コツッ、コツッ、コツッ……
夜中。
ぼくは、窓になにかがぶつかる音で、目を覚ました。
初めての寮は、二人部屋だけど、使っているのはぼくひとり。
妙に広く感じられて、不安になっていたせいだろうか。小さな物音なのに、目はすっかり冴えてしまった。
おそるおそる窓のシャッターを上げる……
そこには、ぼくよりほんのちょっと、背の高い影がいた。
「ぅわぁっ!」
「わぁぁぁぁぁっ!」
ぼくは、思わず叫んでいた ―― 影も、叫んだ。
なに? なんなの、こいつ!?
―― 数分後。
「いやあ、ビックリさせてごめん!」
窓から入ってきたそいつは、空いていたほうのベッドに正座して、ぼくを拝み倒していた。
ピンクに染めた長い髪を三つ編みポニーテールにして、耳と鼻と唇にピアスしている。
いまどき珍しい、主張の激しいファッションだが……
お互いに叫びあったそのあと、詳しく話を聞いてみると。
彼こそが遅れてきたもうひとりの生徒 ――
「けど、窓、開けてくれてありがとう! まじで助かった!」
「ほんとだ。なんで、夜中に、わざわざ山登ってきたの?」
「それが、
「へえ」
「校長先生、すげえ説教マンでさ。明日の朝もか、って思ったら怖くなって! 書き置き残して出てきたッ」
「夜の山でツキノワグマに遭遇するほうが、よっぽど怖いだろ」
「それ、登ってから気づいたッ」
なにがおかしいのか、大きな口を開けて
それから彼は、声をひそめた。
「だけど、ダンジョンには遭遇した」
「は? また? この山で?」
「うん。俺、なんかよく、ダンジョンに
「あー、ぼくも…… お互い、たいへんだな」
「そうそうッ。離れなきゃいけないのはわかってるけど、入ってみたくもなって、たいへんだよな!」
そっちの大変かよ。
なんか、こいつとは友だちになれそうな気がしない……
ところが、
「俺はガマンしたけどさッ、入っちゃった勇者、いるかも」
「へ!?」
「入口にハンカチ落ちてたッ」
「それ、大変じゃん!?」
もし戦闘特化スキルのない一般人がダンジョン発生に巻き込まれたら、ほぼ確実に生命を落とす…… ぼくの父も、そうだった。
ダンジョン発生に巻き込まれるのは珍しい話じゃないけど、身近でこれ以上、そんなことがあってほしくない。
「ちょっと鷹瀬先生に連絡…… は、時間外か」
学校用の電話がつながるのは、朝の7時半から午後6時まで。それ以外の時間に用件がある場合は直接、部屋までくるように言われたけど…… 夜中の女子寮、侵入しにくさSSS級。
―― 行くか。ぼくたちだけで。
「そのダンジョン、案内してくれる?」
「おッ、そうくるかッ! いいねいいねッ、行きましょ!」
ぼくたちは、ダンジョンに入る準備を始めた。
念のための携帯用食糧、水、有毒ガス等対策のマスクとゴーグル。
もちろん、専用の
それから、
突発的なダンジョン駆除の際に連絡を入れるよう 『入学の手引き』 に書いてあったからね。
もっとも、原則は 『発生に巻き込まれてやむを得ない場合以外は、突発ダンジョンを見つけたら、まず先生に報告し、指示に従いましょう』 とされているんだけど…… いまは夜中だし、しかたない。
「よし、準備完了だな」
「出発ぅ!」
弦木、ほんとノリのいいやつだ。
―― ぼくたちはベランダを乗り越え、外に出た。
たしかにダンジョンは近そうだ。
夜の山の濃い土と木の匂いのなかに、錆びた鉄とホコリの混じったような魔界の異臭が、かすかに漂っている。
「こっち、こっちッ」
弦木について、しばらく歩く。
魔界のにおいが濃くなってきたと思ったら、とつぜん、目の前に崖が現れた。人が2、3人通れそうな穴が、ぽっかりあいている ―― 洞窟ダンジョンか。
入口には弦木が言ったとおり、ブランド物のハンカチが落っこちてる。
ぼくは首をかしげた。
「女子かな」
「かなッ? なんでこんな夜中にッ!?」
「おまえがいうか?」
「や、さっきはッ! 迷惑かけて、すまんかったッ」
「それ、弦木のDEW?」
「そッ。こっちのタブレットとセットでな」
「こんなんで絵描けるかッ、思ったけど、意外と描きやすいんだ!」
「へえ…… 絵描きなんだ」
「そッ! じゃ、はいりますか!」
ぼくたちはモノクルマイクを装着し、スイッチを入れる。さすがにこんな夜中じゃ、視聴者は少ないか……
だが、昼の廃墟ダンジョン掃討で、感動エネルギー・ゲージは満タン。その上にはテロップも、ちゃんと出ていた。
【防衛芸術高校ノースキル科 /
緊急生配信! 夜中のダンジョン攻略!?】
「すごっ…… NHDKのスタッフさん、夜中に、どうもありがとうございます」
【どういたしまして】
画面の下のテロップで、返事された……
【あれ? ツルギがいる?】
テロップと一緒に、
ツルギは 「はじめましてッ」 と画面に向かって手を振った。やっぱり、ノリがいい。
「遅れてやってきた男、ツルギです! 好物はカツカレー! よろしくお願いしゃあっす!」
【カツカレー好きなんだww よろしく】
「えー、では、さっそくッ……
ここのダンジョンは、俺がさっき見つけたんすけど、どうも、誰か巻き込まれたらしくてですね? 人助けのために、ノブちんと一緒に潜りますッ」
【がんばってください】
「あざまっす!」
コメント欄もだいたい、歓迎ムードだ。
昼に、ノースキル科だけでダンジョンクリアしたのが効いてるんだろう。
「じゃッ、洞窟ダンジョン制覇、開始っす!」
ツルギは 「送信!」 とタブレットをタッチした。
とたんに、タブレット画面から、光り輝くなにかが飛びだしてきた ――
洞窟内が、いっきに明るくなる。
コメント欄も、いっきに賑わいをみせた。
>> 召喚だと!?
>> おおお金髪ミニ美少女!
>> フェアリー?
>> 50いいね 達成しました
洞窟内を明るく照らしながら飛んでいるのは、50cmくらいの女の子だ。
透明な羽と
ツルギのドヤ顔が、一瞬、画面に映される。
「えーと、ライトと小さなモンスター
>> オニヤンマww
>> モンスター食べんの?
>> やだww
「えー、この 『描画用タブレット』 が俺のDEWで、付与スキル? は 『
>> なんだww
>> いや普通にDEWぱねぇ
>> 恐ろしい子!
>> デッサン狂ってる
>> やっぱノースキルはダメだな
>> じゃあおまえ、あれかけるのかよ?
視聴者が増えるとアンチも出てくるな、やっぱり。
「気にするなよ、ツルギ」
「おけー!」
>> 150いいね 達成しました
ぼくたちは、フェアリーを先頭に洞窟ダンジョン内を進んでいった ――