空も徐々に暗くなり、そろそろ下校の時間が迫っている。
ゲーム機を片付けて、帰り支度を済ませたあと、高名瀬さんが僕に話しかけてくる。
「改めまして、本日付けでわたしはこの…………何部でしたっけ?」
「それは、まぁ、その内一緒に考えようか」
部活動の名前と目的が定まる前に部員が増えてしまった。
そんなつもりは、まったくなかったのに。
「とにかく、わたしはこの部の一員となりましたので、今後とも末永くよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね」
高名瀬さんの礼に返事をすると、きょとんとした顔で見られた。
「……もう少し嫌がられるかと思いました。結構強引に我を通した自覚はありましたので」
自覚はあったのか。
それでも、学校での生活を快適なものにするためにこの教室――今日からは部室って呼んだ方がいいかもしれないが――この場所が必要だと思ったのだろう。
「まぁ、高名瀬さんとお話するの、結構楽しいし? 美人な女友達なら大歓迎だよ」
容姿を褒めると薄っすら照れる。
褒められ慣れてないのかな?
まぁ、普段は気配を消して、前髪で顔を隠すように俯いて過ごしているっぽいしな。
ちゃんとしてれば、十分美人なのに。
「こ、こほん。鎧戸君のそういう部分は、追々直していってもらうとして……」
僕、なんか矯正されるらしい。
「双方のためにも、ここで見たことは他言無用ということにした方がよいのではないかと思います」
「そうだね」
僕は、この部室の存在をあまり知られたくない。
そして、高名瀬さんは――結構いろいろ秘密を知っちゃったけれども――胸の谷間のコンセントについては知られたくないだろう。
「じゃあ、我が部の部則第一条は、『部活動内で知り得た個人情報は口外法度とする』ってことにしておこう」
「そうですね。それがいいです」
ここでなら、お互いに気を遣わずに素の自分をさらけ出せる。
そんな場所になればいい。
高名瀬さんにとっても、僕にとっても。
「では、契約をしましょう」
僕の真正面に立ち、まっすぐに瞳を見つめながら高名瀬さんが言う。
望むところだ。
受けて立とう。
「鎧戸君はわたしの身体の秘密を誰にも話さない」
高名瀬さんの言葉に、明確に首肯してみせる。
高名瀬さんは満足そうに頷くと、自身の胸元に手を当て、契約の続きを口にする。
「代わりにわたしは、鎧戸君がわたしの着替えを覗いたことを口外しません」
「捏造やめてくれる!? ゲーム隠した反動でブラジャーがシャツもろとも弾け飛んだ事故だよね!?」
そんなもんに騙されるかと反論をすれば、「てへっ」っと舌を覗かせる高名瀬さん。
……このしたたか娘。
「で、でも……」
勝ち気な表情のままではあるが、頬が真っ赤に染まって、若干瞳をうるませつつ精一杯の怖い顔で高名瀬さんが僕を睨んでくる。
「すごく恥ずかしかったんですからねっ。あんな……誰にも見せないようなところまで見られて……」
明るく振る舞っても、やっぱり胸の谷間を同じ年齢の異性に見られるのは、物凄く恥ずかしかったらしい。
そりゃそうだ。
「せ、責任問題です、これは」
「じゃあ、結婚する?」
「そっ……そういうことではなくて!」
ぽこぽこと、僕の腕を叩いて抗議してくる。
わぁ、なにこれ、癒やされる。
「と、当面、わたしがわがままを言っても怒ってはダメです! ……そりゃ、わたしが不法侵入したせいで起こった事故なので、鎧戸君に責任はないんですが……」
確かに。
高名瀬さんが勝手にこの部室に忍び込んだことがすべての元凶だ。
だから、高名瀬さんは面と向かって僕を非難しない。
あられもない姿を見られたというのに、だ。
「でも、それでも……やっぱりちょっとは罰を受けてください!」
とはいえ、無罪放免と手放しで釈放するのはモヤッとするらしい。
いいでしょう。
あまんじて受けようじゃないか。
真っ赤になって照れまくる、可愛い高名瀬さんからの私刑を。
「じゃあ、どんな罰を科すのか教えてもらおうかな」
粛々と刑を執行してもらおうじゃないか。
「えっと…………」
と、しばし悩んだあと、俯いたままで視線だけをこちらに向け、空になったお菓子の空き箱を指先で弄びながら、高名瀬さんは罰を告げる。
「今日のお菓子が美味しかったので、また、こういうのを食べさせてくれると、嬉しい……です」
反則!
その上目遣いは反則です!
あと、それはわがままではなくおねだりです。
あぁ……ちょっと甘く見てた。
どうやら僕は、この放課後の時間だけで、どっぷりと高名瀬さんにハマってしまったみたいだ。
高名瀬さんのおねだりに、逆らえる気がしない。
もしこれが計算なのだとしたら――
【高名瀬さんの秘密・まとめ】
高名瀬さんは、あなどれない。