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第12話 洞窟ダンジョン、徹底制覇(3)

 キリキリと突き刺すようなバイオリンの音色は、途絶えることなく続いている。

 闘争心と、極端の集中 ―― 大蛇と対峙するキセを眺めながら、ぼくは呟いた。


「蛇には耳がない…… そうか」


「そッ! 耳がなきゃ、音波、脳内に入れねーよなッ」


 ツルギが無駄にサムズアップしてみせたせいか、コメント欄には再び嵐が吹き荒れている。


 >> うわw キセファン恥ずww

 >> 音波攻撃だ!(どやぁ)←耳がないから無効でーすww

 >> 草生えまくる


「あッ、俺! そんなつもりじゃねっす!」


 ツルギが慌てて訂正する。


「外側から、ちょっとは攻撃してるっすよ、たぶん!」


 >> ちょっとww

 >> フォローになってないw


「ええッ フォローになってないっすか……!?」


「まあ、どっちにしても、ぼくたちが助けなきゃ無理だと思う、あれ」


 >> お ついに魔王覚醒

 >> 厨2魔王キターーー!


「いや、まだちょっと無理…… ごめんなさい」


 >> 気にすんな

 >> 違 ノブちんがキレるまでディスらなきゃw

 >> 無能

 >> the 無能ist of 無能

 >> 厨2ww


「すみません、みなさん。狙いがわかってるせいで、ちょっと」


「おまえのかあちゃんでべそ」


「それはツルギ、方向性が違う」


「ぜいたくなやつだなッ!?」


「ちょっと待って。考えるから」


 ぼくは専用DEW 『革の本』 をざっと読みなおしてみた。

 この洞窟ダンジョンに入ってからの記録は、正確にできている…… ダメ元で、やってみるか。


『ぼくは記憶の封印を解く。

 目覚めよブエゴわが忌まわしきクェゴス前世のアンモルズ記憶よミラディオ……!』


 ぼくは、しばらく待った…… が、なにごとも起こらない。

 ―― いちおう、前世の記憶はあるのになあ……

 『魔王』 として覚醒するためには、やっぱり、ぼく自身の感情がもっと動かなきゃ、ってことか。

 視聴者のみなさんが言ってるように 『キレ散らかす』 とか。


「…… やっぱり、ダメみたいです」


 >> 気にすんな

 >> 使えないヤツ

 >> やはり無能

 >> 名前負け

 >> ↑言ってやるなよ

 >> ノブちんがキレるまでみんなでディスるしかないんじゃ?

 >> ノースキルはやっぱ役立たずだなw

 >> キセ様が勝つの正座待機中

 >> ↑こういうヤツが推しをコ□すww


 どうも、ダメだ……

 昼の廃墟ダンジョンと同じようなことを言われているが、慣れてきたせいか、それとも狙いが見えるせいか、なに言われても、そんなに腹が立たない。

 筆力だけで魔王を覚醒させるの、いまのぼくには無理だし…… そうだ。


「ツルギ、なんか強そうなの、タブレット召喚してよ。ぼくが 『革の本』 で強化してみるから」


「えーと? つまり、属性付与って感じかなッ?」


「そうそう。相談しながら進めれば、召喚モンスターを強化できる…… かも。たぶん」


 >> 自信なさげだなww

 >> ここで自信たっぷりならバカ


「おけ。蛇の天敵っていや、やっぱ、マングースかなッ!」


 ツルギが、タブレットにタッチペンを走らせる……

 同時にぼくも 『革の本』 に記入を始めた。


『まるっこい顔に小さな目、黒い鼻、口 ―― 愛嬌のある顔は、まさにマングース。

 ただのマングースじゃない。キセの攻撃音を聞かないよう、耳がないのだ。

 そのうえ、背中には翼が生えている。空中を敏捷に移動できる、鷲の翼だ。

 ツルギは翼つきマングースを次々と描いていく……』


「群れなんだ?」


「そッ。蛇の頭が3つだから、×かける2で6体。あと、リーダー役1、遊撃役3で計10体なッ」


 説明してくれているあいだも、ツルギの手は休まることがない。


 >> ツルギ、なにげにすごくね?

 >> デッサン狂ってるw

 >> しょせんノースキル

 >> スキル持ちならもっと速く描ける

 >> まあ、すごいほうじゃね?

 >> ノースキルにしては

 >> ノブちんよりは役だってる

 >> いやノブちんは魔王になればいーんだよ


 ああもう。

 この際だ、コメント欄はスルーしよう。

 ぼくは、ツルギの手元を確認した。


「集団で狩りするマングースなんだ。頭、よさそうだな」


「おう。たぶんなッ」 


「よし、じゃあ…… ぼく専用のDEW 『革の本』 、魔王になる以外の方法で使ってみます!」


 とたんに配信画面が3分割になった。

 左半分がキセvs.大蛇、右上半分がツルギのイラスト、下半分にぼくの 『革の本』 のページが映し出される。


 >> おww

 >> がんばれノブちん

 >> 期待せずに見守るww


「あーまあ、どうも…… あとスタッフさん、素早い対応ありがとうございます」


 【どういたしまして】


 画面下に出たテロップが消えると、ぼくは再び 『革の本』 に記入を始めた。


『翼マングースは10体。彼らは耳がないがテレパシーで会話し、群れで攻撃する。蛇毒に耐性があり、また皮膚は、蛇の牙がとおらないほど硬い。

 牙は鋭く、ひと噛みで蛇の肉を食い破る。

 前肢のパンチは強烈で、蛇の頭蓋を叩き割ることさえ可能……』


「おッ、いいね、ノブちん! あと、口から高温の炎を出すって書いといて!」


「やってみる…… ドラゴンみたくなってきたな」


「それいいッ! じゃ、こいつらをマングース・ドラゴンズと命名しよう!」


 描き終えたツルギが、タブレットの送信ボタンを押す。


「出でよッ! 我がしもべ、マングース・ドラゴンたちッ! 目の前の大蛇を狩り尽くせッ」


 >> 500いいね 達成しました


 >> 厨2で草

 >> 若いなあww

 >> 違 最近の若者は厨2じゃない

 >> 厨2はいまやおっさん世代

 >> いや若者も好きだってw 本音はw


 コメント欄に厨2談義が花開くかたわら。


 ごぉぉぉぉっ…… 


 タブレットから風が巻き起こり、10体のマングース・ドラゴンズが次々と飛び立つ。

 そのまま一直線に大蛇のほうへ……


「あッ」 「しまった」


 ツルギとぼくの呟きが、かぶる。

 絶妙なタイミングで、画面下にテロップが貼られ、ぼくたちの顔が大写しになった。


【感動エネルギーゲージがゼロに……】


 >> wwww

 >> ウケるw 


「属性盛りすぎたか」


「あと、ドラゴンズ出しすぎたかもッ……」


「まあ…… ゲージ0になっても、ドラゴンズ召喚獣が消えたりしないのがわかって、よかったよ……」


「とにかくッ、なんとかしよ!」


 ツルギが画面にむかって大きく手を振る。 


「あッ! みなさーん! 俺ら、超! ヤバいんで! このピンチに少しでもドキドキハラハラした人は、いいねやコメントください! 待ってますッ!」


「ツルギ、ほんとメンタル強い…… けど! お願いします!」


 >> えっ

 >> えええ……

 >> 芸なさすぎ

 >> すぐクレクレに走るとか 

 >> 芸術高校なのにw


「うわッ、塩対応か……」


 >> 判断が甘い

 >> ほれ ☆500エネ注入しました☆


「あ、パイセン! ありがとうございます」


「あざまッす! あざまッす! あざまッす!」


 ぼくとツルギは画面に向かって頭を下げた。


 >> うそ課金者でた 

 >> 感動をお金で現す時代w

 >> いったいなにに感動したんや

 >> ガビーンってなった若者の顔にだが?

 >> どSだw

 >> Sがいたww


 マングース・ドラゴンたちは、蛇への攻撃を開始した。500エネは有難いけど、有効な攻撃をするには足りない。それにまた、ゲージがじりじりと減っていている。

 けど ―― コメント欄をみる限りでは、ほかの視聴者からのいいねや投げ銭は、期待できそうにない。

 ツルギと俺は、ぼそぼそ相談する。


「ドラゴンズに蛇の足止めしてもらってるあいだにさッ…… キセちゃんに事情説明して、なにか感動しそうな演奏でも、してもらうッ?」


「いや…… コラボしてても、感動エネルギーゲージは、別っぽくないか? ノースキル科と本科で」


「がーんッ ほんとだッ……!」


 ツルギは 「詰んだッ」 と頭を抱えた。


「それよりツルギが画、かいたほうがいい」


「ダメなのよッ! 比べられちゃうだけだからぁッ」


「ああ……」


 ツルギはちゃかして言ってくれてるが、心情を考えると反応に困る……

 ―― ツルギのイラストを見たら、わかる。

 好きで描き続けてなきゃ、ここまで描けるわけがない。

 なのに、どうしたって絵画系の才能スキル発現者にはかなわないのだ。

 …… きっと、ことばにできないほど悔しい思いを、たくさんしてきてるだろう。

 そんなツルギに、これ以上 『感動いいね・コメントを集めるために描いて』 とか、言えない ――


 やっぱり、ぼくが魔王になるしかないか。

 こんどは、めちゃくちゃ腹立つことを思い出して、覚醒できるか、やってみよう。


 ぼくが 『革の本』 の新しいページを開いたとき。

 ぽんっ

 ツルギとぼくの肩に、黒い手甲ハンドガードをはめた手が、ひとつずつ、載せられた。


「ですから、あなたがたは、この高校で、しっかり学んで、手に入れてくださいね ――」


「鷹瀬先生……」 「あッ! 先生ッ!?」


 鷹瀬先生はぼくたちから離れると、スーツのスカートの裾からナイフを引き抜く。


 >> センセーだ!

 >> センセーすこ


 >> 700いいね 達成しました


「―― 才能スキルがなくても、あなたがたでなくては…… 『ノブナガさんでなくては』 『ツルギさんでなくては』 と、視聴者のみなさんに思ってもらえる、なにかを」


 鷹瀬先生が腕を振る。

 銀の軌跡が、まっすぐに大蛇の赤い目に、突き刺さった。

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