(おっと、いけない)
こんなチャンスを棒に振るわけにはいかないと、俺は満面の笑みを浮かべ直した。
「二次会に参加できないほど、本当は感極まってしまわれたんでしょ? 俺は尊敬する上司として。松田課長は古くからの友人として。俺たち、一緒ですね」
本当は一緒であるはずもないのだが、俺は松田課長の緊張と警戒心を解くために、仲間であると見せかけて笑いかけた。
すると、松田課長は一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、すぐ嬉しそうに笑みを浮かべた。
「高木は幸せだな。あんなに綺麗な奥さんと、優秀な部下に囲まれてさ」
(俺からしたら、どうして高木課長はあなたを選ばないのか理解に苦しみますけどね。まぁ、おかげで……)
「優秀な部下なんて、そんな! 高木課長の手腕と人望あってこそですよ」
俺が高木課長を褒めると、松田課長は目を細めて本当に嬉しそうに笑った。
まるで自分が、いや、自分が褒められたとき以上に松田課長は嬉しそうだった。
「アイツはすごいんだよ、本当に。昔も……」
高木課長の話をしたがっているのを松田課長から感じ取って、俺はその場で立ち上がった。
「場所を変えませんか? きっと、気分転換にもなりますよ」
「あ、ああ……」
松田課長は少し迷いを見せたものの、頷いて立ち上がった。
俺は松田課長の気が変わらないうちにと腕を高く上げて、目の前を通りかかった空車のサインを出すタクシーを止めた。