ミウの歌声は、いままでのようなキレイなソプラノではなかった。
むしろ、地を這うように低い音…… いや、急に高くなったりもしているのに、それが地面をのたうって苦しんでいるようにしか聞こえない。
歌詞は外国語なんだろう。意味が全然わからないけれど、訴えかけるような切々とした響きを持っている…… 歌といえば歌なんだけど。
盛大な
コメント欄も 『夜の女王じゃない!』 とざわめいている。
>> 暗っ
>> のろいの歌
>> ミウたんの新曲?
>> 新曲じゃなく新技やろ
>> ? なんか周囲もやってないか?
>> スモーク出てる!
たしかに、ミウの歌が進むにつれ、ぼくたちのまわりは濃いモヤモヤしたものでいっぱいになっていた。
これは……
【曲:『霧(Nebbie)』 作詞 ネグリ / 作曲 レスピーギ】
>> きり!
>> そっか霧か!
曲説明のテロップにコメント欄が反応するなか、歌い終わったミウは、まるで大劇場のステージに立っているかのようなお辞儀を披露する。
>> 2000いいね 達成しました
「いま、わたしのDEWスキル 『操歌奥義』 により、霧の結界を発生させました。しばらく、モンスターの襲撃を防いでくれるはずです」
>> ミウたんSUGEEEEEEE!
>> 踏むだけじゃなかった!
「わたしが、いつ踏んだっていうのよっ!」
>> wwww
>> いつも?
>> 拙者も毎回、踏んでいただいてるでござる
>> (*´Д`)ハァハァ
>> やっぱ女王サマ最高!
>> 踏んで
>> 違
>> 呪ってww
>> ワイもミウたんになら呪われたい!
>> 呪って(;´Д`)ハァハァ
>> のろって
なんかいつもの 『踏んで』 コールよりさらにダメな感じがするな…… こういう視聴者の反応にはかなり慣れてきていたミウも、顔が真っ赤になってる。
「あなたがた…… ぶっ 「できたッ!」
ミウの場合、『ぶっころす』 は逆に視聴者を喜ばすだけだよね……?
けど、ミウが言い終わる前に、ツルギが
「みんな! おまたせッ!」
>> まじそれな
>> 遅いぞツルギ
>> しゃーないよノースキルなんだから
「えーッ!? 言っとくけど俺、ノースキル最速の男よッ!?」
ツルギって、やっぱ強いよな……
コメント欄にただよう、ほのかな悪意を華麗にスルーして、ツルギはタブレット画面上のボタンをタッチする。
「地獄級、炎の
コメント欄からいっせいに 『ネーミング!』 というツッコミが入るなか、炎をまとったミニドラゴンが画面から飛び出す。
明るい緑の、丈夫そうなウロコにおおわれた丸っこいからだと頭、小さめだけど強そうな翼 ―― ぬいぐるみっぽくて、かわいい。
ツルギがどや顔で、ぼくたちを見回す。
「どうかなッ!?」
「…… いいと思う」
サエリがうなずき、ミウが 「じゃ、いきましょ!」 と霧の結界を消した。
ここからが本番 ――
だけど、C級ダンジョンを
なにか、ぼくの
―― たとえば、道に迷わずスムーズにダンジョンの最奥に到達できるようにする。
―― たとえば、モンスターとの戦闘で、必ず先手をとれるようにする……
うん。
現実を見極めて無理ない範囲で利用するとして…… これくらいは、できるはず。
できなかったら、恥ずかしいけど。なにしろ、ぼくが
文章の上手/ヘタはもとより、成功か失敗かが、一目瞭然 ―― とか考えてたら、心臓が底のほうから冷えていくような気分になる…… 正直なところ、こわすぎる。
「ノブ、どうしたの? はやくして?」 「ノブちんッ、いっくよーッ」 「……」
先に歩きはじめたミウたち3人が、足を止めてぼくを振り返った。
「ごめん、すぐいく」
ぼくは小走りになりながら、
だめで、もともと。
『ぼくたちは、C級地下
道のりはスムーズ ―― ツルギが召喚したライトニングフェアリーがあたりを明るく照らし、フェアリー・クリーンエアが空気を清浄に保ってくれ、ミニドラゴンのインフェルノ・プリドラが近寄る敵を焼き払ってくれるからだ。
だけど、このままでは最奥までたどり着くのが難しい…… それに真っ先に気づいたのは、ツルギだった』
「あれッ!? なんかまた、戻ってきてないッ!?」
「うん…… あれ、ぼくたちが乗ってきた、ケーブルカーだよね」
ぼくは、幾重にも延びた道の奥に見える赤い車体を指さす。
「…… そんな……」 とサエリがつぶやき、ミウがイライラと顔をしかめた。
「1周まわった、っていうの!?」
「うん。この構造だと、そうなるかも……」
「どういう構造よ!?」
「ほら、この床とか壁の柔らかさ、なにかに似てない?」
「知らないわよ!」
「あッ……!」
ツルギがぽん、と手を打つ。
「きのこッ!」
「そうそう」
ツルギなら気づいてくれると、思っていた ―― ぼくはうなずいて、細かな繊維で織られたような天井や床を指さす。
「なんかさ、ここ。ほら、巨大キノコのなかに入ってる感じじゃない?」
―― 本当は、知ってた。
この
ミウに幻覚を見せた有毒ガスは、その実、キノコの胞子なんだ。この牢にいれられた囚人は、まずキノコの胞子による幻覚で逃げる気をなくす。
逃げても、生きているキノコの内部は常に道が変わるし、きちっとした階段があるわけでもない。さまよっているうちに餓死するか狂い死にするか、看守がわりのキノコ寄生モンスターに美味しくいただかれてしまうかの、どれかだ ――
最初からこれを言うとさすがに正体を怪しまれそうだから黙っていたけど (我が身優先でごめん)、うまくみんなをこの結論にまで誘導できた感。
ぼくの 『地下迷宮と見せかけて実は巨大キノコ』 説に、ツルギもミウもサエリも、びっくりしたようだ。目がガチで丸くなってる。
ついでにコメント欄も、いい反応だ。
>> キノコ!?
>> は!?
>> あり!?
>> どんだけデカいキノコなんだよ!
>> みんな落ち着け
>> ノブちんが言ってるだけかもしれんし
「もしよ? 仮に、そうだとしたら」
ミウのソプラノが、めずらしく気弱げに震えた。
「どうやって、正しい方向に行けっていうのかしら!?」
「うーん…… ぜんぶ燃やすとか……?」
>> ノブちんw
>> しんだ目で過激発言すなw
「それ…… ケーブルまで…… 燃えちゃわない……?」
>> その前にサエリたんも燃えるから!
「あッ、俺、わかったッ!」
ツルギが再び、ぽん、と両手を合わせた。
「ねえッ、インフェルノ・プリドラっ!」
丸いからだがよたよたと空中を羽ばたき、ツルギのそばに戻ってくる。
ツルギは、自分の足元に人差し指を向けた。
「この辺の床、ずどーんッと、こうッ! 穴をあけちゃってくれるッ!? どうせ最下層が
「さすがツルギ。一気にいくか?」
「おうよッ、もちろんッ!」
「じゃあ、ぼくもサポートするよ」
ツルギがニカッと白い歯を見せてサムズアップする。
ぼくは
『―― インフェルノ・プリドラが大きく息を吸い込む…… 丸いからだがパンパンに膨れて、ますますかわいくなった。周囲に、無数の火花が散る。
ツルギが指示を出した』
「いっけえええ! インフェルノ・プリドラ! 床を、ブチやぶれっ!」
『インフェルノ・プリドラの口から、大量の炎が吐き出される…… 床を焼いて穴をあけようとしているようだが、まぶしくて見ていられない!
ぼくは思わず、目をぎゅっと閉じた ――
次にぼくが目を開けたときには、ぼくたちの足元ちかくに、1~2人が通れる程度の大きさの穴がぽっかり、できていた。
そこからのぞくのは、深淵の闇 ―― おそらく、ダンジョン最奥まで続いている』
ぼくは穴のすぐそばを足先でつついてみた。つんつん。
「成功した、みたいだな」
「おうよッ ありがとな!」
「いやツルギ、ぼくよりも、ドラゴンの実力…… 「あーそっか、そっか! ありがとなッ、インフェルノ・プリドラっ…… って、あちちちっ」
ツルギはインフェルノ・プリドラをぎゅっと抱きしめかけ…… そして、無理だと断念したようだ。
手を振りまわしながら、再度、インフェルノ・プリドラにお礼を言いまくっている。
「さて、じゃ……」
ぼくは底知れぬ穴に、小銭をいくつか落としてみる ―― 耳を澄ますが、硬いものにぶつかるような音や反響は、ない。一番下の床も、ここと同じく柔らかいみたいだな。
なら、このまま飛び降りればいいだけだ。
>> おっ、ダイブ!?
>> ノブちん、飛び込む気か!?
>> やめとけノブちん! C級やぞ!
ぼくが穴のふちで身構えると、コメント欄が一気に賑やかになった。
―― ちょっと、体を張るタイプのお笑い芸人の気持ちがわかった感。
ここで 『じゃあやめます』 とか言ったら、ウケないんだろうな…… というか。
昨今のリアクション芸人はみんな、身体強化系のスキルを持ってることを考えると……
ノースキルなのに飛び込んじゃったら、芸人以上にウケるかも!? ―― などと、思わざるを得ない。
…… いや、ここは、飛び込む前に恐がるふりなどしたら、さらにウケるのでは……?
ぼくはちょっと止まって 「こわっ」 と言ってみた。
「たしかにッ」 と、ツルギ。ナイス同調。
「穴あけといてなんだけどッ! こわすぎッ!」
「えっ、これどうする? ツルギ?」
「どうする……ッ!?」
ぼくとツルギは、目を見合わせて、ふっと笑う。
ここまできて、
「「 行 く で し ょ !! 」」
ぼくたちは、穴に向かい、まっすぐに身をおどらせた ――