ぼぉぉぉっ……
オニヤンマ・フェアリーが、襲いかかってきたサソリ型モンスターに向かって炎を吐いた。
モンスターは逃げる暇さえなく、炎に焼かれ、崩れていく ――
ツルギがひょい、とドロップアイテムをつまんだ。
「おっ、サソリの黒焼き、ゲットぉ!」
「なにに使うんだ、そんなもん」
この洞窟ダンジョン。初心者向けのモンスターがそこそこいるんだが、ぜんぶ、ツルギが
便利なんだけど、そのたびに少しずつ、感動エネルギー・ゲージが減っていくのが気になる。
最初は少し入ってた
なにかして、
けど…… 焦ってパフォーマンスしたあげくにスベっちゃうと、恥ずかしい。
しかたなく、ぼくとツルギは、のんびりコメント欄と雑談しながら進んでいく。
>> 便利だな召喚
>> だが……退屈だ
>> ひますぎ
「ごめんなッ、みんな! いきなり、超使えるフェアリーなんて召喚しちゃって!」
「メンタル強いな、ツルギ……」
>> ミウたんに歌ってほすぃ
>> ミウたんは?
>> 女王様はお休み中ですww
>> いや調教中かも
>> わいも踏んでほすぃ
>> サエリたんもいないな
>> 王女さまはお休み中でいらっしゃいます
>> 寝顔見守りたい
>> わかりみ
>> わかりみしかない
「サエリたんに比べるとミウたん、扱いひどくね? どんな子たち?」 と、ツルギ。
「うーん。明日には会えるわけだし、ぼくは、ノーコメントで」
>> ノブちんが保身に走ったw
「当然ですよ、そんなの」
>> ww
>> センセーなにしてるん?
「あっ、先生には…… 言わずに出てきちゃいました」
>> 怒られるぞww
>> それな
>> あぶない
>> まあ魔王になれるやついるからww
>> 厨2魔王
「やめてくださいよ……」
ツルギが不思議そうな顔をぼくに向けた。
「魔王? ノブちんが?」
「ああ、ぼくのDEWが 『革の本』 で……」
>> キレたら魔王になる
>> 無能とパーティーを追放された記録係、実は魔王だった件
>> 厨2だけどなww
ぼくとコメント欄で、昼間のダンジョン制覇のことをツルギに説明する。
「えっ、なにそれ!? ガチで魔王になんの!? 最強じゃん!」
「いやまあ、成功確率、低いから……」
「見たい! 見たい! 見せろ!」
「うーん…… まあ、また機会があれば、たぶん?」
「みなさんッ ノブちんがぶちキレて魔王覚醒するアンチコメント、お願いしゃあすッ!」
>> 無能
>> 無能
>> 無能
>> 無能
>> 死んだ目w
「いや、さすがにこの流れではムリだって」
特になにごともなく、洞窟ダンジョンの最奥に近づいたとき。
なにか悲鳴のようにも聞こえる音色が、かすかに流れてきた ――
「バイオリンかな?」
「わからん! けどそうじゃねッ?」
かすかに聞こえる音色は、ぼくとツルギが洞窟ダンジョンの最奥部に近づくにつれ、大きくなってきた。
耳の痛くなるような高音で、速いパッセージが繰り返されている。
「なんか攻撃的だよね」
「それなッ…… これ、高確率でDEWじゃね?」
「でもノースキル科は、ツルギで最後のはず…… しかも、2人いない?」
「だなッ 2重奏っぽい!」
俺とツルギは耳を澄ませた。高い音がいくつか、凄まじい速さで渦を巻き、そこに弦を爪ではじくような音が加わる …… ひとりでひいているとは、とても思えないんだが。
コメント欄は 『違w 1人だってww』 『いや二重奏だろ?』 の2派に別れている。
>> 重音
>> だから2人だろ?
>> スキル持ちじゃね?
>> なんでここにスキル持ちがいるんだよ
>> しかも夜中やし
>> 重音≠重奏な
コメント欄の争いを見ながら、さらに進む…… ふいに、なにかが腐ったような臭いが強くなった。
ラスボスかな? そろそろダンジョンも最奥だし。
―― ほら、いた。
しゅぅぅぅぅぅ…… しゅうううううう……
それっぽい、スプレーの噴射音を大きくしたような鳴き声。
フェアリーの灯りに照らされていた地面に、巨大な影がよぎる。
影の主は、3つの頭をもつ蛇 ―― 頭のひとつひとつが、ぼくたちなど丸呑みしてしまいそうなほど、大きい。
もたげた鎌首から、それぞれに、腐ったような臭いの息を漏らしている。
禍々しいまでに6つの赤い目と、チョロチョロと出入りする3つの長い舌、見え隠れする牙 ―― それらが狙っているのは、背の高い女子だった。
年齢は、ぼくやツルギより少し上っぽい。ふわっとした長い髪。涙袋の大きい、ぱちっとした目に、通った鼻筋、大きめの口 ―― もし日常生活で出会ったなら、おそらくぼくは 『自信が服着て歩いてる』 と思っただろう。
けど、いまなら 『闘志がバイオリンを奏でている』 だな。
彼女はひとり、クリスタルのバイオリンをかまえ、ひたすら右腕を動かしていた。左手が、目にも止まらぬスピードで弦の上を走る。
耳の鼓膜から頭にキリキリと突き刺さるような、高音・高速のパッセージがつむがれていく。
その音色にあわせるように、バイオリンから虹色の光が放たれ、大蛇を撃つ。
「すご……」
「けどッ ダメージほっとんど、なくねッ!?」
大蛇が彼女を攻撃できないのは明らかに、その演奏のおかげだろう。
だが弦木の言うとおり、大蛇を倒すには程遠い感じがする ―― と、ここで。
画面左上のテロップが、変わった。
【防衛芸術高校ダンジョン生配信/
緊急コラボ! 本科エース&ノースキル科新入生!】
【本科(ダンジョン駆除科)/
キセ(新3年生)】
「エースなんだ……」 「なぬッ スキル持ちかッ!?」
ぼくとツルギは、ほぼ同時に呟いた。
―― 防衛芸術高校には2コースある。 『ノースキル科』 と、芸術系スキル持ちの生徒が通う 『ダンジョン駆除科』 通称 『本科』 だ。
ノースキル科は山の中で寮生活だが、ダンジョン駆除科は
「こんなところで、会うなんて」
「てかッ、こんっなとこで! なにしてんだキセちゃん!?」
「それな」
コメント欄にはキセの視聴者が流れてきているようだ。
>> コラボってなに?
>> キセ様だけでいいのに
>> 無能に用はない
ツルギが口笛を吹いた。
「おっ、固定ファンがいるッ…… さっすが本科新3年・エース!」
「ツルギのメンタルが強すぎる」
>> うるさいぞ無能ども
>> 無能は黙ってみてろ
>> キセ様の邪魔すんなよ、無能ども
「だってさ…… どうする、ツルギ?」
「うーんッと…… キセちゃんのDEWの疑似スキルなにか、知ってるひと?」
>> 千弦の音色
>> 羨ましがっていいぞ無能ども
>> キセ様は、どんな曲でも弾きこなせるすごいスキルをお持ちだ!
「おッ、すごいっすね! うらやまッ! ねー、ノブちん!?」
「ツルギ、ノリの良さが自尊心超えてるな……」
と、ここで。ぼくたちノースキル科の配信を最初から見てくれていた自衛隊の
>> キセファン傾聴力ぜろ
>> 質問はDEWスキルだろ
>> エースのファンどもが無能すぎて草
>> いま言おうと思ってたんだよ!
>> たしか、絶妙絶音 だったかな
>> キセキのDEWスキル
>> いいか、よく聞け…… キセ様のクリスタル・バイオリンは音波を操る
>> モンスターの鼓膜から入った音波が、脳を破壊し行動不能にするのだ!
>> じゅうぶんに発達した科学は魔法と区別がつかない
「あッ、なるほどッ! 俺、いまいち攻撃が効かないわけ、わかっちゃった!」
>> 無能がなに言ってる
>> 負け惜しみってやつかww
>> いいか、つまり、あの大蛇の脳内では、キセ様の音波が暴れまくってるとこなんだよ!
「いやー、それ、無いと思うッす!」
「キセさんのファンの前で、それ言えるツルギが怖い」
やっぱりというべきか、ツルギの発言のせいでコメント欄は大荒れだ。
ぼくたちの視聴者パイセンがた、入る余地、なし。
が……
非難コメントの嵐にもめげることなく、ツルギはこう、言い放ったのだった。
「だって、蛇には耳が、ないッすから!」
―― コメント欄が、急激に、静かになった。
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