宿の一室。
夜も更けて、空にはほんのりと雲がかかる。
雲の切れ間からは月の光。
淡い光がそっと部屋を照らし始めた。
盾は今日も主を見ている。
飾り物のように大人しくしているけれど──
実は……
(……あああああ、近い近い近い近い……)
盾の心臓がドッキンドッキンと鳴りっぱなしで、あまりにもうるさい。
(主! 私をこんなところに置くなんて! ふふ♡)
盾がいるのは、ベッドの傍らの椅子の上。
主の端正な顔を見つめるのに、あまりにもベストポジションすぎたのだ。
(もう……ずっと、ずっと見ていたい……)
とても良い場所に置いてくれた。
有り難く、主の顔を隅々まで拝見する。
(これはもう、ダメかもしれません……)
理由は、目の前に寝ている主が、かっこよすぎたからだ。
薄っすらと刻まれた眉間のシワ。
男前度を上げる堀の深さ。
スッと通った鼻筋に、ハリのある艷やかな肌。
美しい黒髪はさらりと落ちて、それはもう色気が凄い。
長いまつ毛は影を落とし、目尻近くの一本はピコっと小さく折れ曲がっている。可愛すぎるだろ。
そして──。
(……あっ、ちょ……!)
月明かりに照らされたシャツ。
そう、そのシャツの隙間から覗いてしまったのだ。ほんのりと陰影のついた、たくましい胸筋が!
(あ……あれは……か、かっ、き、きっ! あ! 嗚呼! 筋肉……! 主の、筋肉……!!)
青龍の魂が揺れた。眩暈すら覚える美しさだった。
指輪でいた時は見えなかったのだ。
あまりにも逞しく美しいマッスルライン。今宵、盾は見てしまった。
物理的に動けない盾の内部では、もはや祭りが起きている。鈴と太鼓が鳴り響く祝祭だ。
(ああ……ずるい……もう……そんな……そんなの反則ですっ……!)
眠っているのに、こんなに魅力的でどうするというのだ。
(あ……もう……ダメ……)
動けるなら胸を押さえたい。のたうちまわりたい。
けれど、自分はただの盾だ。金属の塊。
椅子の上でじっとしているしかない。
(ああっ……なぜ!)
飛び跳ねたい思いを胸に、じっと主を見つめ続ける。
その時だ。
主が、うっすらと目を開けた。
月の光を受けて紅の瞳がきらりと光る。
(……ひゃっ♡)
目が合ってしまった。いや、そんな気がするだけだ。何かあったところで、盾なのだ。
しかし、言葉にならない動揺が金属の中を駆け巡った。
たかが目線を送られるだけで、こんなにも刺激を与えられるとは。
青龍の想像をはるかに越えていた。
(胸が……苦しい……)
熱を持ち始めた金属の内側で、青龍はぷるぷると震えていた。
これは魂のふるえ。
恋のふるえ。
完全に恋をしている。
盾の鼻息が荒くなる。
(ああ、そんな目で見つめられると!)
主は何も言わず、ぼんやりと盾を見ていたが、ふたたび静かな寝息を立て始めた。
(……はああ……今、心臓が100回跳ねました……主! これ以上ドキドキしてしまったら、金属疲労でヒビが入ってしまいます……)
月の光が朝の光に変わるまで、盾は主を眺め続けた。