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2#初心者の試練~入学直後~

第14話 入学式

 偉い人の挨拶ってなんで、こうも退屈なんだろう。

 良いことを言ってくれてるんだから一生懸命聞こう、とは思うんだけど…… いつのまにか、意識が落ちている。

 記念すべき、高校の入学式でさえ ――


 ぼくは、自分の頭がガクッと前に傾いたのに気づき、あわてて口のなかをかんだ。起きろ、ぼく。

 うしろの保護者席でみてる母親に、あとでなんて言われるか…… と思ったら。

 ものすごく小さい声が、ぼくの背後からかけられた。


(つかれるよなッ、ノブちん! 毎日、突発ダンジョンにうって。ないわー)


 うんうん。

 ぼくは返事のかわりに、小さくうなずいてみせた。

 ―― ぼくと、うしろに並んでる男ツルギは、なんと、チュートリアルの日以降、昨日まで5日連続でダンジョンの突然発生に巻き込まれたのだ。

 買い物をかねて観光に行った地元の街で3回。ここ、防衛芸術高校の本校舎下見の折に1回。

 そして昨日、ケーブルの駅で1回…… このままケーブルが動かなかったらどうしよう、と本気で心配したけど、ミウとサエリ、鷹瀬先生がすぐに駆けつけてくれて、なんとか制覇クリアできた。

 ―― ぼくの前世魔王体質で、ダンジョンを呼び込んでるのかもしれないが……

 それにしても、多い。


 エンドレスな校長先生の式辞が流れるなか、ツルギのぼやきは止まらない。


(入学式にまで、ダンジョン出てこなくて良かったよなッ)


 いや、それ言うのやめて!

 フラグすぎるよ……

 びくびくと周囲を見回す、ぼく。

 いまのところ、ダンジョン発生の気配はない…… 入学式くらいは無事に終わってほしいよ、ほんと。


〔次は、在校生代表・歓迎のことばです〕


「あッ……」 「げっ……」


 校長先生の話がやっと終わり、次に壇上に立った女子を見て、ぼくとツルギは思わず声をもらした。

(ちょっと男子! うるさいわよ!) とでもいうように、先頭にいたミウがキッとした視線を投げてくる。

 いや、でも。

 いま壇上に立った在校生代表は……

 女子にしては高い背と、ほんの少し色素の薄い、ふわっとした長い髪 ―― 間違いなく、本科の新3年エース・針河はりかわ希世きせこと、キセだ。

 初めて会った夜中の洞窟ダンジョンでも、ノースキル科に敵意をぶつけまくってたけど…… キセは、ここでもまた、ぼくたちをにらみつけている。

 気のせいじゃなく、かなり闘志にあふれている表情だ。

 ―― 先日、あの夜中の洞窟ダンジョン掃討のあと。キセは、上に連絡せずにひとりでダンジョンに入ったことを叱られ、反省文まで書かされたらしい。

 もしかしたら、そのことをまだ、怒ってるのかもな。キセの自業自得で、ぼくたちのせいじゃないとは思うけど。


〔新入生のみなさん! ご入学おめでとうございます……〕


 キセは台本を見ることなく、滑らかにことばを紡ぎ出した。

 が、その内容はあからさまに、ぼくたちノースキル科への敵意が込められたものだった。


〔今朝みなさんは、この防衛芸術高校の門を、熱い思いや決意を抱き、くぐったことでしょう。

 しかし、みなさんのなかには、素晴らしい芸術の才能スキルを持ちながら、なぜ、ダンジョン駆除を志すのか…… まだ、納得できていないかたもいらっしゃるかもしれません。

 わたくし自身、2年前にこの防衛芸術高校に入学したときには、迷いが残っていました……〕


(えッ ダンジョン駆除、楽しいよね? 迷う必要、なくねッ!?) と、めちゃくちゃ小声でツルギがつぶやく。

 たしかに、迷うなら普通の芸術学校に行けばいいのに…… 選び放題じゃないのか? 才能スキルがあるんだから。


〔―― しかし、普通の芸術学校にはない厳しい訓練やダンジョン駆除の実習を乗り越えていくうちに、わかってきたことがあります。

 もし、わたくしたちがほかの芸術高校に入学していたら、有事の際にできることはボランティアで慰問に回る程度です。非難を承知で敢えて言うならば、人々を守らねばならない事態になったとき、芸術は必須ではないのです〕


 (ええッ、そんなこと言っちゃっていーのッ!?) と、ツルギ…… いやダメだろ。

 これSNSにウッカリあげられちゃったら、各方面から叩かれそう。

 けど、キセの口撃はまだまだ、続くみたいだ。


〔―― ですが、防衛芸術高校で学んだわたくしたちは、芸術の才能スキルでもって、人を感動させると同時に、有事の際にも必要とされる人材となりうるのです。

 そうなれば、ホールに客を集めるだけの者になるより、よほど有意義だと思いませんか?〕


 どうもキセは、各方面に攻撃的なみたいだ…… だからこその、エースなのかもしれないけど。


〔そうです。わたくしたちは、アート芸術系スキル才能が社会に真に貢献できることを示す、挑戦者であり、開拓者なのです。

 ただし、今年から新設されたノースキル科については、また別です〕


(言っちゃったッ)

 ディスられてるのに明らかにキセを心配する口調…… ツルギって、大物だな。


〔―― 新入生のみなさんは、ノースキル科と同級生であることに、戸惑い、不安になることもあるかもしれません。

 そんなときは、迷わず、わたくしたち上級生を頼ってください。

 ひとこと言っておくならば、ノースキル科は単なる無能救済措置であり、倍率5倍の難関を突破してこの学校に入ったみなさんの、価値を下げるものではありません……〕


 だんの下で、鷹瀬先生がこぶしを握りしめるのが見えた。

 その隣にはもうひとり、鷹瀬先生よりももっと、こぶしを震わせてるでかいおっさん ―― 見たことないけど、ノースキル科の先生なのかな。

 いまのキセの挨拶で、この学校でぼくらノースキル無才能者がいかにアウェーなのかがわかったところだけど…… 怒ってくれる大人も、いるんだ。


〔―― 新入生のみなさん、ようこそ、防衛芸術高校へ!〕


 最後までノースキル科を無視したキセの挨拶が終わったあとは、教職員の紹介だ。

 ひとりひとりが順に、短い祝辞を述べ頭を下げていく ―― 鷹瀬先生の前は、さっきキセの挨拶に怒ってくれてた、でかいおっさんだ。


〔副校長・ノースキル科主任 儺鎗なやり尊勝たかかつ先生〕


 すごい名前だな。

 なんとなくそう思ったら、儺鎗なやり先生の挨拶は、もっとすごかった。


「えー、ノースキル科の新設について、一部に誤解があるようなので、この場を借りて説明させていただきますと……」


 隅っこで司会の先生があわててサインを送る (たぶん 「時間!」 って言ってる) が、儺鎗なやり先生は止まらない。


「近年の文化は、才能スキルに頼りきった表層的なパフォーマンスを 『芸術』 と見なす風潮に汚染されており、それは本校の生徒も例外ではないようでありますが」


 儺鎗なやり先生、はっきり、さっきのキセの挨拶をあてこすってる……

 ツルギの (ナヤたんッたら!) という小さなつぶやきが、ちょっと嬉しそうだ。


「そもそも、芸術の本質とは 『魂の共鳴』 であるとともに 『自由』 であり 『啓蒙』 でもあるものです」


 (つまりッ!?)

 ツルギが息だけの声で、ノリよく合いの手を入れる。


「すなわち芸術は、人に寄り添い、解放し、新たな価値観をもたらす…… それは本来は、才能スキルに恵まれておらずとも万人が行える、いとなみであったはずなのです」


〔あの…… 失礼ですが、先生、時間が……〕


 ついに司会が儺鎗なやり先生の演説をさえぎった。

 それを 「あと少しで終わるから」 と軽くいなし、儺鎗なやり先生は話し続ける。


才能スキルではない。芸術がいとなみであるからこそ、それは人の心の奥底まで揺り動かし、深く感動させるのです。

 我々がノースキル科の新設に踏み切った理由は、まさにここにあります。

 ノースキルだからこそ、才能スキル持ちよりも、感動エネルギー対応型のD指向性EエネルギーW兵器をより効率的に使える可能性が 「そんなの、あるわけありませんことよ!」


 ふいに、参列者席から、とがった声があがった…… キセだ。


「そこまで、おっしゃるのでしたら先生! 本科のわたくしたちと、ノースキル科で競争しようではありませんこと!?」


「それは、ここですぐには、決められませんね」


「もし! ノースキル科が、わたくしたちに負けましたら、ノースキル科は取り潰し、ということで、いかがです!?」


(わぁおッ…… って、キセ! いったいなにもの!?)


 ツルギが呟く気持ちはわかる…… ほんと、なにものなんだ、キセ。

 ―― と、ここで。

 ふいに、ぼくの前にいたサエリが、ちらっとこっちを振り返った。


(あのひと…… 総理大臣の、外孫……)


「やばッ!?」


 ツルギが大声を出してしまい、すかさずアナウンスがかかる。


〔ノースキル科の新入生は、静かにしてください〕


「えええッ!? いちばんうるさいのは、キセ姐さんだよねッ!?」


「誰が姐さんですこと!?」


「ほらッ、うるさいじゃんッ」


「…… この際ですから、言っておきますことよ!」


 キセの、ギリギリまで爪が切られた、飾り気のない固そうな指先が、まっすぐにぼくたちに向けられる。


「今年度、終了時! ダンジョン掃討数が、わたくしたち3年A班よりも少なければ! あなたがたノースキル科を、ぶっつぶしますことよ!」


「受けて立ったッ!」


 サムズアップで応じたツルギは、すぐに……


〔「「「「「「

 勝手に受けて立たないで

 !!!!!!」」」」」」〕


 アナウンスと、ぼくたちノースキル科の面々から、盛大にツッコミを入れられることとなったのだった。


 ちなみにこのとき、保護者席は爆笑していた。

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