廃神社のボロボロの畳の上に正座させられた私達はレイミちゃんからのお説教という名のご褒美を受けた。
推しに叱られるなんて……私、もう死んでもいいかも。
「それで、夜橋さん。何故私達のところへきたんですか?」
「……ああ、そういえばそうだった。レイミちゃんごめんなさい。死神マネージャーさんが憎すぎて本題を忘れてたわ!」
レイミちゃんは少し呆れた表情をうかべた。
そんな表情も可愛いのだけど、マネージャーさんがそうでしょそうでしょと頷いているので、この場では私達レイミストが正義だ。
私は現状をお話した。
警察が街で発生する集団不審死事件を捜査していること。
レイミちゃんのライブに人間のファンが紛れ込んでいて、その人たちが周囲の霊に生気を吸い取られて死んでしまっていること。
私はレイミちゃんを除霊したくないこと。
「ということで、全てを円満に解決するために、レイミちゃんのライブ会場になる廃墟に人払いの結界を張りたいの。どう、マネージャーさん?」
除霊師としては霊払いの結界のほうが張りやすいのだけれど、それだとレイミちゃんが会場に入れなくなるので、提案するのはやめた。
マネージャーさんは少し考えて口を開いた。
「OKといいたいのですが。駄目です。私これでも死神なのでノルマがあります。レイミをあの世に連れて行かない代わりの魂を連れて行かなくてはいけません。レイミの未練を晴らすため、マネージャーとして少数の犠牲は仕方ないと考えております」
それって自分の都合じゃね? と思ったけど同じレイミストのよしみだ。
気持ちはわかるので聞かなかったことにしておく。
「え? え……私の歌で人が死んでいたんですか? 嘘」
レイミちゃんがおろおろおどおど青ざめてしまった。可愛いけど……。
「ちょっと、マネージャーさん。レイミちゃんに教えずにライブさせてたの? ショック受けてるわよ! マネージャー失格じゃないあんた!」
「言う必要はないと思ったので」
「はあ? なに言ってんのよ! レイミちゃんのこと真剣に考えてるの!?」
「考えていますよ? では、聞きますが。レイミの歌を聞くために命を賭ける必要があるとして、あなたは命を賭けられますか?」
「勿論よ! レイミスト馬鹿にしないでくれる? ……はっ!?」
そ、そういうことね?
「そうです。紛れ込んだ人間たちは死を厭わずレイミの歌を聞きにきていました。犠牲は犠牲でも只の犠牲ではありません。彼らは彼らの魂をレイミに捧げたのです! レイミを真に想う素晴らしいファンがいる。それだけでレイミの格があがると思いませんか?」
にやり、死神らしく笑うマネージャー。
「なんてこと……それじゃあ、むしろ人が死ねば死ぬほどレイミちゃんはアイドルとして高みに行くってこと!? 結界を張るのは真のレイミストを貶める行為だというの!? くっ! じゃあ他の方法を考えるしか……」
盛り上がっていると、レイミちゃんがおずおずと手を上げた。
「レイミ、どうしたのですか?」
「レイミちゃん……上目遣いかわいい、もっと、もっとこっちを見て」
「あの……私、自分のライブで人が死んじゃうのはちょっと……」
うつむきがちに悲しそうに呟くレイミちゃん。
「除霊師、さっそく今日の夜から人払いの結界を頼めますか? 人間は腐るほどいるので、レイミの代わりに連れていく魂は他で探します」
「もちろんよマネージャー! レイミちゃんのライブではもう誰も死なせないわ!」
私とマネージャーさんは互いの腕と腕を組み合わせ、レイミちゃんに悲しい顔をさせないと誓い合った。
人払いの結界を張り始めてから一週間。
集団不審死事件は一応の収束を見せた。
これもそれも私のおかげだ。
「うーん。まあ、納得はいかないけど、君が悪霊を除霊したって日から集団不審死はなくなったし……上層部もこれ以上捜査をしても無駄だってわかったみたいだしね」
そういうことでお巡りさんから成功報酬の5万円ももらって絶好調の私は、今日もレイミちゃんのライブが行われる廃墟に来ていた。
「なんで交通整理のおっちゃんみたいな仕事を私が……」
ぶつくさいいながら霊共の整列を手伝う私を、同じく霊を誘導していた死神のマネージャーさんが小突く。
「文句言わないでください。その代わりご褒美があるんですからね?」
「それは、まあ……」
私の頬が勝手に緩む。
最近は人間としてレイミちゃんの生ライブを見ることができているのは私だけということに気づいてしまったので、優越感に浸っている。除霊師をやっててよかったと思う。
『みんな~! レイミのライブに集まってくれてありがとお!』
『『『うおおおお! レイミちゃああん!』』』
狭い廃墟の中にひしめき合う霊共がレイミちゃんの登場に沸く。それだけで昇天する霊もいた。
レイミちゃん除霊師としてもやっていけるのでは……?
私もお祓い棒をサイリウム代わりに霊共に負けないくらいの声量で叫ぶ。
「r・e・i・m・i! レイミ! レイミィいい!」
私の隣で、マネージャーさんもサイリウムを振って応援する。
「レイミいいわ! その調子よ!」
最近は毎夜毎夜この調子だ。
楽しい。
推しを間近に感じることのできる喜びを。
分かち合うという喜びを私は知った。
まあ、霊共は大半がライブ終わりに成仏しているのだけども。
「ずっとこんな日が続けばいいのに……しーちゃんと夜橋さんと」
ライブ終わりの片づけ中にぽそりとレイミちゃんが呟いた。
私は思わずお祓い棒を取り落とした。
「どうしたのレイミちゃん? そんなこと言って……」
まるでもうすぐお別れの日が来てしまうかのような物言いだ。
レイミちゃんは私を指さした。
私は小首をかしげる。
「夕子さん……元気?」
ああ、レイミちゃんが私の名前を!
「はい! はいはいはい! 元気元気!」
「本当に?」
「ほんとほんと!」
すると、レイミちゃんが私の傍に近づいてきた。
うわあああ、近い近い! 推しが! 触れ合えるほど近くに!?
興奮する私とは裏腹に、レイミちゃんは耳元で悲しく呟いた。
「夕子さんの嘘つき……しーちゃん」
「いいのですね、レイミ」
次の瞬間、レイミちゃんの陰に隠れていたマネージャーが私のみぞおちに一撃を入れた。
「な……ん、で?」
私の意識は真っ黒に塗りつぶされていく。