「え…… ここ……? この廃墟が、学校……?」
うっそうと繁った木々のなかに、ひっそりと立つ廃墟 ―― ぼくがいくら、案内ハガキに書かれた住所とスマホのマップを見直しても、ここで間違いない。
今日は、防衛芸術高校ノースキル科、入学前のオリエンテーションがある。
山の中腹という若干、不便な場所なのも学校あるある…… そう思ってロクに前情報を調べもせず、のこのこやってきてしまったなんて。うかつだった。
まわりにある唯一まともな建物は、ロープウェイの中間駅だけ。自販機すらない。遠くからヘリの音が聞こえるのが、よけいに寂しさを際立たせている。
―― とりあえず学校の事務局にでも、電話してみよう。
気を取り直して、ぼくがスマホ画面にタッチしたとき。
ガサッ
背後で、藪をかきわける音がした。続いて、女の子の声。
「うっそぉ、ここぉ!? バカにしてるのかしら?」
つややかなソプラノが、感情豊かに揺れる。
振り返ると、猫みたいな大きな目が、廃墟をにらんでいた。小柄な割に胸の大きいアンバランスな身体。きゅっと結ばれた小さな口元、とがりぎみのアゴ、さらさらの黒髪。
美少女といえば美少女だが、笑っているよりも怒っているほうがキレイに見える…… そんな子だ。
大きな目が、廃墟からぼくに移る。
「あなたも、新入生よね? ね、バカにしてると思わない? なんなの、これ?」
「ぼくも新入生だけど、なにかの間違いかもしれない」
「その 『なにかの間違い』 ってところがすでに、バカにしてるじゃない! そう思わない?」
「たとえばこれが2次試験で、いざというときに冷静さを失わないかのテストかも、というのは思った」
「2次試験ですって? そもそも、ノースキル科だけ別の校舎っていうだけでも、モヤってたのに。どこまで差別すれば気がすむのかしら!?」
「まあ、社会的常識として差別されてるからね、
「腹立つうううう!」
どんなに怒ってても、歌うようなソプラノは崩れない。
「あ、ぼくは、
「わたしは、
城浦さんが言うとおりだった。
爆音とともにやってきたヘリは、ぼくたちの上空で止まる。
するするとはしごが降りてきた。
「迎えにきたの? ヘリに乗れって、ことかしら?」
「いや、まって。誰か、ヘリから出てきた……」
スーツ姿に大きなリュックを背負った女の人が、はしごを伝って地面に近づいてくる。両手のハンドガードがスーツとミスマッチ。
20歳台くらいの、キリッとした雰囲気のお姉さんだ。
「
ぼくが呟いたのと、ほぼ同時に。
女の人はふわりとはしごを離れ、宙返りして地面に降りたった。
「すみません、遅くなりました」
きびきびとした足取りと口調。
「
「「はい」」
「私は、あなたがたノースキル科の担任の、
「よろしくお願いします」
ぼくは頭を下げたが、
「はい、城浦さん」
「わたしたちの教室って、ここなんですか? あまりにも、酷いんじゃないですか? 先生のお答えによっては、入学を辞退させていただきたいんですけど」
「すみません、このような事態になったのは、こちらの手落ちです…… しかし、詳しくは中に入ってからで、よろしいでしょうか? 緊急ですので」
「意味がわかりません!」
「とりあえず、あらかじめ支給した、個人用
「まさか……」
ぼくは息をのんだ。
個人用DEWは、戦闘用のスキルを持たない者のために開発された、ダンジョン攻略用の武器 ―― それぞれの特性によりカスタマイズされており、身につけると、専用の動画配信で集めた
つまり、専用DEWがあれば、戦闘系のスキルを持っていなくてもダンジョン攻略が可能となるのだ ―― と、いうことは。
鷹瀬先生の指示の意味するところは……
「この廃墟、ダンジョンなんですか?」
「そうです。ノースキル科の新校舎はすでに完成していたのですが、つい数時間前、突発ダンジョンに侵食されてしまいました。急ぎダンジョン駆除部隊に出動を要請したものの、いま、全員出払っているとのことで…… すぐには対応できません」
「それなら緊急連絡くらい、してください!」
城浦さんの指摘に、鷹瀬先生はキヲツケの姿勢で頭をさげた。
「申し訳ないです。このダンジョンは私と今年度の新入生で
―― ああ、つまり。
このノースキル科を新設するにあたり、なんか色々とモメたところを無理矢理ゴリ押しで作ったものの、そのとばっちりで反対派から嫌がらせされている、みたいな…… そういう状況なのかな?
先生も大変だ。
「ですが、生徒の安全は、私がいのちに代えても守りますので…… 可能であれば、ついてきていただきたいです」
「わかりました」
ぼくは、リュックからぼく専用のDEWを取り出した。
1冊の本の形をしている ―― なめらかな
それを手に持つだけで、装備完了だ。
だが、城浦さんはまだ、専用DEWを取り出してすら、いない。
「そんな! すぐにだなんて! 納得できません」
「それなら、城浦さんは、とりあえず、ここで待機してください」
鷹瀬先生はもう、廃墟ダンジョンに向かって歩き出している。
「急がなければ…… みなさんと同じ新入生がもう、先にひとりで入ってしまっているのです」
「えっ……」
城浦さんが絶句する。
ダンジョンに入ろうかここで待っていようか、迷ってるんだろう。
たしかに ―― 戦闘系スキルを持たないのにダンジョンに侵入するのは、危険すぎる。
だけど、ぼくは試してみたい。ぼくのDEW 『
「ぼくは、いきます」
ぼくが先生について歩きだすと、背後でソプラノが 「わかったわよ!」 とぼやいた。
続いて、リュックからごそごそと、なにか取り出す気配。
鷹瀬先生はダンジョンに急いでいた足を、ほんの少し、ゆるめた。
「待ってください! わたしも、いきます」
「わかりました。決意を歓迎します、
鷹瀬先生がちらりと城浦さんを振り返り、うなずく。
ぼくが振り返ってみると、真紅のヒラヒラが目に飛び込んだ。むき出しになった肩、スリットからのぞく脚とのコントラストが鮮やか。
「わぁお」
ぼくが思わずつぶやけば、顔をほんのり朱にそめた城浦さんが 「なによ!」 と反発する。
「いや、別に…… その
「こんな下品なドレス、恥ずかしいだけよ! なんで、こんなデザインにしたのかしら」
「ダンジョンで動きやすくするため…… かな?」
「
鷹瀬先生が足を止めた。
ダンジョンの入口 ――