やはり、泥棒だろうか。そう予想して、衛人は居間の引き戸に手をかける。そうして、さっきと同様に静かに息を吸って、
「おらぁああああッ!」
「ぎゃあああああッ!」
怒鳴り声で叫んだあと、ほんのゼロコンマ数秒後に聞こえた悲鳴を聞いて、
「す……、すみません……ッ、ごめんなさい……、ごめんなさい!」
声から察するに男だった。男は、浴衣姿で小さく丸まったまま、ひたすらに謝っている。それを見て、衛人は
「あんた、誰だよ。ここでなにやってんの」
衛人は
「すみません……、ほんとに、すみません……!」
「いや、すみませんじゃなくてさ。あんたは誰だって聞いてんだよ。答えろ」
口にしてから、これだけ怖がって、謝罪している相手に対して、あまりに高圧的になってしまった――と、ほんの少し反省する。だが、それでも、彼が今、この家に不法侵入していることに変わりはない。そもそも、怖い思いをさせられたのはこっちのほうだ。
「あのさ、ここ、俺のじいちゃんちなのね。あんたは、じいちゃんの知り合い?」
「い、いえ……」
それを聞くなり、
「あの、僕は――……」
そう言いかけて、男が顔を上げた瞬間。衛人は目を
どうでもいいけど、すっげえ美形だな……。
「僕は……、ネコタセンリといいます……」
「ねこた?」
「あっ、ネ、ネコちゃんの猫に、田んぼです。センリは、漢数字の千と、里山の里で……」
どうやら彼は、猫田千里というらしい。変わった名前だと思った。だが、そんなことはどうでもいい。この変な名前の男が偽名を使っていようと本名だろうと、とりあえず不法侵入者だ。
「ええと……、おじいちゃんちに勝手に入って、本当にすみませんでした……」
ひたすらにぺこぺこと頭を下げる目の前の男を、衛人はじいっと見つめる。すると、千里の二重の瞳もまた、真っすぐに衛人を見つめた。筆で書いたような、切れ長の目尻が美しい。眼球は色素がやや薄く、その中に、ひまわりの花のような放射状の形が浮かんでいる。鼻すじはすっと通っていて高く、肌の色は、薄暗い部屋の中で見てもわかるほどに白かった。それなのに、体つきはやけに男らしく、筋肉質。
年齢は見たところ、衛人よりも少し歳上に見えるが、それほど離れているとは感じない。彼はどこからどう見ても、非の打ちどころのない美形だった。だが、やはりその前に、不審者だった。
「あんた、秘密基地ごっこでもしてたわけ。ここで」
とてつもない美形が、背中を丸めてしおらしく謝る姿を前にして、ひとまず、
「ねぇ、ここでなにしてたの。玄関も窓も、鍵かかってたはずなんだけど」
「あの、裏の――……。勝手口が、開いてましたんで……」
思わず
「あっそう。勝手口、開いてたんだ。でも、人んちでしょ。入っちゃだめでしょ」
「そうですね……」
「まさか、泥棒か?」
「いえ、違います! す、すみません……。あの、僕は住むところがなくて……、雨風がひどかったときに、あっちの勝手口が開いてたもんで、それでつい……」
それを聞くなり、首を
「あー……、あのさ、ごめん。先に
「はい……」
「そもそも、君は人間なの?」
衛人の問いかけに、千里は少しの間、ためらったが、すぐにこく、と頷く。衛人は
「人間? ほんとか?」
「あの、人間なんですけど……。フツウの人間じゃなくってですね……」
「うん、そりゃそうだろうね」
見ればわかる、と言わんばかりにそう言うと、千里はおずおずと話し出した。
「あ、あの……、僕、ハーフなんです……」
「ハーフ? なに、外人さんってこと?」
「いえ、えっと……。し、信じてもらえるかどうかはわからないけど……、お父さんが人間で、お母さんが
あやかし――。それを聞くなり、ほんの一瞬、思考が止まった。彼がなにを言っているのか、理解が追いつかなかった。
「あやかしって……、センリ……って、なに?」
「妖怪です……。ざっと説明しますと、魅力的な人間に姿を変えて、ですね……。その……、人間のせ、せ……、
「精気? あっ、もしかして、エッチなことする悪魔みたいなやつ?」
「そ、そうなんです、ご存知ですか……! 人間を襲って、エッチなパワーを吸い取って暮らす妖怪なんです!」
「知ってる、知ってる。聞いたことあるわ!」
そう言いながら、その妖怪はセンリなんて名前じゃなかったような気がするし、そもそも西洋風の魔物みたいなやつだったような気もしたが、ひとまず、それは頭の
「いやぁ、嬉しいです。残念ながら、僕はあくまで
「じゃあさ……。つまりは君も、そういう気質があるってことなの……?」
衛人はジトっと男を見つめて
「いいえッ、僕はハーフなので……! ちょっと力を受け継いでいるだけで、ほとんど人間と変わりません。フツウに食事をとれば、それで十分に暮らしていけます……」
「ふうん……。そんで? 人間とそんなに変わんないなら、なーんでこんな山奥で不法侵入してまで、ホームレスやってんの」
「えっと、ですね……。これには、ややこしいわけがあるんです……」
深いため息を
また、
「ふうん、山猫か……。でも、変だな。好きでもない人のことも、誘惑しちゃうわけ」
「はい……。たぶん、
「なるほどね。……それで? 誰も誘惑できない、こんな山奥の、人口密度の低い町に逃げてきた、と」
「はい。でも、郊外といっても、やっぱり街中に出ると大変で……。人を
「それがホームレスになった理由か……」
「はい。仕事も、それのせいでうまくいかなくて……。辞めてしまいました」
千里がそう言って、へらへらと笑う。その能天気さに、衛人は
「おおい、それでどうやって生きてくんだよ。そこまで人生うまくいかないなら、もう両親に泣きつきゃいいのに」
「それはできません……」
「なんで」
「母は、少し前に亡くなりましたから。猫に
千里は悲しそうに目を