「ほら、上手に踊れるではないですか」
立太子の式典が終わり、俺は舞踏会の開始を告げるダンスをエレナと踊っている。
「本当に皇太子になったんだな。もう、創造主の作った話とは全然別物だよ」
俺の呟きに反応し、すかさずエレナが俺の耳元で囁いた。
「そのお話は2人きりの時にしてください。周りに聞かれたらおかしなことを言っていると思われますよ。」
「ダンスの練習も付き合ってくれてありがとう。それから、服とか色々選ぶのも手伝ってくれてありがとう。エレナが18歳で成人したら俺と結婚して、皇太子妃になる。それで、君は満たされてくれるよな?」
本音を言うと、エレナ・アーデンは俺の理想を詰め込んだキャラクターだ。
だから俺が常に彼女にときめいて、惹かれ続けてしまうのは仕方のないことだ。
でも、同時に彼女は元カノへの恨みを詰め込んだキャラクターでもあるが故に強かな性格をしているはずだ。
強欲で満たされることなく、2股をし悪びれることなく俺を捨てた女がモデルだからだ。
だからこそ彼女を信頼した後に、元カノが俺を裏切ったようにエレナに裏切られそうで怖いのだ。
「私は地位や名誉では満たされません。そのようなものは私が生まれた時から持っています。私が欲しいのはライオットの心だと言っているではありませんか」
瞬間、エレナが俺の目をじっと見つめてくる。
心を見透かすような赤い瞳に心臓が止まりそうになる。
完璧に彼女を信用して、好きになれたらどれだけ良いか。
「良い時間でした。ライオット皇太子殿下」
エレナは優雅に挨拶をすると去っていった。
そして、俺は先ほどから感じる視線の先を見つめた。
「レノア・コットンだ。可愛い」
ピンク髪のふわふわな優しい女の子だ。
彼女はエレナとは違い、俺が本当に異世界に行った時に会った人物だ。
俺が異世界に行った時はアランが皇太子になり、ライオットに憑依した俺は戦地に送られていた。
そこで、貴族令嬢ながら救援に参加していたのがレノアだ。
「結婚するなら、安心、安全な女の子だよな」
俺は気がつけば、レノアの前まで来ていた。
「コットン男爵令嬢、あなたと踊れる幸福を私にくださいますか」
俺の言葉にレノアが驚いている。
その反応は自然なものだ。
ライオットとレノアはこの時点では初対面だ。
俺の書いた小説の中では彼女は救援に参加した中でライオットに出会い、彼に一目惚れする。
「光栄です。ライオット皇太子殿下」
彼女のピンク色の目がキラキラ光り、震える手が俺の手にのった。
一目惚れするタイミングが今に変わったのかと、俺はぼんやりと考えていた。
「立太子おめでとうございます。ライオット皇太子殿下。」
完全に恋に落ちたような目で見つめてくるレノアを見つめ返す。
彼女はエレナとは違い安全なヒロインだ。
小説の中でエレナ・アーデンに翻弄され続けるライオットを常に支え続けてくれる。
「ありがとう、コットン男爵令嬢」
その時、俺たちが踊るのを見つめるエレナの視線に気がついた。
エレナは俺と視線が合うと、会場の外に出て行ってしまった。
「失礼します。コットン男爵令嬢」
俺はダンスの途中だと言うのに、反射的にエレナを追いかけていた。
「待ってくれ、エレナ!」
俺が腕を掴むと、エレナは勢いよくその手を振り払って来た。
「なんて、不躾なのかしら、突然、腕をつかむなんて。」
エレナの瞳は涙で溢れそうになっていて、俺は動揺してしまう。
「もしかして、コットン男爵令嬢と踊ったことを怒ったのか?」
「別に怒ってなどいませんわ。ただ、これだけは言っておきます。平民の血が混ざったあなたと、男爵令嬢が皇位については皇権は揺らぎます。彼女がライオットが結婚をしたいパートナーですか? 彼女を正室にと考えているのなら、諦めてください。アーデン侯爵家の後ろ盾があなたには必要です。愛する彼女を側室にして、私を権力を確固たるものにするために正室に置けば良いと思いますよ」
彼女がそう言うとともに、頰を一筋の涙がつたった。
「コットン男爵令嬢をどうこうなろうなんて思っていない。ごめんエレナ。君だけが俺のパートナーだ。」
俺は彼女の涙に口づけをすると、彼女を思いっきり抱きしめた。