「決着はまだついていませんので」
「なんのでしょうか?」
不機嫌な高名瀬さんには、思わず敬語が出てしまう。
あ~ぁ~、ほっぺたぷっくり膨らませちゃって。
でも、今日一日で高名瀬さんの印象が百八十度変わったな。
本当に物静かで大人しい、虫も殺さないような人なのだと思っていたけれど、授業中に隠れてペアモンを虐殺しまくるような人だったとは。
しかも、趣味の話になるとかなりヒートアップする。
きっと、高名瀬さんのこんな表情、クラスの誰も知らないのだろう。
なんだか……いいな、この感じ。
「……なんですか?」
思わず、少し笑ってしまった僕に高名瀬さんは怪訝な視線を向けてくる。
「いや、高名瀬さんと仲良くなれてよかったなって」
「仲良く……って」
もう仲良しでしょう、こんだけ腹を割って話したなら。
「今日から友達だね」
「とも……っ」
照れてる。
なんだこの可愛い生き物は。
「そっかぁ、高名瀬さん友達いなかったんだね」
「うるっ、うるさいですよ」
慌てて吐く毒も、真っ赤な頬のせいで怖いどころか、小動物が精一杯威嚇してきているようで逆に可愛らしい。
「高名瀬さんは、可愛いね」
「ふぁっ!?」
高名瀬さんが甲高い声で鳴いた。
なんかちょっと鳥っぽかった。
小猫みたいな威嚇と鳥っぽい鳴き声。
猫で鳥……あ、グリフォン。
「高名瀬さんはグリフォンっぽいね」
「どういう悪口ですかっ」
褒めてるのにぃ。
けれど、見たところ、高名瀬さんから不快感は感じられない。
照れてるし、ちょっと嬉しそうだし。
「可愛いって言われるの、嬉しい?」
「き、聞かないでください、そんなこと! ……嬉しくない人なんていないと思いますけど」
そうか、嬉しいのか。
これはいいことを聞いた。
今後、事あるごとに褒めてあげよう。反応が可愛い。
「よ、鎧戸君は、意外と、なんというか、チャラいんですね」
「そう? ペラいとは言われるけど。『お前は薄っぺらだ』とか」
「誰に言われてるんですか、そんな悪口?」
あぁ、やっぱアレって悪口なんだ。
……姉め。
「それで、あのっ、あんまり女子に可愛いとか、言わない方がいいですよ」
「なんで? 喜んでもらえるなら積極的に言っていった方がよくない?」
「……刺されますよ?」
「じゃあ、高名瀬さんにしか言わない」
「……刺しますよ?」
刺される確率が上がった気がする。
被疑者減ったのに。
「ウチね、姉がいるんだけどさ」
おそらく、全国共通の認識であると思うのだが、姉という生き物は弟には人権というものが適用されないと確信している希少種で、弟というのはそんな姉には決して逆らえない生き物なのである。
「新しい服を買う度にそれを着て見せてきて、満足のいく称賛が得られるまで解放してくれないので、女性とはそういう生き物なのだと思ってたんだけど?」
「その方は極めて特殊な存在なので、基準として考えるのはやめた方がいいと思います」
言うねぇ、他人の身内に対して容赦ないよね。
けど、そうか。
薄々気付いていたけれど、あの人はやっぱり特殊なのか。
「あ、じゃあ、こういうのもいらない?」
ウチの姉は、一緒に街を歩いていると不意に「チョコ食べたい」とか言い出して、十秒以内に用意できないと理不尽な暴行、通称『かわいがり』を発動する。
なので、僕の着衣には常に数種類のお菓子が収納されている。
そのウチの一つ、プレッツェルにチョコレートがコーティングされている有名なお菓子『チョリッツ』を差し出してみせる。
――と、高名瀬さんのメガネがキラリと光った。
「……これは?」
「えっと、友達になった記念、的な?」
「今後ともよろしくお願いいたします」
とても素敵な笑顔で言って、高名瀬さんは差し出したお菓子を受け取った。
【高名瀬さんの秘密その8】
高名瀬さんは、お菓子が大好き。