シャァァァアアアアッ……!
大蛇の3つの頭のうち中央のやつが、首をよじるように左右に振り、金属が擦れ合うような特有の声で、
片目に突き刺さったナイフの下から、だらだらと黒い血が流れ、
鷹瀬先生のナイフは的確に、大蛇の目を潰していく。
鳴りつづけるキセのバイオリンの音色にかぶさるように、蛇特有の威嚇音と異臭が、あたりに満ちた。
>> せんせー! ☆1000エネ注入しました☆
>> (*’ω’ノノ゙☆パチパチ
>> せんせー! ☆500エネ注入しました☆
>> せんせーすこ! ☆500エネ注入しました☆
>> (*’ω’ノノ゙☆パチパチ (*’ω’ノノ゙☆パチパチ ☆1000エネ注入しました☆
>> 1000いいね 達成しました
コメント欄、めちゃくちゃ盛り上がってるな……
それまで空っぽに近かった感動エネルギーゲージが、あっというまに満タンになった。
「先生、すご……」
「なに、あのひとッ!?」
ツルギがオーバーアクションでのけぞる。
鷹瀬先生は、ぼくとツルギを振り返った。
「トドメは、ノブナガさんとツルギさん。あなたがたが、さすんですよ」
>> せんせー!
>> わいも教えてほすぃ!
「わーりっしたッ、やりあっす!」
ツルギが 「いけ、マングース・ドラゴンズ!」 と、タブレット召喚した10体によびかけた。
「耳ないのに聞こえるの?」
「いやッ? たぶん、気分でッ」
ツルギのよびかけは聞こえなくても、ドラゴンたちが自分で判断したんだろう。
真っ赤な口を開き、いっせいに、大蛇に噛みつく。
厚い鱗でおおわれた皮を、鋭い牙が破り、黒い血が流れ出る。
したたり落ちた血が、しゅうっと地面を溶かす…… じかに触ると、危険だな。
大蛇は、はげしく身をのたうたせるが、マングース・ドラゴンズはびくともせず、その鎌首に牙を食いこませたままだ。
そのまま中央の頭に、遊撃隊のドラゴン3体のキックが炸裂。
ぐしゃり
頭が潰れた。
>> おっ
>> やるな
>> 1200いいね 達成しました
「やったッ…… えええ!?」
ツルギが喜ぶ声は、すぐに困惑に変わる。
潰れた頭の下から、新しい頭がはえてきたのだ…… マングース・ドラゴンズもびっくりしてるな。
シャァァァアアアアッ……!
新しい頭が、元気に首をふる。
「ねえッ、ノブちん! これ、どうしよう!?」
「モンスターは、核をぜんぶ潰さないと再生しちゃうんだよね」
「核!?」
「うん。
「なるほど、わかったッ」
>> さすが記録係!
>> ノブちん物知り!
>> 初めて役に立ったな
>> 1300いいね 達成しました
まあ、ぼくの知識というよりは、前世の魔王時代の知識だけどね。
ほんとは言いたくなかったけど、しかたない。黙って 『革の本』 に記入しても効果がないのは、経験済みだから。
「あああッ!?」
とつぜん、ツルギが両手でコメカミを押さえた。
「わかったけど、ピンポイントで核攻撃、どうやってさせればいいのッ!? ドラゴンズ、耳ないよッ!」
「ぼくの
「ノブちんッ! 救世主!」
「それは成功してから言って……」
ぼくは 『革の本』 のページをめくった。
さて…… はじめるか。
『マングース・ドラゴンたちの動きが、一瞬、とまる。
このとき、彼らはテレパシーを使っていた。
(噛みつくだけでは
マングース・ドラゴンたちは、いっせいに
ザハークの傷痕から黒い血が吹き出し、巨大な蛇の全身を濡らす。
マングース・ドラゴンたちの口から、青い炎が吹き出す ―― 最高火力だ。
火が、ザハークを覆いつくし、燃える。
キキキキキィィィィィッ……
断末魔の悲鳴。だが、マングース・ドラゴンたちは炎を緩めなない。
魚の焼けるようなニオイとともに、ザハークの皮膚と肉が焦げ、崩れさっていく…… 残るは、4つの、闇が凝ったような核のみ。
マングース・ドラゴンたちは、先を争うようにその核に殺到。あるものは蹴り、あるものは噛みつく。
核の表面に無数の傷が、できていく…… そこから、
かすかな音をたてて、4つの核はすべて、
成功……
『革の本』 に書いたとおりのことが、いま、ぼくの目の前で起きている。
なんでだろう。今回は、成功する予感がした。
この 『予感』 、けっこう重要かも。
「やったな、ノブちん!」
「お疲れ様です、ノブナガさん、ツルギさん」
ツルギがほくの肩をたたき、鷹瀬先生が笑顔を見せてくれた。
コメント欄からも、さすがにアンチは、ほとんど消えている。
>> やったっ!
>> おおお! ついに!
>> さすがキセ様
>> 生徒だけで!
>> けっきょくキセ様のおかげ
>> ツルギの画力あってこそ!
>> いや今回はノブちんのおかげじゃ
>> デッサン狂ってるけどなw
>> 見守るせんせーも尊かった
>> 使えたんだから何でもいい
>> お前らは気づいてなかったかもしれんが、せんせーは、生徒たちに飛んでくる血をぜんぶ払っておられた
>> みんなのおかげでいいじゃん
>> まじ? せんせーすご
>> とにかくよくやった
>> 2000いいね 達成しました
>> あ ダンジョン消える
>> よくやった
>> やっと寝られる
>> おれは夜勤だが
>> 夜勤中に動画鑑賞かw
>> 業務の一環だ
>> 自分、起こされた
>> わいも
>> 曹長どの!残業手当の申請は、ありですか?
>> あるわけない
>> きいておく
にぎわうコメント欄の背景では、洞窟がゆらぎ、次第に薄くなり、幻であったかのように消えていく……
かわりに現れるのは、夜のなかに沈んだ木々。枝の間から、星空が見える。
風が、ざあっと通りすぎた。
「これにて【北緯34.587024】【東経135.16856】発生ダンジョン【洞窟】、掃討完了しました」
鷹瀬先生が報告したとき。
とがった声が、近づいてきた。
「ちょっと! ノースキル科のみなさんが、わたくしの邪魔を、しないでくださる?」
おやすみモードに入りかけていたコメント欄が、また盛り上がる。
>> キセ様ついにキレた
>> いいぞもっと言ってやれ
>> てか、キセちゃんの言い方w
>> ガチのお嬢様キターーー!
>> わたくし!
>> 宮家かな?
>> キセ様は外国暮らしが長いんだ!
>> お嬢様
>> ガチガチ
>> ミウたんだってお嬢様だ!
>> 違 ミウたんは女王様
>> 禿同
コメント欄で不毛な論争が始まるなか、キセはぼくたちの前に立ちはだかった。
「ノースキル科の分際で、わたくしたち本科の実績を奪おうという、おつもりですの? ほんっと、あさましいこと!」
「いやッ、違うッす! 心配だったんすよ、おねーさんが!」
>> ツルギ距離近!
>> 天然タラシだww
>> やだキセ様に寄るな無能
>> 顔近づけるな、無能が移る!
>> こらっ、ノースキルがキセ様の手をとるな!
>> いや科学的にいえば、ウィルス感染・発症してるのはスキル持ちの我々のほうだが?
ツルギの手を、ばっとキセが振り払う。
ゴミを見るみたいな目…… ムカつくな。
「
「えッ、だって、おねーさんの攻撃、ほとんど効いてなかったッすよね? 蛇と音波攻撃は、相性が悪 「うるさいぃぃぃぃっ!」
キセがとつぜん、叫んだ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい 「おねーさんのほうが、うるさいッすよ!?」
「ツルギのメンタル、まじで最強だな」
「うるさいうるさいうるさいうるさ…… パンッ
鷹瀬先生がキセの目の前で、両手を打ち合わせた。
不意をつかれて、キセが口をつぐむ。
「生徒が報告・許可なく単独でダンジョン配信を行うことは禁じられています。事実、この2人が助けにこなければ、キセさんは危なかったのですよ」
「今回は、たまたま、わたくしのDEWが不利だっただけです! 普段なら、ノースキル科になぞ、負けませんことよ」
「ええ。今回も、キセさんの協力のおかげで、首尾よくモンスターの核を砕けたことは、認めます」
「わかっておられるなら、まあ…… 「ですが、キセさんひとりでは、勝てなかったのも事実です」
「そんなこと……っ」
>> いやまあ、それはそう
>> 蛇は耳、ないッすからww
>> バカいうな。キセ様なら、ひとりでも勝てたわ
>> キセ信仰がすごいww
「現実を認めたほうが、伸びますよ、キセさん」
「…………っ!」
鷹瀬先生が穏やかに言ったのが、なぜかキセには地雷だったらしい。
先生をにらみつける目に、涙がにじんでいる。
「そんなことっ……
叫ぶと、くるりと僕たちに背を向け、駆け出した。
「キセさん!」
鷹瀬先生が、あとを追う。
「先生は、キセさんを送っていきます! ふたりとも帰って、寝ていてくださいね」
「わかりました」
「先生、お疲れさあっす!」
―― 入学式までに、ふもとの街を観光してまわろう。防衛芸術高校の本校舎も、下見しとかなきゃな。
そんなことを話しあいながら、ほくとツルギは、連れだって寮に戻ったのだった。
―― 入学式は、4月9日。次の、水曜日だ。
(第1章・了)