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第2話 今夜は特等席!




 宿の一室。


 夜も更けて、空にはほんのりと雲がかかる。


 雲の切れ間からは月の光。

 淡い光がそっと部屋を照らし始めた。


 盾は今日も主を見ている。


 飾り物のように大人しくしているけれど──


 実は……


(……あああああ、近い近い近い近い……)


 盾の心臓がドッキンドッキンと鳴りっぱなしで、あまりにもうるさい。


(主! 私をこんなところに置くなんて! ふふ♡)


 盾がいるのは、ベッドの傍らの椅子の上。

 主の端正な顔を見つめるのに、あまりにもベストポジションすぎたのだ。


(もう……ずっと、ずっと見ていたい……)


 とても良い場所に置いてくれた。

 有り難く、主の顔を隅々まで拝見する。


(これはもう、ダメかもしれません……)


 理由は、目の前に寝ている主が、かっこよすぎたからだ。


 薄っすらと刻まれた眉間のシワ。

 男前度を上げる堀の深さ。

 スッと通った鼻筋に、ハリのある艷やかな肌。


 美しい黒髪はさらりと落ちて、それはもう色気が凄い。

 長いまつ毛は影を落とし、目尻近くの一本はピコっと小さく折れ曲がっている。可愛すぎるだろ。


 そして──。


(……あっ、ちょ……!)


 月明かりに照らされたシャツ。

 そう、そのシャツの隙間から覗いてしまったのだ。ほんのりと陰影のついた、たくましい胸筋が!


(あ……あれは……か、かっ、き、きっ! あ! 嗚呼! 筋肉……! 主の、筋肉……!!)


 青龍の魂が揺れた。眩暈すら覚える美しさだった。

 指輪でいた時は見えなかったのだ。


 あまりにも逞しく美しいマッスルライン。今宵、盾は見てしまった。

 物理的に動けない盾の内部では、もはや祭りが起きている。鈴と太鼓が鳴り響く祝祭だ。


(ああ……ずるい……もう……そんな……そんなの反則ですっ……!)


 眠っているのに、こんなに魅力的でどうするというのだ。


(あ……もう……ダメ……)


 動けるなら胸を押さえたい。のたうちまわりたい。

 けれど、自分はただの盾だ。金属の塊。

 椅子の上でじっとしているしかない。


(ああっ……なぜ!)


 飛び跳ねたい思いを胸に、じっと主を見つめ続ける。


 その時だ。


 主が、うっすらと目を開けた。

 月の光を受けて紅の瞳がきらりと光る。


(……ひゃっ♡)


 目が合ってしまった。いや、そんな気がするだけだ。何かあったところで、盾なのだ。


 しかし、言葉にならない動揺が金属の中を駆け巡った。


 たかが目線を送られるだけで、こんなにも刺激を与えられるとは。

 青龍の想像をはるかに越えていた。


(胸が……苦しい……)


 熱を持ち始めた金属の内側で、青龍はぷるぷると震えていた。


 これは魂のふるえ。

 恋のふるえ。


 完全に恋をしている。


 盾の鼻息が荒くなる。


(ああ、そんな目で見つめられると!)


 主は何も言わず、ぼんやりと盾を見ていたが、ふたたび静かな寝息を立て始めた。


(……はああ……今、心臓が100回跳ねました……主! これ以上ドキドキしてしまったら、金属疲労でヒビが入ってしまいます……)


 月の光が朝の光に変わるまで、盾は主を眺め続けた。






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