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第2話 100万人にひとりの(2)

『     合格

 防衛芸術高校ノースキル科

 ―――――――――――

 折田信長 様

 あなたの今回の結果に心よ

 り、お祝い申し上げます。

 入学をご希望される場合は

 下記QRコードを読み取り

 手続きに進んでください。

 桜咲く学舎で会えることを

 職員一同、楽しみにしてお

 ります。        』



「―― なに、これ? 詐欺?」


 中学3年生の2月も終わりの、ある日。

 研究施設の被験体学生になるのを母親から猛烈反対され、 『春からは引きニートほぼ決定』 の絶望と 『ひょっとしたら今から才能スキルが芽生えるかも』 という水道水より薄い希望との間を行ったり来たりしながら、うだうだ過ごしていたぼくのもとに届いたのは ―― まったく覚えのない合格通知だった。

 封書には翼をひろげた鷹と桜、それに 『芸』 の文字を組み合わせたロゴと校名が印刷されている。


「詐欺だとしたら、手が込んでるわねえ」


 ご丁寧に同封されていたパンフを眺め、母が首をひねった。


「入学するつもりで行ってみたら、じつはモルモット被験体だった…… なんて、ないかしら? この 『生徒手当』 っていうのも、怪しいわよね?」


「あーでもそれ、防衛学校の生徒はあるんだよ。防衛芸術高校?も、同じじゃないかな。そもそも、そんな高校あったっけ、てとこが謎だけど」


「ふーん…… まあ、直接聞いてみるのが一番よね」


 母はスマホを手に取り、防衛省のサイトを調べ始めた。


「あら、本当に防衛芸術高校なんてあるのね……

 えーと 『近年、人が物事に感動する心のエネルギーの指向性DエネルギーE兵器W化が進み実戦投入段階に至っていることから、特にダンジョン掃討作戦において多く感動いいね・コメントを集め戦闘に活かせる人材の育成を目指し、2022年に新設……』 ですって」


「あー 日本NダンジョンD配信H協会Kのアプリなら、入れてる子いるね」


 ぼくは母のスマホ画面を見た。

 防衛芸術高校の紹介ページの目立つところに、日本NダンジョンD配信H協会Kのアプリのリンクバナーが貼ってある。

 『あなたのいいねとコメントが、力になる』 ってキャッチ、これは……

 ダンジョン配信を見ていいね押したりコメントするだけでモンスターを倒すのに協力できる、って意味だったのか? 聞いたこともないけど。


「で、えーと 『ノースキル科』 は、来年度から新設されるのね…… 

 『才能スキル無発現の青少年にもチャンスを! 可能性を伸ばし、新たな感動をもたらそう』 ねえ」


 母が読み上げた部分の下には、校長の談話が乗っている。


『芸術の可能性は無限。

 "無才能者ノースキルなのに、すごい!" が実現できれば、才能スキル持ちよりも大きな感動を与えられる』


 ふーん…… って、なるか?

 そもそも、才能スキル持ちに対抗しようって時点で、無理じゃない?

 母が俺を見た。


「あなた、芸術なんてしてたっけ? 音楽とか美術とか、得意だった覚え、ある?」


「いや? フツー」


「よねえ…… ともかく、電話して聞いてみなきゃ ―― あ、もしもし。わたくし、折田と申しますが、その、息子の折田おりた信長のぶながの、防衛芸術高校ノースキル科合格? の件で確認させていただきたいことがありまして……」


 母がしゃべりながら、スマホのスピーカーをオンにする。

 とたんに、キリッとした女の人の声が聞こえた。


『折田信長さんは、当校のノースキル科への合格が決まっておりますが、入学はご本人と保護者様のご意思が優先され、強制ではありません。

 なにぶん、本人の天性を確認するために才能無発現者ノースキル全員に、非通知で試験を行っておりますので』


「…… ということだそうよ。どうするの、信長?」


『信長さんも、そちらにいらっしゃるのでしょうか?』


「はい、おりますが」


『お母様。少し、信長さんと、お話させていただいても、よろしいでしょうか?』


「はい、大丈夫です」


 ぼくは、母にかわって答えた。

 スマホの向こうで女の人が 『ありがとうございます。申し遅れましたが、私、ノースキル科の担任の鷹瀬と申します』 と名乗る。


「あ、はい…… よろしくお願いします」


『信長さん。大切なことですから、よく考えて決めてくださいね。

そのうえで、当科への入学を決めていただけるなら、私たち教職員としてもこれほど嬉しいことはありませんし、学生生活も戦闘も、全力でサポートさせていただきます』


 女の人 ―― 鷹瀬先生の声はまじめで誠実で、信用できそうに、ぼくには思えた。


「また、母とも相談しますので……」


『そうですね。しっかり相談されたうえで、決めていただければ、と思います。よろしくお願いいたします』


「はい…… では…… えーと、失礼します」


 相談するとは言ったけど、ぼくの気持ちはもう、決まっていた。

 ―― 引きニートも嫌ではないけど、父親がダンジョン発生に巻き込まれて行方不明になって以来、完全ワンオペでぼくを育ててくれた母親に申し訳なさすぎる。

 ―― 才能スキル発現は、ぼくの特性上、どれだけ実験台になっても無理だと思われる。

 ―― 残る道は、一択しかないんだ……


「かあさん、僕、防衛芸術高校に入学するよ」


 ぼくは母親から目をそらし、宣言した。

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