「高名瀬さんのご両親も、もしかしてゲーマー?」
娘の名前に『ポーズ』とつけるくらいだから、結構独特なセンスをしていると思う。
「えっと……母が。父は、母の言うことに異を唱えるような人ではありませんので」
異を唱えようよ、父。
そんな話をしていると、不意に高名瀬さんのスマホが鳴った。
「あ、妹からです」
厳ついダークドラゴンのケースに覆われたスマホの画面に発信者の名前が表示されている。
『英美』
きっと妹さんの名前だろう。
高名瀬さんがこちらへ視線を向けてきたので「どうぞ」と手で示す。
出てあげてください。
すると高名瀬さんはぺこりと会釈して、僕から少々距離を取り、窓際まで歩いていって、小声で電話に出た。
「もしもし? どうしたの? ――え? うん。大丈夫、もうすぐ帰るから。……え? ふふっ、分かった。買ってってあげるね。じゃあ、わたしが帰るまでいい子にしてるのよ。うん。じゃあね」
柔らかい声で会話して、着信を終える。
スマホを操作する時の表情を見ても、姉妹仲は良好なようだ。
「仲いいんだね」
「え? ……あ、まぁ」
会話を聞かれた気恥ずかしさからか、高名瀬さんは薄っすらと頬を染める。
「八つも離れているんで、可愛いんですよね」
「八つ……ってことは、まだ小学生か」
「はい。今年二年生です」
それはまた、可愛い盛りだろう。
「妹さんは普通の名前なんだね」
「え?」
「ディスプレイに表示されてたから」
見ちゃってごめんね、なんて軽い口調で謝って、割と普通な、でもちょっとイマドキの子にしては古風かなという名前について言及する。
「ひでみちゃん、って読むのかな?」
スマホには、『英美』と表示されていた。
十中八九『ひでみ』で間違いないだろう。
――と、思っていたのに。
「……『えーびー』です」
「えーびー!?」
えっ!?
『英美』と書いて『えーびー』!?
まさか、十中八九『ひでみ』の、残り一割の方が来てしまうとは!?
「……母君は、とんでもないゲーマーなんだね」
「……すみません、ウチの母が」
ポーズにエービー……じゃあ、弟でも生まれたらジョイスティックとでも名付けるつもりなのか?
「ちなみに、弟とかは?」
「いません」
「よかった、ジョイスティック君は存在しないんだね」
「さすがに、そんな名前は付けませんよ、ウチの母といえど…………たぶん」
自信は、ないらしい。
あ、またほっぺたが膨らんだ。
姉妹共々独特な名前なのをいじられて怒ったのか。
いじったつもりはないんだけども。
「そういう鎧戸君は、どんなおかしな名前を付けられたんですか?」
「決めつけやめてくれる?」
なんだろう、この人はすぐ意地になるな。
ちょっと可愛く思えてきた。
いかん、今後いじめてしまいそうだ、こういう反応をしてくれるなら。
自重しよう。
「僕は普通の名前だよ」
言って、黒板に『秀明』と名前を書く。
その文字をじっと見つめた高名瀬さんは、一つ頷いたあと――
「なるほど、『しゅうめい』ですか」
「なぜ音読み!?」
――負けず嫌いを発揮していた。
自分の名前が一風変わっているからって、僕をそっちサイドに引き摺り込もうとしないでほしい。
「あっ、分かりました! 『シュウマイ』!」
何が分かったんだろうか、この人は?
「なんで『明』が『まい』になるのさ?」
「でも、『大丈夫』のことを『でぇーじょうぶ』って言う人もいますから、ワンチャンあるかと」
「逆パターンはないよ、それ!?」
『だい』が『でぇ』になることはあっても『めい』が『まい』になることはありません!
どうにかして、僕を変な名前チームに引き込みたいらしい。
ワンチャンって……僕の名前が変になるのをチャンスとか言わないでほしい。
「ひであきだよ。ただの、何の面白みもない、普通の、ひであき」
「では、あだ名をシュウマイ君にしましょう」
「なんでかな!?」
「グリーンピース君でも構いませんが?」
「上に載ってるヤツ!?」
シュウマイの上に固ぁ~いグリンピースが載ってることあるけども!
「じゃあ、高名瀬さんのこと『ポーズさん』って呼ぼっと」
「わたしたちはまだ、下の名で呼び合うほど親しくないと思います」
「めっちゃ分厚い壁作ってくるじゃん!?」
それも、正論で!
一切反論の余地のない感じで!
「高名瀬さんって……
「褒め言葉として受け取っておきます」
結構ポジティブな人なのかもしれないな。
【高名瀬さんの秘密その10】
高名瀬さんは、表情豊か。
追記:ジト目とドヤ顔は結構嫌いじゃない。