―― ぼくは、ノースキル科はずっとアウェーなんだと思ってた。
正直なところ、みんなが配信見てくれるのは基本、
嫌な考え方だけど、実際にそんな人たちが多いのでは、とどうしても思ってしまうのも事実。
けれど、いま、視聴者の心を動かしたのは、ミウ、ツルギ、サエリのそれぞれの事情だ ――
たぶん、3人にとって、有り難くもなんともない、できればそうでないほうが良かったに違いない、事情。
そんな事情でさえ、無駄にはならない……
ぼくはそのことに、ちょっと感動していた。
―― これまでの生きざまが、そんなに立派なものじゃなくても視聴者の心を動かしてダンジョン掃討につながるんだとしたら…… それってちょっと救われる気がする。
―― まあ、ぼくの事情は普通すぎて、とてもみんなの心を動かすなんて無理だと思うけど……
それはそれで、普通に平和に生きてこれたことがありがたい。
だから、この4人のなかでのぼくの役割は 『お礼を言う係』 ってとこかな…… あとは。
ミウやツルギやサエリが提供するものに、ぼくの
「ツルギ、いま描いてるのは?」
ぼくはツルギの
「フェアリー好きだな、ツルギ」
「そッ! 可愛いは正義ッ!」
ツルギが描いているのは、6枚の鳥のような翼をもつフェアリーだった。
「名付けて、フェアリー・クリーンエアーっ!」
>> ネーミングww
>> 名付けセンスw
すかさずコメント欄からツッコミが入るが、ツルギはまったく気にならないようだ。
鼻歌まじりに、羽のひとつひとつを丁寧に描き続けている。
ぼくも 『革の本』 に新たなフェアリーの特性を書きこむ ――
『フェアリー・クリーンエアは、その名のとおり、空気を清浄にする働きを持つフェアリーだ。
全身から周囲の空気を取り込み、ほこりなどの細かい粒子や病原菌・ウィルスなどを栄養として摂取。清浄になった空気を背中の6枚の翼からせっせと送り出す。
その食欲はすさまじく、数秒で周囲の空気をすっかりキレイにしてしまう』
「そうそう、まさにそれッ! さすがノブちんッ! ―― ポチっとなッ!」
ツルギがぼくの 『革の本』 をちら見し、画面のボタンにタッチする。
次の瞬間 ――
バサバサバサバサッ……!
すごい羽音とともに、フェアリー・クリーンエアが画面から飛び出してきた。
強い風がダンジョン内を渦巻き、ぼくたちも飛ばされそうになる ―― ぼくはとっさに、ミウをかばった。視界の隅ではツルギがサエリの手をつかんで踏ん張っている。
これじゃ、先に進むどころじゃない……!
ぼくは風のなか必死で
なにか書いて、フェアリー・クリーンエアを実用的にしなければ……!
『フェアリー・クリーンエアは、使役者の指示により、静音・微風タイプに変化できる。
ただし、タイプが変化しても、空気清浄力はまったく変わらない』
ぼくは追加で文章を書き込んだ
すぐに、ツルギがうなずく。
「クリーンエア! 静音・微風タイプに変身!」
宙を飛び回っていたクリーンエアが、その羽ばたきをゆるめ、床に降りたつ。
同時に風が弱まった。
ぼくはほっとして息をつく。
「なんとかなって、よかったな……」
「いやッ、ほんとッ! ありがとー、ノブちんッ!」
ツルギがぼくを拝む真似をする…… と。
ぼくの下から、とがったソプラノが聞こえた。
「あら! もともとノブのせいで、こんな凶悪なフェアリーになったんじゃなかったのかしら?」
「ミウ! 幻覚、消えたんだ、よかった」
みるみるうちに、ミウのほおに血がのぼる ―― あれ。
もしかして 『幻覚』 って言われて、恥ずかしかったのかな……?
「そっ、そんなことより! いつまで! この体勢、続ける気なのよ!?」
「あ、ごめん」
ぼくは慌ててミウの上からどく。向こうではツルギが、サエリに無断で手をつないだことを謝ってるな……
そしてコメント欄は、ちょっとざわついた。
>> 青春や……
>> 甘酸っぺえ
>> 700いいね 達成しました
>> ノブちん役得w
>> まあノブちんは許す
>> 勝手に許すな
>> ノブちんは人畜無害やからよし
ぼく、人畜無害だと思われてるのか…… 今世で、なるべく普通に生きてきた
できればこのまま、毒にも薬にもならない穏やかな人生を送っていきたい。
>> 問題はツルギ
>> よくもワイらのサエリたんと
「ええっ!? 不可抗力っすよねッ!?」 と、ツルギが悲鳴をあげた。
「あ…… 大丈夫です…… 全然…… 気にしてない…… ので」
サエリがフォローにまわり、ツルギがまたしても 「えっ、全然ッ!?」 と悲鳴をあげ、コメント欄に
>> 1000いいね 達成しました
「さてッ! じゃ、仕切りなおしてッ」
ツルギが、ぱんっと手を打ち鳴らした。
「こんどこそッ! C級地下
>> やめろよw
>> だからやめとけ!
>> 禿同
コメント欄から総ツッコミが入るなか、ぼくたちは前進を再開した。
フェアリー・クリーンエアのおかげで幻覚症状は出ない…… だけど、もともと、このダンジョンは牢だった。囚人の逃亡防止のために、無数のバクテリア系モンスターがいまも巡回しているみたいだ。
それも、これまでのE級やD級ダンジョンのように、ミウの浄化の歌で消滅できる弱いモンスターばかりではない……
「きゃっ」 「ぅわッ!?」 「みんな、壁際に」 「…………」
巨大なアメーバのような形のモンスターが空中をうごめきながら泳いでくるのを、ぼくたちは壁に貼りつくようにして、やり過ごした。
「こんなの、しょっちゅう来たら無理ッ! 進めないッ」
モンスター対策に、またなにかを召喚するつもりなんだろう。ツルギは、
「うーん、これはフェアリーじゃ厳しいかなッ!? 火で焼くッ!?」
「ミニドラゴンとか、どう?」
「いいね、ノブちんッ! それいただきッ」
「速く描けるように、サポートしてみるよ」
ぼくも
『…… ツルギはいつも、絵の練習をしている。そのため、スキル持ちほどじゃなくても、少しずつ、正確に速く描けるようになっているのだ。
ツルギがミニドラゴンを描いているこのときも…… いままでで一番、迷いなく、速く、正確にペンが動いている』
「おおッ!? どんどん描けるッ! ありがとな、ノブちんッ」
「いや、ツルギの実力」
そうだ…… 実力が伴ってるからこそ、ぼくの
けど、そうしてる間にも、次の巨大アメーバが迫ってくる……!
だが、次の瞬間。
「…………」
無言で跳躍するサエリの白いトウ・シューズから、まばゆい
稲妻に貫かれ、巨大アメーバが空中で動きを止め、もがく。
サエリは着地した勢いで、そのまま回転を始める。トウ・シューズから目を焼くような強い光線が何度も伸び、巨大アメーバを薙ぎ払おうとする。真横からぶった斬るような、力強いビームの攻撃だ…… よし!
ぼくも、サポートしよう。
「サエリ! このアメーバ・モンスターの
サエリにモンスターの核の位置を伝えて、ぼくは
『サエリの放つ鋭いビームが、
>> いや、どう見てもダジャレw
>> 寒いぞ、ノブちんw
―― そうかな?
コメント欄のウケは悪いが、ぼくには、なぜだか確信があった。この攻撃は、きっと成功する ――
はたして、予想どおり。
『革の本』 は。ほのかに輝きはじめた…… と同時に、サエリから放たれた閃光は、ことごとく巨大アメーバの中心に吸い込まれていく。そして ――
巨大アメーバが、爆発した。
>> サエリたん!
>> やった!
>> さすがサエリたん!略してさすサ!
>> ノブちんも、初めて役に立ったんじゃね?
>> 寒いだけのダジャレじゃなかったなw
>> いや2回目だって
「お言葉ですが、もう少しは役に立ってますよ、ぼくも」
>> 無理すんなノブちん
>> 役立たずもアイデンティティーのうち
>> てかブチキレて初めて役立つのがノブちんw
―― 敵は、色とりどりの光をまき散らしながら消えていった。
「よし! やったな、サエリ」
「…… ありがと……」
「サエリがすごいからだっ ……っと、またくる!」
「まかせて……」
ぼくだち全員を呑み込もうとするかのように、からだを広げて襲いかかってきた巨大アメーバを、サエリはまたしても一瞬で
>> サエリたん!
>> サエリたん!
>> リアルプリン○スチュチュ!
>> なつww
>> 1500いいね 達成しました
ほんと、サエリがいて心強い…… けど、さすがのサエリも、ちょっと、息が上がってきてる。
そろそろツルギのミニドラゴンを召喚できると、いいんだけど。
「ツルギ、ミニドラゴン完成しそうだな?」
「うんッ あと、ちょっとッ……!」
「よし、こっちはまかせろ」
>> お、ついに魔王覚醒か?
>> いやまだだろ
>> 魔王覚醒見たいやつはノブちんをディスるんだ
>> 無能w
>> the 無能ist of 無能
「いや、それ、恒例過ぎてもう無理です…… ほんと、すみません」
>> wwww
>> もっと凄いディスりはないんか
>> オメーが考えろ無能w
>> ノブちん、とりあえずセルフでキレ散らかしてみなw
コメント欄が変な方向で盛り上がりを見せるなか ――
「もう! キリがないじゃないの!」
キレてしまったのは、ぼくじゃなくてミウのほうだった。
たぶん原因は、あまりの敵アメーバの数とあまりの活躍できなさ、ってところかな。
ミウが、低い声で歌い始める…… さっきの浄化とは、また別の歌だ。
こんどはミウ、何をする気なんだろう ――