「これから、防衛芸術高校第一期生による、初のダンジョン掃討動画の生配信が行われます」
ダンジョン掃討とは ―― 文字通り、人の住む土地に急に現れたダンジョンを消して、元通りに戻すこと。
この世界に現れるダンジョンは、魔界が侵食してきたものだ。まあ、魔界のモンスターが家ごと、無断でいきなり引っ越してきたと思えばいい。
だから、
―― ダンジョン出現は大迷惑だが、特撮ものを見ているような面白さもあるから、その掃討動画配信は大人気だ。
防衛芸術高校でも、生徒によるダンジョン掃討の動画を配信する ―― と、入学手続きの際に顔出しの許可を求められた。
まさか、入学式前のオリエンテーションで生配信されるとは思わなかったけれど。
「顔出しは、ふたりとも大丈夫でしたね」
「「はい」」
鷹瀬先生がリュックから、カメラつきドローンと、
「私たち
「わたしたちの
城浦さんの優等生な回答に、鷹瀬先生は 「その通りです」 とうなずく。
「今回の動画配信の目的も同じ。なるべく
「はい」
「折田さん、どうぞ」
「ぼくはダンジョン配信をしたことがありません。この配信でいきなり、
「それについては、心配ありませんよ。
配信は、
「つまり、ぼくたちは配信を気にせず、ダンジョン攻略するだけで、いいんですか?」
「基本はそうです。なお、あなたたちのニックネームは、ノブナガとミウで登録していますから、配信時は、それで呼びあうようにしてください」
「えっ……」
「いやですか、ノブナガさん」
「ちょっと…… でもまあ、いいです」
「わかりました、ありがとう」
ほんとは、名前コンプレックスがある…… 『ノブナガ』 なんて有名人すぎるっていうか。
まあ、動画配信に出演するんだったら、印象強い名前のほうがいいよね。
折田先生が城浦さん ―― ミウのほうに首を回して尋ねる。
「ミウさんは?」
「大丈夫です」
「よかったです。さて、配信画面は、こちらのモノクルマイクで確認できます。試してみてください―― では、配信開始」
鷹瀬先生がぼくとミウとに、それぞれ、モノクルつきの
モノクルマイクを装着し、言われた通りにスイッチを入れると ―― モノクルに配信画面が映し出された。画面の真ん中に、ドローンが撮影するぼくたちの姿。
背景は、ここ。廃墟の門だ。
画面左側には、通常の動画配信にはない、ゲージのようなもの。小さく 『感動エネルギー』 とある。戦闘時にはこのゲージを見ながら、作戦を考えればいいんだな。
ゲージの上側には、大きなテロップ。
【生配信 防衛芸術高校ダンジョン掃討作戦 /
すでに、コメントも入っている。
>> ノースキル? 大丈夫?
>> 新開発のDEWがいいねコメントで動くって話だろ
>> は? いいね集めるのに無能使う?
>> それな
>> 普通に芸術スキル持ちにやらせれば、よくね?
>> 防芸の本科どうした
>> 首もげるww
>> 無能救済措置ww
>> 無能のために予算使うなよな
ミウの眉間が、くっきり川の字を描く。
「好きで
「コメント内容は気にしないでください」 と、鷹瀬先生。
テロップは 【作戦会議中……】 となっており、ぼくたちの音声はまだ入ってない。
「世間には
割りきれ、ってことか…… まあ 『無能救済』 と言われても、異論の唱えようがない。実際、そうなんだろうから。
「ちなみに初回配信なので、自衛隊の各基地内で上映会を行い、非番の者もできるだけ観るよう通達してもらってます」
「つまり、視聴者はある程度、いるんですね」
「はい。いいね・コメントもなるべく入れるように勧めていますので、内容もですけど、ウケも気にしなくていいです。ミウさん、ノブナガさんは、今回は、ダンジョン内での行動とDEWの扱いに慣れてください」
「わかりました!」
はきはきとミウが言う。
自信に満ちた顔…… このままじゃ終わらせない、とか、思ってそうだ。
ぼくたちが動かなくて、暇なんだろう。
コメント欄は、
>> ダンジョン掃討いよいよヤバいってことだろ
>> ほい資料。 https://www. m……
>> お しごでき
>> そもそもダンジョン用の戦闘スキル持ち少ないしな
>> うわ発生数多ッ掃討数少なッ
>> 少ないのはダン掃志願者だろww
>> ぶっちゃけダン掃部キツいぞ
>> うっかり強力な戦闘スキル持っちゃったら、民間で警備員でもやってダン掃は休日バイトだな
>> ブラックダン掃ww
>> スカウトされても入るな#ダン掃
>> 人材不足の実態おつw
「―― わたしたち、人材不足だから
ミウの眉間はもはや、渓谷みたいになっている。
鷹瀬先生が、きっぱりと首を横に振った。
「いいえ。きちんと、それぞれの天性を
「「天性??」」
「
鷹瀬先生にうながされ、ぼくとミウはモノクルの画面をいったん、閉じた。
「コメントに一喜一憂するより、まずは、自分のパフォーマンスの質を上げることを、第一目的にしてください ―― ミウさん」
「はい」
「ミウさんの 『
「わかりました」
次に鷹瀬先生は、ぼくに顔を向けた。
「ノブナガさん」
「はい」
「ノブナガさんの 『
「どうりで。説明書を読んでもわからなかったわけですね」
『現実改変』 は、DEW 『革の本』 固有の疑似スキル ―― 持ち主が本に書いたことに合わせて現実を変えられる。
ただし、成功すれば。
成功するには、現状からそう解離せず、現実に起こりうる範囲のことを書かなければならない ――
説明書を読んだときに 『結局はクソなんじゃ』 と思ったことは、さすがに黙っておいたが、鷹瀬先生は 「すみません」 と頭を下げてくれた。
「ですが、私たちは期待してもいるんです。 『革の本』 は、たとえば絶対絶命の戦局を変えることのできる、唯一無二の鍵となるのでは、と」
「そんな大それたこと…… 現実と解離したらダメなのに、できますかね?」
「ですから。私たちは、まず、ノブナガさんに 『書く力』 を身につけてほしいのです。視聴者を感動させ、
難しすぎる。
ほかの人たちは、どう思ってるんだろう……
ぼくはモノクルのスイッチを入れ、配信画面を開いてみた。
いつのまにか 【作戦会議中】 のテロップは外れている…… この会話、聞かれていたんだろう。
コメント欄は予想どおりだ ――
>> 無理ゲーww
>> ↑首もげるww
>> 無能なのにかわいそう
誰からも、絶対に無理だと思われている…… 見たら、かえって決意ができた。
まっさきに 『難しそう』 って考えちゃったし。
だけど。
ノースキルになったことがない、明日が来なくなるほどの絶望を知らない、知ろうともしないやつらに。
バカにされ
「やってみます」
ぼくは、鷹瀬先生の顔を見て、しっかりと 『革の本』 を抱えなおす。
鷹瀬先生はうなずき 「私も、なるべくサポートします」 と言ってくれた。
「では ―― いよいよ…… 【北緯34.72761】【東経135.21275】発生ダンジョン【廃墟】 に突入します」
鷹瀬先生を先頭に、ぼくたちは、崩れかけた門のなかへと足を踏み入れた。