「映画館……?」
「あれ? 映画お嫌いでしたか?」
「いや、どちらかといえば好きな方だが……」
タクシーに乗車して十分ほどで到着したのは、ラグジュアリーを売りとする商業施設ビルに併設された映画館への入口だった。
中に入ると黒を基調とした内装で落ち着いた雰囲気の映画館は、場所柄か、今日は休日にも関わらず静かで、年齢層も高めだった。
「俺と映画……ダメでしたか?」
少し首を傾げながら松田課長に聞くと、松田課長は慌てて首を横に何度も振った。
「ダメじゃない。ただ、私はてっきり……バーか君の家かと……」
(えっ……)
松田課長が無意識に言っていると分かっていながらも、俺はお持ち帰りの期待をされていたのかもしれないと思えてしまい、心臓が激しく脈打ってしまう。
(待て、待て、待て。相手は無意識の無自覚だ。いつも相手にしているワンナイトの相手とは、訳が違う)
俺だって、その考え、そして経験もなかったわけじゃない。
むしろ、面倒で特定の相手を作らない俺が週末によく使う手法だ。
バーで酔わせて、そのままお持ち帰り。
そして俺の家で飲み直しながら、いつのまにか甘く蕩けさせる。
たった一晩だけを過ごすだけの関係であるなら、そのほうが楽で後腐れもないことはわかっている。
だが、俺は松田課長とそんな関係で終わらせたくなかった。
(松田課長は、高木課長のことを話したいはず。けど、今の俺じゃあ仲の良かったエピソードを話されて終わりだ。俺が話して欲しいのは……)
「エスカレーターに乗って、上でチェックイン済ませましょうか」
俺と松田課長は、並んで映画館のロビーに向かうための長いエスカレーターに乗った。
「俺、悩んだ時に一人で映画観に来たりするんですよ。ぼーっと観て、考え事するんです。で、エンドロールが流れたと同時に、それ以上悩むのを止めるんです」
「君が、悩むことなんてあるのか?」
本当に信じられないといった顔で驚いた顔を松田課長がするため、俺は苦笑いをする。
「松田課長。俺のこと、脳筋だと思っています?」
「のうきん……?」
「脳みそまで筋肉ってことですよ。考えるより、先に身体が動くタイプってことです。まあ、たしかに体育会系上がりで、その傾向はありますけど……」
「私はそう言った意味で言ったわけじゃ……! すまない。君が優秀なのを知っているからっ!」
咄嗟に言った言葉が失言だったと慌てる松田課長に、俺は思わず笑みが零れた。
年上でないという固定の趣味は持ち合わせていないが、いつもは落ち着いた印象の松田課長が慌てふためく姿は、やはり可愛いと思ってしまう。
「高木課長みたいに、俺は何でもできる男じゃないですよ。あ、ほら。足元、気を付けてください」
俺はさりげなく、松田課長の腰に手を添えて、エスカレーターを一緒に下りた。
「そういうところが……」
「……?」
「いや、なんでもない」
松田課長は自分に何かを言い聞かせるように、首をまた横に振った。