『ぼくは、最後の手段に出る。
古い厨2っぽくて非常に嫌ではあるが、記憶の封印を完全に解き放つしか、ない……
ここから先は 『革の本』 に記入する必要もない。
普段はあえて眠らせている膨大な記憶が、うごめきだす。
フタを破り、あふれ、ぼくの脳内をかけめぐる。
ぼくはそれを認識しながら、しかし、のまれはしない…… ぼくはぼく。
なんの力も
(名前は、両親が、生まれたばかりのぼくの顔を見たとたん 『ノブナガ』 で一致したせいらしい。おかげで名前コンプレックスだ)
―― けれど、それでも。
魂は、完全に思い出している。
この
この
そして、目の前のこの男を ――
「
つぶやいただけで、触手が消える。
「ヒィィィッ……」
黒ヒョウの口から、情けない悲鳴が漏れた。
「なっ…… なぜ……」
どさっ
ミウが床に落ち 「いったぁ……」 と、顔をしかめる。
鷹瀬先生は…… うまく着地してるな。
「おっと」
銀髪の美少女、サエリは、ぼくのうえに落ちてきた。
あわててキャッチ…… どうでもいいけど人間の美少女を抱っこしたの、前世含め初だわ。
前世では周囲にいる美女といえば、ヴェギデとかヘカテーとかリリムとか…… とりあえず油断すると寝首かきにくる魔女どもしかいなかったんだよね。まあ、どうでもいいけど。
―― ぼくは、サエリをそっとおろし、アゴで鷹瀬先生を示す。偉そうだが、そういうモードなのでしかたない。
サエリが先生のほうへ行くのを見届け、やつを振り返る。
やつは触手を失い、文字どおり腰を抜かしていた。ぼくから少しでも離れようと、お尻で後ずさる…… まったく、情けないヒョウ頭だ。
「久しいな、ヴォゾーよ」
「ひ、ひぃ……」
「そなたが15回目の余の暗殺に失敗して以来か…… さすがの余もキレて、そなたを島送りにしたんだったな」
「ひ、ひぃ……」
「忘れておったが、まさか、このような場所で、
「ま、魔王様…… その節は、たいへんに……」
「よい。詫びも反省も要らぬ」
ぼくは無造作に手を振った。
コバエを追い払う仕草、そのもの。
それだけで、やつを ―― ヴォゾーを構成する
「あっ…… ああああ…… おゆ、お許しを……!」
「余はそなたを14回許した。15回目も、次はない、とは言わなんだ…… だが」
カンッ…… カラン……
燃えるような緑の宝石が2つ、床に転がる音が、あたりに響く。
これが、ヴォゾーの核だ ――
ダンジョンモンスターの核は通常、強力なスキル、あるいはスキルで強化した武器でしか砕けない。
だけど、いまのぼくには、そんなものは不要。
「―― だが、
がしゃ…… ぐしゃり。
ぼくは2つの核を、いとも簡単に踏みつぶす。
口元が自然と笑みの形に歪んでいくのがわかる ―― 蚊を叩くより、よほど簡単だ。
「
瞬間、廃墟の景色がゆらぐ。
ゆらぎながら、だんだんと色を薄くし…… 蜃気楼のように消えていくのを確認して、ぼくは意識を失った。
◯◆◯★◯◆◯
魔界の ―― 魔族の国ってのは、ほんと治安の悪いところだった。
力がすべて。ルールもモラルも存在しない。
唯一のルールは 『魔王を殺せば次の魔王になれる』 ってことくらいだ。
だから魔王になれば、日夜、誰かが殺そうとしてくる。気が休まる暇もない。
見た目は贅沢三昧だったが、食事は必ず毒入りだし、寝具には毒サソリやムカデが入っているし、服に残されていた縫い針は当然、毒針だ。
―― そんな世界だから、もちろん、民度も低かった。
街はゴミとアル中ヤク中だらけ、強盗は横行してるし、割り込みなんて誰もがやってるし、スリもかっぱらいも当然なら、その報復で犯人を奴隷墜ちさせたり解体したり魂刈ったりするのも当然。
そういう連中ばかりだから、勝手に人間の土地に国境侵犯して誘拐やら窃盗やら人身売買やら、とにかくやらかすし、どれだけ取り締まろうとしても役人どもが地元民と癒着してて働かないし、その役人どもを取り締まろうと部下を動かしても、すぐにやつらと癒着するし……
『こういうことばかりしてるから国が豊かにならんのだ。まじめに地道に働くべし』 と唱え、腐敗役人どもを総じてクビにし、
最終的にイラついて全員殺すか島流しかにして、ぼくがみずから分身体で辺境を取り締り、同じく分身体で農地を開墾、さらに分身体で人間の農業・
最終的には疲れてすっかりやる気をなくしたぼくは、将来、なるべく理想に近い世界の
そして、勇者に殺されたのだ ――
◯◆◯★◯◆◯
「ノーモア魔界、ノーモア魔王!
お約束のボケみたいだが、割と本気なセリフとともに、ぼくが目覚めると ――
複数の顔が、ぼくをのぞきこんでいた。
「あ…… 生きてた……」 と呟くのは、銀髪紅眼の美少女、サエリ。
「
どうやら、ぼくの魔王覚醒を、
「でも、すっごい厨2入ってたわね」 と、思い出し笑いするのは、驚異の歌の女王様 (兼ロリ巨乳)、ミウ。
「ごめん、
「あっ、いえ、その、ね? けっこうカッコよくないこともなかったような……」
ごにょごにょと語尾を消しつつ、目をそらしてミウがフォローしてくれる。
そんな様子を見ていると、だんだん、生きてダンジョンから出た実感がわいてきた ――
「とにかく、よかった…… みんな、無事なんだ」
「それだけではありません。私たちノースキル科・初のダンジョン掃討、成功ですよ!」
鷹瀬先生の声が、はずんでいる。
見回すと、たしかに。
廃墟ダンジョンは、すでに、あとかたもなく消えていた ―― ぼくはいつのまにか、ま新しい建物の医務室らしき部屋のベッドに寝かされていたのだ。