかな」
話しているうちに昔を思い出したのか、元々優しい印象を与える松田課長の目元が、さらに和らいだように俺には見えた。
(こんな表情をさせるなんて……)
俺にはまだ、させることのできない表情。
こんな表情をさせられるのかと、心に浮かんでくるのは羨ましいという気持ちと、醜い嫉妬心。
そんな嫉妬心で思考が乱れたのか、俺は咄嗟に少し棘のある言い方をしてしまう。
「それだけ長くご一緒されていれば、きっと色々とありましたよね」
「えっ……?」
俺の言い回しが気になったのか、松田課長の表情に陰りが見えた。