廃墟ダンジョンに、透きとおった、それでいて迫力のあるミウの歌声が響きわたる。
話し声もきれいだけど、歌声はもっとすごい。
どなったり叫んだりはしていないのに、ダンジョンの外にまで聞こえているんじゃないかと錯覚してしまうほど力強く、とんでもない高音も無理なくゆったりと包みこむようなやわらかさを備えている。
コメント欄も、驚きであふれていた。
>> 人間?
>> この声どっから出てんの?
>> ノースキル?
>> うそだろww
>> DEWドレス着たくてスキル持ち隠してるミウたんww
ミウはコメントを
たぶん、歌のサビなんだろう。
鳥の鳴き声のような超高音が、転がるように続く……
歌が続くにつれ、ミウの真紅のドレスが輝きを増し、画面左の感動エネルギー・ゲージが徐々に減っていっている。
それにつれ、ダンジョンの空気がキレイになっていくような……?
「あ」
中庭のすみっこに
【曲:モーツァルト『魔笛』より 夜の女王のアリア『復讐の心は地獄のように燃え』】
>> クラシックだな
>> お嬢様かミウたん
>> 違w
>> 女王様
>> ミウじょおーたま
>> 踏んで
>> ハアハア(*´Д`)
>> 踏んで
>> 踏んで
>> ハアハア
>> 装備庁、ハイヒール型のDEWつくれww
>> 800いいね 達成しました
ミウが歌い終わったとき、ダンジョンの空気はすっかり浄化されて、外とほとんど変わらなくなっていた。
おそらくは、ミウのDEW攻撃で溶かされたモンスター、多数。
「見事な歌でしたね、ミウさん」
「ありがとうございます」
鷹瀬先生にほめられて、ミウは舞台上にいるかのようなお辞儀をした。ほんの少し上気した顔は、気恥ずかしさと自信が半々、ってところかな。
いま配信画面には、ミウが大写しになっている。
「わたし、ミウの専用DEW 『真紅のドレス』 により付与される疑似スキルは 『操歌奥義』 ―― 歌により感動エネルギーをあやつり、さまざまな攻撃を行えます」
>> SUGEEEEEEE!
「いまのは 『すべての敵、滅せよ』 の念を込めて歌いましたので…… うまくいけば、ダンジョン内のザコモンスターは、すべて消えている筈です」
>> すご杉
>> ミウたま!
>> 女王たま!
>> 誰だ センセーしかいらね とか言ったやつww
>> 踏んで
>> 踏んで
コメント欄の 『踏んで』 コールにも、もうミウは動じない。背筋をぴんと伸ばし、ニッコリしてもう一度、舞台上のお辞儀を披露している。
コメント欄がわく。
誰も、ミウを 『無能』 とは言わなくなった。
―― 良かった。
だけど、どうしても、思ってしまう。
ミウに比べると、ぼくは……
鷹瀬先生がさりげなく、ぼくの隣に立った。
ぼくにしか聞こえない、小さな声で言う。
「ミウさんは3歳から、ピアノと声楽を習いはじめたそうです。それから、ずっと音楽が中心の人生だったんですよ ―― 去年の秋、それが断たれるまでは」
「
「そのとおりです」
「ぼくと同じです」
「…… スキルがすべてを決めてしまうのは、つらいですね」
「クソな世の中ですね…… もし、ファ◯チキがなかったら」
ぼくは冗談めかした ―― 鷹瀬先生がふふっと笑う。厳しい雰囲気が、一瞬、やわらいだ。
「ノブナガさんは、ファ◯チキ派ですか」
「はい。ほんとはチキンより、おにぎりが好きですけど」
「わかります。コンビニおにぎりは、私も好きです」
「焼き銀鮭のちょっとお高いやつが最高で、シンプルに梅と昆布もめちゃ美味くて、枝豆と昆布の混ぜご飯もいいっすよね」
「では、寮母さんに 『歓迎会はおにぎりパーティーで』 と提案しておきましょう」
「やった」
胸にたまりかけた焦りと嫉妬は、もう、消えている。
ぼくは、
あとは、ぼくしだい。
ミウが示してくれたのは、希望なんだ ――
「鷹瀬先生、ノブナガ。先に進みましょ」
「ミウの歌、すごかった」
「当然でしょ」
中庭を抜け、倒れた椅子の残る食堂を抜け、階段を降りていく…… ミウの歌の効果か、敵のモンスターは影も形もない。
>> 退屈だな
>> こういう廃墟好きだが
>> なら五億年廃墟みてろww
>> ミウたん歌って
>> セーラー服をめくらないでキボンヌww
>> ↑通報しとくわ
>> 歩きながらじゃ無理だろ
ミウの眉毛がいい形にはねあがった。
「オペラやミュージカルでは、演技しながら歌うのよ!?」
言うなり、なにやら早口で歌いだす。
>> うお
>> ボカロ
>> ミウたん3次元ボーカロイド疑惑ww
>> はやくない?
>> ミウたんツインテールにしてww
>> 誰でもわかるわww
>> ミウたんネギもってww
>> あっ速くなってる!
>> めっちゃ早足ww
>> これもDEWか
>> 地味にすごくね?
>> 1000いいね 達成しました
ミウが歌う超早口のボカロ曲に合わせるように、ぼくたちの足はどんどん先に進む。
いくつもの錆びた扉の前を通り、調子外れの音を勝手に響かせているピアノのあるホールを横切り ――
だけど、全然疲れない。
―― 大昔のファンタジーに、こんな魔法があった気がする。
クイック? 速歩? ……しらんけど。
ミウのおかげで、ぼくたちは、あっというまにダンジョンの最奥についた。
ボスのいる部屋だ。
重々しい石の扉は、片側が取れている。
―― 一瞬、白いものが高速回転しながら部屋を横切っていった気がした。
あわてて部屋のなかをのぞいてみる ―― いる。
ものすごい美少女が。
純白の
踊るような足取りで、ボスの攻撃をすべてかわしている。
かわすだけじゃない。
かわす動作が、そのまま反撃に ―― たとえば大きく跳躍すれば
とにかく、すごい集中力でボスと闘っている。
「サエリさん……」 と、鷹瀬先生がつぶやいた。
どうやら、この美少女が、先にダンジョンに入ってしまったノースキル科の生徒みたいだ。名前はサエリというらしい。
ミウが小声でたずねる。
「助けますか?」
「いえ、タイミングを見て私が交代します。ヘタに割って入ると、注意がそれてかえって危険です…… ノブナガさんとミウさんも、あぶないので今は部屋には入らないように。私が交代したタイミングで、サエリさんを連れ出して逃げてください」
彼女が危なくなったら、すぐに部屋に突入だ ――
ぼくたちは、緊張してサエリを見守った。