公爵令嬢のリリーは皇子レオンの幼馴染で、筆頭の妃候補だ。しかし、リリー自身はあまり乗り気ではなく、レオンからのアプローチものらりくらりとかわしている。レオンもリリーを妃に迎えたいとは思いつつも、本人がその気ではないのに権力で無理強いするのは嫌で、プロポーズを先延ばしにしていた。
リリーが校舎の中庭に出た時のことだった。
「平民出のくせに生意気よ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
大きな怒鳴り声と怯える声が聞こえた。女生徒がいじめられているのか。
生徒会副会長として、リリーは見て見ぬふりはできなかった。
「何をしているのですか!」
リリーはいじめられている女生徒をかばうように、二人の間に割って入る。
咄嗟の行動だったため、感情的になっていた女生徒から頬に平手打をくらわされてしまった。
女生徒は、自分が平手打ちしてしまった相手が公爵令嬢であり、皇子の筆頭妃候補、さらに生徒会副会長のリリーだと知り、青ざめる。
「リリー様……申し訳ありません」
頭を下げる女生徒。確か、伯爵令嬢のカロリーナだ。
「いかなる理由があろうと、手を挙げるのはやめなさい、カロリーナさん」
「はい……ですが、そこの平民出が……」
「言い訳は見苦しいですよ。マリナさんが平民出であるかは関係ないでしょう。今はあなたと同じ伯爵令嬢ですし、そもそもここは学園です。ここでは身分の違いはないはずです」
「はい……」
厳格に注意するリリーに、カロリーナは顔を顰めるも、頭を下げて一歩下がった。
本来、彼女は礼儀正しい令嬢だ。理由なくこんなことはしない。
マリナのマナーが少しなっていなかったのだろう。平民出身の彼女は、まだこの世界のしきたりに慣れていないのかもしれない。
仕方ないことだ。
彼女もまた大変な思いをしている事には違いないだろう。
「マリナさん、いくらここが学園で身分差がないとしても、皇子にいきなり抱きついたり、食べ物を差し出したりするのは礼儀に欠けますよ。気をつけてくださいね」
一応、注意しておかなければならないだろう。レオンも怪訝そうにしていたし、カロリーナもそれを見て注意していたのだ。しかし、手を上げたり「平民だ」などと差別的な発言をするのは良くない。彼女もまだ分かっていないだけたのだ。説明すれば分かってくべるとリリーは考えていた。
「ごめんなさい。私、まだよくわからなくて、あの方は皇子様だったのですね。マリナ、全然知らなくてー」
「うぇーん」と泣くマリナ。
やはり、分かっていなかったんだわ。
本来なら少しは勉強してくる事だと思うけど。
急に環境が変わってしまったのだもの。
仕方ないわよね。
「反省してくれているならもう構いません。わからないことは私に聞いてくだされば教えますので」
リリーはため息混じりに伝えた。
この国の者が皇子を知らないなど、ありえないと思うのだが……
まぁ、知らないと言うのだから仕方ない。
「皆様、気を取り直してお茶でもいたしましょうか」
せっかく天気も良いし、中庭まで出てきたのだ。気分転換にもなるだろうと、その場にいた全員を連れてお茶会を開くことにした。
「リリー様はお優しすぎます! 皇子はリリー様の婚約者なのにあの女め!」
「カロリーナさん、軽々しくそんなことを言わないでください。私、皇子の婚約者ではありませんし、マリナさんはマリナさんと呼んであげてください」
お茶を飲みつつ、カロリーナの愚痴のようなものを聞くリリー。
マリナもお茶会についてきていたはずだが、いつの間にかいなくなっていた。
一応、心配なので探してみたが、見ていた者が「彼女は蝶々を追いかけて行きました」とか、「花に話しかけていました」とか言うのを聞き、近くの花壇で花に話しかけているのを確かめたので、気にせずお茶会を続けることにした。
少し頭がおめでたい子なのだろう。
花を愛でることは良いことだ。
「なぜ、リリー様は皇子とご婚約なさらないのですか? お似合いですのに」
「皇子と婚約するかしないかは私の意思ではどうにもできませんしね」
「皇子は婚約されたいと思っていると思いますよ」
「そうです、そうです!」と取り巻きたちが囃し立ててくる。
リリーは紅茶を飲みつつ一息ついた。
「国母って大変そうじゃないですか。それに……」
レオンは幼馴染だし、もう出来の悪い弟のようにしか見えない。
「リリー様なら務めを果たせますよ。自信を持ってください」
「私達、リリー様を応援しています」
「リリー様が国母になってくだされば、私たちも安心です」
取り巻きたちがさらに囃し立ててくる。だからお茶会は好まないのだ。
自信がないとかではなく、面倒くさいのだ。自分は普通に田舎暮らしなどに憧れるタイプである。畑でも耕して暮らしたい。
公爵家だって兄も妹もいるし、自分が何かせずとも別に困らないだろう。
まぁ、みんな気分転換にはなっただろうか。
本来なら馴染めていないマリナさんと交流を深めようと思ったのだが……
彼女が参加しないのでは意味がない。
「皆様、そろそろお開きにしましょうか。カラスが鳴いていますし」
日も傾き、少し肌寒さも感じる。
「そうですね。お茶会楽しかったです」
「今度は私が開きますわ」
「リリー様、お気をつけて」
リリーが席を立てば、他の取り巻きも立ち上がる。
自分が立ち去らなければ皆帰れないだろうと、頭を下げて先に離れた。
本当にこの立場は私を疲れさせる。
逃げ出してしまいたいわ。
マリナさんはまだ花とお話しているのだろうか。解散になったことを伝えた方が良いかと、リリーは花壇の方へ足を向けるのだった。