キリキリと突き刺すようなバイオリンの音色は、途絶えることなく続いている。
闘争心と、極端の集中 ―― 大蛇と対峙するキセを眺めながら、ぼくは呟いた。
「蛇には耳がない…… そうか」
「そッ! 耳がなきゃ、音波、脳内に入れねーよなッ」
ツルギが無駄にサムズアップしてみせたせいか、コメント欄には再び嵐が吹き荒れている。
>> うわw キセファン恥ずww
>> 音波攻撃だ!(どやぁ)←耳がないから無効でーすww
>> 草生えまくる
「あッ、俺! そんなつもりじゃねっす!」
ツルギが慌てて訂正する。
「外側から、ちょっとは攻撃してるっすよ、たぶん!」
>> ちょっとww
>> フォローになってないw
「ええッ フォローになってないっすか……!?」
「まあ、どっちにしても、ぼくたちが助けなきゃ無理だと思う、あれ」
>> お ついに魔王覚醒
>> 厨2魔王キターーー!
「いや、まだちょっと無理…… ごめんなさい」
>> 気にすんな
>> 違 ノブちんがキレるまでディスらなきゃw
>> 無能
>> the 無能ist of 無能
>> 厨2ww
「すみません、みなさん。狙いがわかってるせいで、ちょっと」
「おまえのかあちゃんでべそ」
「それはツルギ、方向性が違う」
「ぜいたくなやつだなッ!?」
「ちょっと待って。考えるから」
ぼくは専用DEW 『革の本』 をざっと読みなおしてみた。
この洞窟ダンジョンに入ってからの記録は、正確にできている…… ダメ元で、やってみるか。
『ぼくは記憶の封印を解く。
ぼくは、しばらく待った…… が、なにごとも起こらない。
―― いちおう、前世の記憶はあるのになあ……
『魔王』 として覚醒するためには、やっぱり、ぼく自身の感情がもっと動かなきゃ、ってことか。
視聴者のみなさんが言ってるように 『キレ散らかす』 とか。
「…… やっぱり、ダメみたいです」
>> 気にすんな
>> 使えないヤツ
>> やはり無能
>> 名前負け
>> ↑言ってやるなよ
>> ノブちんがキレるまでみんなでディスるしかないんじゃ?
>> ノースキルはやっぱ役立たずだなw
>> キセ様が勝つの正座待機中
>> ↑こういうヤツが推しをコ□すww
どうも、ダメだ……
昼の廃墟ダンジョンと同じようなことを言われているが、慣れてきたせいか、それとも狙いが見えるせいか、なに言われても、そんなに腹が立たない。
筆力だけで魔王を覚醒させるの、いまのぼくには無理だし…… そうだ。
「ツルギ、なんか強そうなの、タブレット召喚してよ。ぼくが 『革の本』 で強化してみるから」
「えーと? つまり、属性付与って感じかなッ?」
「そうそう。相談しながら進めれば、召喚モンスターを強化できる…… かも。たぶん」
>> 自信なさげだなww
>> ここで自信たっぷりならバカ
「おけ。蛇の天敵っていや、やっぱ、マングースかなッ!」
ツルギが、タブレットにタッチペンを走らせる……
同時にぼくも 『革の本』 に記入を始めた。
『まるっこい顔に小さな目、黒い鼻、口 ―― 愛嬌のある顔は、まさにマングース。
ただのマングースじゃない。キセの攻撃音を聞かないよう、耳がないのだ。
そのうえ、背中には翼が生えている。空中を敏捷に移動できる、鷲の翼だ。
ツルギは翼つきマングースを次々と描いていく……』
「群れなんだ?」
「そッ。蛇の頭が3つだから、
説明してくれているあいだも、ツルギの手は休まることがない。
>> ツルギ、なにげにすごくね?
>> デッサン狂ってるw
>> しょせんノースキル
>> スキル持ちならもっと速く描ける
>> まあ、すごいほうじゃね?
>> ノースキルにしては
>> ノブちんよりは役だってる
>> いやノブちんは魔王になればいーんだよ
ああもう。
この際だ、コメント欄はスルーしよう。
ぼくは、ツルギの手元を確認した。
「集団で狩りするマングースなんだ。頭、よさそうだな」
「おう。たぶんなッ」
「よし、じゃあ…… ぼく専用のDEW 『革の本』 、魔王になる以外の方法で使ってみます!」
とたんに配信画面が3分割になった。
左半分がキセvs.大蛇、右上半分がツルギのイラスト、下半分にぼくの 『革の本』 のページが映し出される。
>> おww
>> がんばれノブちん
>> 期待せずに見守るww
「あーまあ、どうも…… あとスタッフさん、素早い対応ありがとうございます」
【どういたしまして】
画面下に出たテロップが消えると、ぼくは再び 『革の本』 に記入を始めた。
『翼マングースは10体。彼らは耳がないがテレパシーで会話し、群れで攻撃する。蛇毒に耐性があり、また皮膚は、蛇の牙がとおらないほど硬い。
牙は鋭く、ひと噛みで蛇の肉を食い破る。
前肢のパンチは強烈で、蛇の頭蓋を叩き割ることさえ可能……』
「おッ、いいね、ノブちん! あと、口から高温の炎を出すって書いといて!」
「やってみる…… ドラゴンみたくなってきたな」
「それいいッ! じゃ、こいつらをマングース・ドラゴンズと命名しよう!」
描き終えたツルギが、タブレットの送信ボタンを押す。
「出でよッ! 我がしもべ、マングース・ドラゴンたちッ! 目の前の大蛇を狩り尽くせッ」
>> 500いいね 達成しました
>> 厨2で草
>> 若いなあww
>> 違 最近の若者は厨2じゃない
>> 厨2はいまやおっさん世代
>> いや若者も好きだってw 本音はw
コメント欄に厨2談義が花開くかたわら。
ごぉぉぉぉっ……
タブレットから風が巻き起こり、10体のマングース・ドラゴンズが次々と飛び立つ。
そのまま一直線に大蛇のほうへ……
「あッ」 「しまった」
ツルギとぼくの呟きが、かぶる。
絶妙なタイミングで、画面下にテロップが貼られ、ぼくたちの顔が大写しになった。
【感動エネルギーゲージがゼロに……】
>> wwww
>> ウケるw
「属性盛りすぎたか」
「あと、ドラゴンズ出しすぎたかもッ……」
「まあ…… ゲージ0になっても、
「とにかくッ、なんとかしよ!」
ツルギが画面にむかって大きく手を振る。
「あッ! みなさーん! 俺ら、超! ヤバいんで! このピンチに少しでもドキドキハラハラした人は、
「ツルギ、ほんとメンタル強い…… けど! お願いします!」
>> えっ
>> えええ……
>> 芸なさすぎ
>> すぐクレクレに走るとか
>> 芸術高校なのにw
「うわッ、塩対応か……」
>> 判断が甘い
>> ほれ ☆500エネ注入しました☆
「あ、パイセン! ありがとうございます」
「あざまッす! あざまッす! あざまッす!」
ぼくとツルギは画面に向かって頭を下げた。
>> うそ課金者でた
>> 感動をお金で現す時代w
>> いったいなにに感動したんや
>> ガビーンってなった若者の顔にだが?
>> どSだw
>> Sがいたww
マングース・ドラゴンたちは、蛇への攻撃を開始した。500エネは有難いけど、有効な攻撃をするには足りない。それにまた、ゲージがじりじりと減っていている。
けど ―― コメント欄をみる限りでは、ほかの視聴者からの
ツルギと俺は、ぼそぼそ相談する。
「ドラゴンズに蛇の足止めしてもらってるあいだにさッ…… キセちゃんに事情説明して、なにか感動しそうな演奏でも、してもらうッ?」
「いや…… コラボしてても、感動エネルギーゲージは、別っぽくないか? ノースキル科と本科で」
「がーんッ ほんとだッ……!」
ツルギは 「詰んだッ」 と頭を抱えた。
「それよりツルギが画、かいたほうがいい」
「ダメなのよッ! 比べられちゃうだけだからぁッ」
「ああ……」
ツルギはちゃかして言ってくれてるが、心情を考えると反応に困る……
―― ツルギのイラストを見たら、わかる。
好きで描き続けてなきゃ、ここまで描けるわけがない。
なのに、どうしたって絵画系の
…… きっと、ことばにできないほど悔しい思いを、たくさんしてきてるだろう。
そんなツルギに、これ以上 『
やっぱり、ぼくが魔王になるしかないか。
こんどは、めちゃくちゃ腹立つことを思い出して、覚醒できるか、やってみよう。
ぼくが 『革の本』 の新しいページを開いたとき。
ぽんっ
ツルギとぼくの肩に、黒い
「ですから、あなたがたは、この高校で、しっかり学んで、手に入れてくださいね ――」
「鷹瀬先生……」 「あッ! 先生ッ!?」
鷹瀬先生はぼくたちから離れると、スーツのスカートの裾からナイフを引き抜く。
>> センセーだ!
>> センセーすこ
>> 700いいね 達成しました
「――
鷹瀬先生が腕を振る。
銀の軌跡が、まっすぐに大蛇の赤い目に、突き刺さった。