「寮まで送るわよ、ノブナガ」
「いいよ、母さん」
「でも、先生にも直接、ご挨拶したいし……」
「ほかのみんなは、御両親、誰も来てないから。ぼくだけ親つきとか、恥ずかしい」
入学式を終え、さらについてきたがった母親を追い返したあと ――
ぼくとサエリ、ツルギ、ミウの4人は、ノースキル科の寮つき校舎に戻るため、ケーブルカーに乗った。
平日の昼間の山は、ぼくたち以外、登る人もいないらしい。座席はがら空きだが、ぼくたちはなんとなく、順番に詰めて座る。
ぼくはサエリと隣どうしになり、ぼくたちの前にツルギとミウが並んで座った。
ガタン、と大きく車体が揺れ、登山観光客向けのアナウンスが流れてケーブルカーが動き出す。
「やっと…… 帰って踊れる……」
サエリが大きく息をついた。
「いやあッ、いろんな意味で、すごい入学式だったねッ」 と、ツルギが笑う。
「ほんと、とんでもなかったわね! あのキセって子!」
ミウのソプラノ、いつもの3倍くらい攻撃的な響きを帯びてるな……
「夜中の洞窟ダンジョン配信、みたわよ。立派なスキル持ちでエースで、しかも総理の外孫? 入学式では代表で、立派な御両親がニコニコ見守るなかで偉そうにスピーチ!」
「へえッ! キセ姐さんの両親、来てたんだッ!?」
すっとんきょうな声をあげるツルギに、ミウが 「来賓のなかにいたでしょ?」 と鼻を鳴らす。
そして、怒りのフォルテッシモ。
「あれだけ恵まれてるくせに、どうして、わたしたちを潰そうとするのよ!?」
「さあ?
「あッ、それありそうッ」 と、ツルギ。
「キセ姐さんさッ、あの洞窟ダンジョンで俺たちに助けられちゃったからッ! 『プライドが許しませんことよ!』 とか、思ってそうッ」
「ほんと、腹立つわ! なんで持ってるくせに!」
「まあ、そうだよね……」
まあ、なんでも持ってるように見えても、案外そうでもない、ってこともあるけど ―― ぼくが前世で魔王やってたときも、まさにそんな感じだったし。
ただ、持ってる者の場合、いかに不満や悩みがあっても、まわりからすれば贅沢にしか見えないから、言わないだけなんだよな。
だからって、そのストレスを自分より下と判断し相手にぶつけるのは ―― ぼくが 『キセとはわかりあえない』 と思っちゃう由縁だけどね。
これだけ叫んでも、ミウのイライラは、まだ続くらしい。
「
「たしかに…… ノースキル科がなくなったら、ぼくたち、引きニートか被験体だもんね」
たぶん、ミウが言ってるのは、それだけじゃない ――
ぼくたちは、ここ数日、偶然、巻き込まれただけとはいえ、ダンジョン掃討を繰り返していた……
大変だったけど、それは、自分が
ノースキル科だからこそ、できたことだ ――
ぼくは窓の外を流れる鮮やかな緑の景色に目をやりながら、つぶやいた。
「ぼくも…… ノースキル科が
「けどさッ、それ、問題なくねッ!?」 と、ツルギが能天気に首をかしげる。
「裏切り者」
ミウが唇を尖らせた。
「ツルギは、ノースキル科がなくなっても平気なのね!?」
「違ッ、そうじゃなくてさッ! 結局、ダンジョン掃討数で勝てばいいんでしょッ?」
ツルギは指先でピンクのポニーテールをもてあそびつつ、ニカッと笑った。
「楽勝じゃんッ」
「「はあ!?」」
ぼくとミウの声がかぶった、そのとき ――
それまで黙っていたサエリが、口を開いた。
「このケーブル…… 道に、迷ったのかも……」
「えっ!?」 「なんでケーブルが迷うのよ!?」 「そういえば、暗いよねッ」
ぼくたちはあわてて、窓の外を見る。
たしかに、サエリの言うとおり ――
さっきまで広がっていた、明るい緑の景色はなくなっていた。
周囲は真っ暗だ。ときどきライトが現れては、また消える……
ミウがほっと息をついた。
「なによ。トンネルに入っただけじゃない! サエリが変なこと言うから、びっくりしたわ!」
「いや、ここ、トンネルじゃないよ……!」
ぼくはケーブルの進行方向を指さした…… 本来なら、外の光にあふれた出口が見えるはず。
だけどいま、行く手には、真っ暗な闇が広がっているだけ……
ガタンッ
ケーブルが、大きく揺れて、止まった。
車内アナウンスが流れる。
〔ご乗車のお客様にお知らせとお詫びを申し上げます。このケーブルカーは現在 『そよ風の駅』 付近を運行しておりましたところ、突然のダンジョン発生に巻き込まれてしまいました。安全のため、しばらく停車させていただきます。お急ぎのところ、まことに申し訳ございませんが、ご理解とご協力をお願いいたします……〕
「ねッ!?」
ツルギが片目をつぶってサムズアップする。もう片手には、すでにツルギ専用の
「俺
「
ミウの顔がほんのり赤くなる…… てか、そこにツッコむんだな、ミウ。
なにも知らない健全なツルギが 「そう!」 と明るくうなずく。
「俺とノブちんが一緒だと、なぜかダンジョン、めっちゃ
「ぼくに同意を求めるなよな…… よし、グループラインへの報告OK」
カメラ付きドローンを宙に浮かせ、配信用のモノクルマイクを装着。そして、ぼく専用のDEW 『革の本』 を手に持ち、席を立つ。
「ミウ…… どうやって早着替えしたんだ?」
「制服の下に着こんでただけよ!」
ミウもいつのまにか、DEWの真紅のスリット入りドレス姿になっている。ホルターネックの肩出しデザイン、やっぱり似合ってるな……
さっそく配信が開始されたらしく、モノクルの画面にも視聴者さんのコールが始まっている。
>> ミウたん今日もかわいい!
>> ロリ巨乳全開すこ
「ちょっと! ぶっころすわよ!」
>> 女王様!
>> 出たw 女王様w
>> 踏んで
>> 女王様すこのすこ
>> 踏んで
>> 踏んでミウたん!
……
ここ数日で恒例になった 『ミウたん、踏んで』 コールが始まったころ。
車内アナウンスが始まってすぐに、無言で席を立っていったサエリが戻ってきた。
「車掌さん…… ダンジョン掃討、お願いしますって…… 先頭のドア開けるから、きてください、って……」
「ありがとう、サエリ」
サエリは普段、口数が少なくてぼんやりしてるけど、こういうときにはしっかりしている。
「うすっ! じゃッ、ダンジョン攻略、いっちゃいますか!」
ツルギが勢いよく
ぼくのスマホに着信があった ―― 鷹瀬先生からだ。
「先生、どうしたんですか?」
『ノブナガさん? そのダンジョン、入らないでください』
きりっと落ち着いた声はいつもどおりだが、話のほうは、前置きなくいきなり本題に突入…… 鷹瀬先生、そうとう慌ててるみたいだ。
「もしかして、このダンジョン、上級なんですか、先生?」
『C級です。まだ初心者のみなさんには、荷が重いと
「いつまでですか?」
『…… なるべく急いで、遅くとも明後日までには、あいた部隊を送るそうです』
「明後日ってなによ!?」
ミウのソプラノが、車内に響いた。
配信のコメント欄も 『明後日!?』 『死んだなw』 『ダン掃人手不足すぎ!』 と賑やかだ。
『落ち着いてください、みなさん。私と
>> センセーの親心えもい
>> C級だからな
>> ノースキル初心者には厳しい
>> おとなしく待っとけよw
>> ↑フラグ立てんなやww
通話が切れたあと、ぼくたちはお互いの顔を見合わせた。
「ノースキル初心者だなんて!」
ミウが憤然と口火を切る。
「D級ダンジョンまではクリアできてるのに!」
「なしくずしに、アレコレ巻き込まれたもんねッ! ここ何日かだけどッ」
遠い目をするツルギに、うんうんうなずく、サエリとミウ。
「オリエンテーションのアレ…… ボスだけB++級だった、って、先生が……」
「そうよ! 一昨日だって、わたしたちだけでD級いけたじゃない? C級ダンジョンでも、先にザコモンスターをわたしの歌で浄化すれば、なんとかなるでしょ!」
「明後日まで、踊れない…… 困る……」
サエリがDEW 『純白のシューズ』 をはいた足を、もぞもぞと動かした。
もしかしたら、キセへの反発心なんかも、3人に火をつけたのかもしれない。
「―― 少なくとも先生がくるまで、待ったほうがいいよ」
>> そこだけはノブちんの言うとおり
>> # おとなしく待っとけよ
>> フラグ立ちそうww
>> いや誰かフラグ折れよマジで!
ぼくとコメント欄の制止をものともせず、ツルギとミウとサエリは、目を見合わせて力強くうなずいた。
ツルギが、高らかに宣言する。
「これから! ケーブル 『そよ風の駅』 付近に発生したダンジョンを、
>> 怒られっぞww
まったく、だ ――