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第7話 廃墟ダンジョン、徹底制覇(5)

 サエリとダンジョンボスの戦闘は、互いに決め手を欠いたまま続いていく。


 ヒュッッ


 ボスが放った風の刃が、サエリの喉を狙って飛ぶ。

 サエリは大きく横にステップを踏んで風刃を避け、レーザーでボスを射る……!

 だが、レーザーが届く直前。


 シャァァァァンッ


 ボスの持つ双剣が、空気を震わせながら、レーザーを

 同時に、サエリがかろうじて避けた風刃が、壁際の銅像を2つに裂いた。


 サエリとダンジョンボス、ふたりの実力は互角…… いや、サエリがちょっと押され気味か。 

 これでは、いつまで経ってもボスに致命傷を与えられない。


 いっぽうで、コメント欄はサエリの容姿にすごい盛り上がりを見せていた。


 >> かわいい

 >> 激かわ

 >> ふつくしい……

 >> わいはミウたんの味方や

 >> 柳を思わせるすらりと優美な身体、透きとおるような白い肌。月の光を紡いだかのごとき銀の髪が風に舞い、黄昏の空を思わせる茜の瞳はすべての攻撃を見切っているかのようだ

 >> ポエム乙w

 >> あれって日本人?

 >> いやエルフ

 >> ポエマー多杉ww

 >> ミウたん気にすんな

 >> ロリ巨乳は永遠不滅


「誰も気にしてないわよ!」


 ミウがイライラと言い返した。


 >> 気にしてるww

 >> 気にすんな

 >> 女王様枠も踏んで

 >> wwww

 >> 違w 不滅

 >> 踏んで

 >> 踏んで 

 >> こちらが特注のハイヒール型DEWです


「あなたたち、コメカミに穴空けるわよ?」


 >> こわww

 >> けどそこに感電死ww

 >> ハアハア(*´Д`)


 >> 1200いいね 達成しました


 ザンッッッ

 ボスの双刀から高速で繰り出された氷の刃が、サエリの脚を断とうとする。

 間一髪。

 大きく跳躍し、かわすサエリ ―― だが。

 着地のとき、身体が少しぶれたように、ぼくには見えた。


「サエリさん!」


 鷹瀬先生がすかさず飛び出し、倒れそうになったサエリの身体を片手で支える。

 同時に、片手のナイフがボスの目に、一直線に飛んでいく…… だけど。

 払いのけようとさえ、されなかった。

 ボスは、わずかに首をひねる動作だけで、先生のナイフをよけたのだ。


 ガッ……

 鈍い音をたてて、ボスの背後の壁にナイフが突き刺さる。


 >> センセーもすご

 >> 当たらなかったけどな

 >> ボス強くね?

 >> 初心者には無理だよな

 >> そういうのたまにある

 >> 猫だけどな#ボス

 >> 倒しにくいな

 >> 猫すこ

 >> 倒せる前提なの笑う

 >> 貴様らにいいことを教えてやろう…… あれはヒョウだ


 ―― ボスは、ヒョウの頭をしていた。

 黒い毛皮と、エメラルドを嵌め込んだような光る目。眼球がないので、より非人間的な感じがする。

 見たことがある気がするのは、なにかゲームの影響だろうか…… いや。

 本当は、わかっている。あの記憶は、間違いなく……


「サエリさん、外へ」


 先生が、サエリを後ろにつきとばした。

 瞬間、耳をつんざくような破裂音が響く ―― いつのまに取り出したのか、先生の手には拳銃が握られている。

 そうか…… さっきのナイフは、サエリを逃がすためのフェイクだ。

 先生はナイフを投げてボスの目をサエリからそらし、その手で、すぐに拳銃を取り出したんだ。

 黒ヒョウの眉間に穴が開き、そこから血が吹き出す。


 >> 片手!

 >> 命中

 >> 片手で撃った!

 >> 命中!

 >> 命中しとる!

 >> 先生すご杉

 >> そこに痺れる、憧れるぅ!


 >> 1500いいね 達成しました


 ボスは声もなく、床に倒れる。


 >> 殺った?

 >> やったんじゃ?

 >> いやまだ消えてない


「鷹瀬先生、やりましたわね!」


 ぼくが止めるより先に、ミウが室内に飛び出していった。ふらふらと脚を引きずっているサエリをサポートし、部屋の隅に寄る。


「大丈夫? サエリちゃん」


「…… 踊れなくなった……」


「治してみる」


 ミウがサエリの耳元で、囁くように歌い出す。

 優しい旋律…… 治癒の効果を見込んでるのか。

 けど、先に逃げたほうがいい。

 ぼくは、ふたりに近よった。


「ミウ。あとにして、部屋から出よ」


 ぼくが言い終わる前に ――


 ふはははははは…… ズダァァァァン!


 いかにもな悪役笑いと、それを打ち消すような発砲音が部屋に響いた。

 発砲音は鷹瀬先生。

 悪役笑いは ―― ボスだ。


 >> やっぱり

 >> 二次形態

 >> やっぱりか

 >> わかってた

 >> センセーやっちゃって

 >> いや命中したのに倒れてないぞ

 >> さす二次形態

 >> 二次形態はロマン

 >> こらやめろ美少女と女王様が危ない


 悪役笑いを放ちながら、ボスの身体がでかくなっていく…… 先ほどまでは、ぼくたちより少し大きい程度だったが、いまやその頭は天井につくほど。

 その両脇腹からは、黒い毛皮で覆われた無数の触手……


「きゃあっ」


 あっというまに、ミウとサエリが絡めとられた。


「くううううっ」


「…… これじゃ、ますます踊れない……」


 ズダァァァァン! ズダァァァァン!


 鷹瀬先生の銃弾は、ふたりを拘束している触手の根本にしっかり命中 ―― だが、穴が空いたにも関わらず、触手はびくともしない。


 >> た、たいへんだ!

 >> だが壮観

 >> わかる

 >> スゲー眺め

 >> 初心者無能パーティーにこれはない

 >> 無能じゃなくてノースキルな

 >> ハアハア

 >> 触手サービスよすぎ

 >> 女王様のお胸を持ち上げるように縛るとは、触手、お主も悪よの

 >> ついでに服溶かす粘液キボンヌ

 >> ハアハア(*´Д`)


 >> 2500いいね 達成しました


 >> おまえらあとでシメる


 ぶんっ……


『うなりをあげて黒い触手が、ぼくに迫ってくる。一歩後ろ…… ぼくは、かろうじてよける。

 次は右、左…… だんだん、よけかたがわかってきた。

 触手の攻撃じたいは、単調。力まかせに振り回しているだけで、工夫がない……』


 ぼくは、僕専用のDEW 『革の本』 に自動記入していきながら、記述内容どおりに後ろへ右へ左へと、触手の攻撃を避けて動く…… 自分が考えた内容に、自分の身体が操られる。そんな感覚だ。

 そうか。ぼくの身体能力から大きくずれなければ、 『現実改変』 の疑似スキルで回避くらいは、できるんだな。

 もっとも、視聴者にはまったく面白くないらしいけど ――


 >> ていうかこの男いったいなんなん

 >> 逃げるだけ

 >> 記録係

 >> いやポーターかも

 >> 無能だからとパーティーを追放された俺がやっぱり無能だった件ww

 >> 言ったりな

 >> これが正しい無能の姿

 >> 逃げるだけでも立派


 言われても、しょうがないけど……

 こっちはこれでも、必死で闘ってるんだ。

 ぼくだけじゃなく、先生も 『革の本』 で効率的に反撃できないかな……?

 ぼくは思いつくまま 『革の本』 に自動記入してみる。


『ダンジョンのモンスターには必ず核、つまり人間でいうと心臓にあたる部分がある。

 核を狙わなければ……!

 このボスの黒ヒョウの核は、3つ。

 頭はさっき、鷹瀬先生が破壊した。

 あとの2つは装甲で覆われた首と、胸の中央。

 2つとも破壊しない限り、モンスターは再生してしまう……!

 鷹瀬先生は素早い動きで触手を避けつつ、もうひとつ拳銃を取り出した。二丁拳銃だ。

 そのまま、核を狙って撃つ……!』


 あ、鷹瀬先生が拳銃を取り出した……!

 『現実改変』 が効いている……?

 だが。


 ズッダァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ンッ……


 銃弾は、ぼくの記述内容と違って、ボスの両目を貫く ―― しまった……っ、先生は、核がどこにあるか知らないんだ……!

 ボスの両目からはエメラルド色の光が消え、黒い血が流れ出す。


 ゥグゥアアアアアアァッ……


 ボスがえた。怒っているようだ。

 触手を、めちゃくちゃに振り回す…… そのうちの1本が、鷹瀬先生をいだ。


 >> あああああ!

 >> センセー!

 >> センセーがついに、触手の餌食に!

 >> あっ、センセーもけっこう胸あるな

 >> 触手さま服溶かす液キボンヌ

 >> いい加減にしろ


 コメント欄は、こんな事態でもどこか、のんきだ…… やはり他人事なんだろうか?


 >> これが無能の末路

 >> やっぱノースキルは無能

 >> ノースキルに金かけても無駄ってことを、証明してしまったな

 >> 億単位のDEW開発費かけてアプリ整備して……

 >> ほんと無駄

 >> 長官クビじゃねww

 >> いやアプリとDEWは、普通に防芸の本科で使えるから

 >> 無駄なのはノースキル科 

 >> 無能が無駄w

 >> あきらめるな、まだひとりいるぞ

 >> 記録係?

 >> ザ無能イストオブザ無能ww

 >> 安心しろ骨は拾ってやる

 >> 3年後だがな byダンジョン掃討課


 ―― わかった。

 こいつらは、最初から思ってたんだ。

 ノースキルなんて、どうなっても良し、と。

 そのうえで、たのしんでいたんだ。

 闘技場で奴隷たちの殺しあいを眺める、古代ローマ人みたいに。

 ―― 許せない……

 ぼくは 『革の本』 のページを開いた。


 ―― こいつらがその気なら、見せてやる。


 ダンジョン攻略、新章、開始だ……!

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