目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第9話 ノースキル科

「予想以上の快挙です! 反対派の連中は今頃、悔しがっていることでしょう。ざまぁ…… コホンッ、私も溜飲りゅういんのさがる思いです」


 鷹瀬先生、かなり、はしゃいでる。

 やっぱり ―― ノースキル科の設立は、裏で相当、いろいろあったんだろうな。反対とか妨害とか嫌がらせとか。

 まあ、詳しくは聞くまい…… それより。


「鷹瀬先生。チュートリアルと、おにぎりパーティーは、いつになるんですか?」


 ぼくは、すっとぼけて聞いてみた。


「すみませんが、お腹がめちゃくちゃ空いてて……」


「…… わかる……」


 おもむろにサエリがうなずき、ミウが 「……わたしも」 と、ちょっぴり恥ずかしそうにほおを染める。


「そうですね、もう、夕方ですからね。みなさん、本当によく、がんばりました!」


 鷹瀬先生が、笑顔を見せた。


「食事は6時半からです。いま、マリリン…… じゃなくて、寮母さんが準備してくれてますよ」


「「わかりました」」


 ぼくとミウの声がかぶり、サエリが 「……まちどおしい」 と呟く。


 鷹瀬先生はそれから、チュートリアルのかわりに、ざっくりと防衛芸術高校のカリキュラムを説明してくれた。

 ―― 1年生は、国語や数学、英語など、普通科目の勉強のほかにダンジョン掃討実習と選択制の芸術科目がある。

 ダンジョン掃討実習では、今日のように突発的に現れたダンジョンを制覇クリアする必要がある。まあ、ダンジョン掃討部隊の下請けみたいなものだろう。

 芸術科目はもちろん、それぞれの専用DEWに合わせたものを選択する ―― サエリはバレエ、ミウは声楽。

 ぼくは手をそろっと、肩の高さで挙げた。


「はい、先生」


「どうしましたか、ノブナガさん」


「ぼくは、なにを選択すればいいですか? 特に好きなものもありませんし、 『革の本DEW』 には戦況を書くだけなので……」


「ノブナガさんは、文芸ですね。小説を書く練習をしてもらいます」


「はあ!?」


 まさか、小説だとは ――

 これまでのぼくに、まったくえんがないジャンルだ……!


「ぼくは 『革の本』 の作成とか修復をするのかと思っていたんですが」


「それは防衛装備庁の仕事になりますね…… ノブナガさんも防衛芸術高校の一員として、感動いいね・コメントを集められるようになることが求められていますので」


「まあ、そうですよね……」


 しまった、としか言いようがなかった。

 正直なところ、進学先が防衛 "芸術" 高校である事実を、ぼくは深くは考えてこなかったのだ。

 大好きな現代日本理想郷を、無才能ノースキルでも、守ることができる…… その可能性に浮かれていたと言っていい。


「ぼく、小説を書いたことないんですが」


「大丈夫ですよ。言葉が使えれば、誰でも物語は作れます」


「はあ…… そうなんですか」


「はい。ですから、ノブナガさんに最終的に習得してほしいのは、作った物語にを持たせ、読む人のことですね」


「あ…… そうか」


「わかりましたか?」


「はい…… つまり、ぼくの 『革の本DEW』 の場合は、物語を作る練習をすることで、戦闘力を上げられるんですね」


「そのとおりです。さすが、察しがいいですね」


「はあ……」


 ほめられても、不安しかない ――

 ぼくは、どっちかというと本より動画派だし、それも他人の妄想創作とかじゃなく、それこそダンジョン実況やゲーム実況が好みで……

 こんなぼくが、どうやったら、物語を作れるようになるというんだろう?


「大丈夫よ、ノブナガ…… 呼びにくいわね。ノブって呼んでいい?」


「うん」


「じゃあ、わたしはミウって呼んで」 「…… サエリで……」


 よほど、ぼくが不安そうな顔をしていたんだろう。

 ミウとサエリが、くちぐちに励ましてくれる。


「さっきのダンジョンも、ノブのおかげで、なんとかなったようなものじゃない」


「そう…… 魔王になれるの…… 最強とおもう」


「うん、まあ…… そう言われたら、そうかな……?」


 正直なところ、真顔で魔王って言われると、すごく恥ずかしいけどね!

 けど…… ミウもサエリも、無才能ノースキルでも感動いいね・コメントを集められるほどの上達者だ。

 そのふたりが (ぶちキレて前世チートを使った結果とはいえ) ぼくを認めてくれている。

 なにより、ぼくがダンジョン掃討に参加できる方法は、これしかないんだ ――

 いまさら投げ出すなんていやだし、やるからには、いいかげんなことはできないな。

 がんばってみよう。


 ぼくがそう、決意したとき ――

 壁のレトロ感のある柱時計が6時20分になった。


「そろそろ、食堂に行きましょう」


 鷹瀬先生の案内で、ぼくたちは食堂に向かう。

 医務室を出ると、テーブルとソファ、それにテレビのある小さなホールだった。


「ここはレクリエーション・ホール。ここから右手が男子寮、左手が女子寮。部屋の鍵は、食事のあとで渡しますね。あとで入寮の手引きをよく、読んでおいてください。

 ちなみに私も、女子寮に住みますから、わからないことがあれば、いつでも質問にきてくださいね」


 鷹瀬先生の説明を聞きながら、ぼくたちはホールを抜け、階段の踊り場に出る。


「ここは2階です。1階は室内運動場と倉庫、3階は教室や職員室、4階が大ホール・小ホールと食堂、それに正面玄関です」


 4階が正面玄関になっているのは、山の斜面に建てられた都合上だそうだ。

 階段を登って食堂に入ると、温かい湯気と料理の匂い、それに劣らず温かい声がぼくたちを迎えてくれた。

 長い髪をきれいにまとめて三角巾とエプロンをつけた姿がやたらとよく似合う、優しい笑顔の女の人だ。どんな学校にでも 『仏の~』 とあだ名される先生がひとりはいると思うんだけど、まさにそんな感じ。落ち着いた柔らかな雰囲気が、なんだか畏れ多い。


「ようこそ、ノースキル科・あじさい寮へ。寮母の垣崎かきざき鞠花まりかです。これから、みなさんの寮生活をサポートします。よろしくお願いします」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 ぼくたちはジュースで乾杯し、改めてひとりひとり自己紹介をして、夕食を始めた。

 テーブルにならぶのは、サラダ、鳥ササミの唐揚げに酢豚、焼き鳥、だし巻き卵、大量のおにぎり、そしてカツカレー。


「すごい……」 とサエリが目を丸くしている。


「マリリン…… 垣崎かきざき先生は、みなさんの好物を作ってくれたんですよ」 と、鷹瀬先生。


「私の好物は、焼き鳥です…… 垣崎先生、ありがとうございます」


「どういたしまして、鷹瀬先生…… それから、私のことは 『マリリン』 でいいんですよ? みなさんも、よかったら、そっちで」


「マリリン…… かわいい……」 と、サエリがつぶやく。

 ぼくたちはそれから、お互いの好物のあてっこをしながら、マリリンの作ってくれたメニューを美味しくいただいた。

 ミウの好物は酢豚で、サエリが鳥ササミの唐揚げ。マリリンが好きなのは、だし巻き卵だそうだ。

 ぼくのおにぎり愛は、もうすでに、みんなにバレていた。

 あれ? ―― メニューが1つ、余るな。


「カツカレーは、誰の好物なんですか?」


「まだ来てないんですよ。線路にダンジョンが発生して、電車が止まったそうです」


 鷹瀬先生の説明に、ぼくたちはいっせいに 「ああー」 と、顔をしかめた。

 線路にダンジョンが発生すると、駆除するまで電車は動けなくなってしまうのだ。

 今回は、ダンジョンは無事に駆除されたものの電車はかなり遅れてしまったので、もうひとりのぼくたちの同級生は、明日に到着する予定だという。

 どんな人なんだろう。


 ―― それがわかったのは、食事を終え、みんなで後片付けとテーブルゲームをいくつかして、それぞれの部屋に引き払ったあとだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?