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第5話 廃墟ダンジョン、徹底制覇(3)

 にゅるっ……

 季節はずれの生ぬるい風が、気味悪く僕のほおをなでていった。

 湿ったホコリと、血のような鉄サビの匂い ―― どこか懐かしいような、それでいて背筋が寒くなるような、魔界の空気だ。

 ぼくとミウは、自然と身を寄せあっていた。

 先を進む鷹瀬先生に置いていかれないよう、小走りであとを追う。

 壊れた石畳に、ぼくたちの足音がやたらと大きく響いた。


 >> まだ何も出んな

 >> そんなにレベル高くないよね、ここ

 >> 初心者向け

 >> ラスボス戦以外は、見どころないんじゃね?


 ―― 余計なお世話だ。

 ふと、鷹瀬先生が立ち止まる。


「ノブナガさん。 『革の本』 に記録していますか?」


「いえ、まだです」


「慣れてくれば必要ないかも知れませんが、とりあえずいまは、最初から記録を初めてください。戦闘シーンに活かしやすくなるはずです」


「そうですね」


 ぼくは 『革の本』 を開ける。

 ページがほんのり光ってる…… この光が、感動いいね・コメントエネルギーなんだろうか?

 ぼくの目線にしたがって、ページには自動的に文字がつづられていく…… すごい速さだ。


 〖季節はずれの生ぬるい風が…… …… すごい速さだ。〗


 よし、もうここに至るまで記録できた。

 ページを開けたまま進めば、簡単に書いていけそうだ。

 ぼくは 『革の本』 を鷹瀬先生に向けてかかげる。


「できました」


「OKです」


 鷹瀬先生がうなずく。


「記録しながら進み、モンスターとエンカウントして戦闘に入ったら、ノブナガさんの創作力を駆使して我々に都合の良い展開を書いてみてください」


「わかりました」


 都合良い展開 ―― それがうまくいけば 『現実改変』 が発揮され、戦闘が有利に運ぶ、ってことだろう。


 >> ご都合主義ww

 >> ある意味チートじゃん

 >> 気持ちいー展開頼むノブナガちゃん


 ぷっ、とミウが吹き出した。


 >> わいミウたんのバストアップ頼むわ

 >> ワイもww

 >> ロリ巨乳すこのすこw


「ななな、なによっ!」 


 ミウは両手で胸を隠しつつ、後ずさる。初々しくて良きと、またコメント欄が盛り上がった。

 鷹瀬先生がためいきをつく。


「コメントは気にしないように…… っ」


 とつぜん。

 鷹瀬先生が、ぼくとミウを抱きしめるようにして横に転がった。


 >> 15いいね 達成しました


 >> せんせー反射神経すご

 >> 尊い


 >> 50いいね 達成しました


 >> せんせーがかばった!

 >> すばら


 >> 100いいね 達成しました


 どうっ……

 先生の背中を、太い木の枝がかすって、通りすぎる。


 >> 200いいね 達成しました


「落ち着いてください、ノブナガさん、ミウさん」


 ぼくたちを襲っているのは、ウロコのような樹皮の巨木だ。

 左右に生えた枝で、全身をひねるようにして攻撃してくる。

 見た目に反して、けっこうなスピードだ。

 でありながら、その一撃はともかく重たそうで…… まともに当たれば、骨が砕けてしまうかもしれない。

 ぼくたちは先生に守られて右へ左へと転がった。


 >> トレント

 >> トレント

 >> さがれガキども邪魔

 >> ミウたん、結界かなんか作れよ

 >> できるかなww

 >> ↑さすがに黙れアンチども

 >> とりあえず頑張れ


 これでトドメ。

 そういうように、トレントが大きく枝を振りかぶる ―― そのすきに。 

 鷹瀬先生が、ぼくたちを後ろに押しやった。

 同時に、スーツのスカートの裾から、ナイフを引き抜く。

 コメント欄は 『そこか!』 『先生すこ!』 『わかってるぅ』 と大騒ぎだ。

 そして、次の瞬間 ――

 空中に、銀のきらめきが走った。

 小さなナイフはくるくると回りながら加速度をつけて飛び、頑丈そうな枝の付け根に刺さる……


 >> いやナイフじゃ無理やろww

 >> ちょっとまて

 >> まじか!

 >> うおっ…… 

 >> 裂けてってる!

 >> このナイフなにもの


 ナイフが刺さったところから、亀裂が広がっていく……

 ばきぃっ……

 ついに、トレントの片方の枝は、付け根から折れてしまった。

 折れた枝が下に落ち、地面を揺らす。


 >> うそ……

 >> やったねせんせー


 >> 300いいね 達成しました


 片腕を失い、バランスを崩したトレントがぐらぐらと揺れる……

 なんとか倒れまい、と頑張ってるようだったが、やがて。


 どぉぉおおおおおおおおおおおおんっ!


 地響きをたてて、倒れてしまった。


 めきっ ばきっ……


 幹の重さで、反対側の枝が潰されて折れていく。

 鷹瀬先生は落ちついた足取りで、トレントに近づいた。

 ナイフを拾いあげ、振り上げる。


「ぐぅぅぅぅぅぅ……」


 トレントの、命乞いするようなうなりをさっくり無視スルーして、先生はナイフを無造作に振り下ろした。

 巨大な幹が、ぱくりと真っ二つに割れ、そこから、砂のように崩れていく……

 数秒後には、トレントの姿は跡形もなく消えていた。 


 鷹瀬先生がナイフを持った手を、再び上にあげる。


「この 『黒の手甲ハンドガード』 も感動エネルギー対応型のDEWです」


 >> なんと!

 >> ファッ!?


「付与される疑似スキルは 『百器無双』 ―― 視聴者のみなさんの感動いいね・コメント数に応じて武器の威力が強化されます」


 >> DEW、SUGEEEEEEE!

 >> (*’ω’ノノ゙☆8888

 >> 禿同 

 >> 歴史的瞬間を見てしまった


 >> 500いいね 達成しました


 ここで、画面左の感動エネルギー・ゲージがやっと半分になった。

 戦闘のときにも、視聴者が楽しめるパフォーマンスができなければ感動エネルギーはジリ貧で戦えなくなってしまう…… けっこう厳しいな。


 >> ノースキル科、センセーしかいらなくね?

 >> 禿同

 >> わいはミウたんもほしい

 >> ロリ巨乳枠でなww

 >> (///∇///)ポッ


「ポッ、じゃないわ!」


 ミウが立ち上がった。


 >> 怒った顔もイイ

 >> 怒った顔がイイ

 >> 踏んで

 >> 踏んで

 >> 顔の上すわって

 >> おまえらいい加減にしろ通報すっぞ


「鷹瀬先生! わたしのDEWドレス、いろいろなことに使えるって、言ってましたよね?」


「そのとおりです、ミウさん」


「せっかく集まった感動エネルギーですけど、全部使ってもいいですか? 損はさせません」


「どうぞ」


「ありがとうございます! ……では」


 ミウは姿勢をただして、歌いだした。


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