目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 恐怖に染まる恋心。

俺とエレナはクリス・エスパルの戴冠式に向かっている。

俺が小説で書いたエレナ・アーデンの本命は彼だ。


クリス・エスパルは敵国エスパルの独裁者だ。

彼に帝国の機密情報を漏らし結託して帝国を陥れて自分の支配下に置く予定のエレナは今、俺に甘えている。


「なんだか、旅行気分ですね。ライオット」

向かい合わせに座っていたはずなのに、いつの間にか隣に来て俺に寄りかかっている。

頭がボーッとするような良い香りが彼女から漂っている。


「エレナは俺のつくったエレナ・アーデンじゃないのかも。本当に俺とは違う世界で生活していたエレナなのかもしれない。そこのエレナには俺は実際会っていないんだ。ただ、周りから聞いた情報を元に勝手にどのような女性か想像していただけだから」


俺がつくったエレナであれば、もっと大人っぽく色気で誘惑してくるはずだ。


なんだか、隣にいるエレナは猫っぽい可愛さがある。

人の噂などあてにならない。


もしかしたら俺はアニメの中に入ったのではなく、以前1度来た異世界に来たのかもしれない。


「私はどちらでも良いです。でも、そろそろ私を通して誰かを見るのはやめてもらいたいです。今、目の前にいる私だけをみてください。誰が私をつくったとかどうでもよいです。私をつくったのは17年間の私自身ですよ!」


「本当にごめん。エレナの言う通りだ。俺、君に気分の悪いことたくさん言ったし傷つけたよな」

俺は隣にいるエレナを抱き寄せた。


突然、馬車が揺れて驚いてエレナを強く抱きしめた。

「ライオット皇太子殿下、奇襲攻撃です。エスパルの軍に取り囲まれました!」

馬車の扉がひらいて皇宮の護衛騎士が伝えた言葉に体震える。


そんな俺を抱きしめ返して、見つめながらエレナはゆっくりと口を開いた。

「ライオット。エスパルはこういう国ですよ。いつも、帝国を狙って来ます。奇襲をするなど汚い手も平気で使います。おそらく目的は私たちを人質にとり、外交を有利に進めることでしょう」


「エレナ、どうしてそんなに落ち着いているんだ。俺たちを人質に取ることが目的ならば、この場では殺されないからか?エスパルでどんな扱いを受けるか分からないんだぞ」


「帝国貴族はいつだって動揺してはなりません」

エレナは上品にうっすら笑いながら落ち着いて言った。

客観的に見て絶体絶命のこの状況で動揺しないことは俺にはできない。



「この間、エレナもポロポロ俺の前で泣いてたと思うけれど。あれは、嫉妬した自分に動揺したんじゃないのか?」

彼女は、俺の指摘に思わず照れたのか顔を赤くして黙ってしまった。


「エレナ、照れているところ悪いが、今、馬車の外で護衛騎士がどんどんやられている。流石にエスパル軍の人数が多すぎる。何とか切り抜けられないか一緒に考えてくれないか?」

優秀な彼女に作戦の立案を頼むと、彼女は絶対無理なことを俺に要求してきた。


「はい、では、得意の剣術で応戦して来てください。馬車に剣を積んでおいてよかったですね」

エレナは笑顔で俺に剣を渡してくる。


「だから、俺は剣術はできないから。卓球部だったって言ったよな」

剣で戦うなんて絶対無理だし、そもそも人を切ったことさえない。

しかも相手は訓練を受けた敵国の騎士たちだ。


その時、馬車の窓ガラスが割れて破片がエレナの顔をかすった。


「エレナ、血が⋯⋯」

俺が慌ててエレナの血を拭こうとすると、エレナはスカート中から黒い何か取り出して来て俺に渡した。


「ここの引き金を引くと玉がでますので、敵が来たら撃ってください!」

俺が昔行った異世界と、俺が書いた『赤い獅子』の世界の違いは拳銃の有無だ。

俺はエレナを世界を征服をするラスボスにするために天才設定にした。

彼女は拳銃を開発し、自分の暗殺ギルドで使っていることにしたのだ。


今ので、彼女が俺のつくったエレナだとわかってしまった。

芽生え始めてた恋心が恐怖で染まっていく、俺のつくったエレナに恋をする勇気がない。

というか、今目の前にいる彼女がこの世界の一番の危険人物だと俺は知っている。


「私は外で戦って来ますので、できるだけ安全に過ごしてください!」

エレナはそう言うと、先ほど俺に渡そうとした剣を持って馬車の外に出て行った。


「うわー!助けてくれ!」

馬車の窓に思いっきり血しぶきがかかる。

エレナがものすごいスピードで敵を倒していく。


「なんで、こんな怖い女の設定にしてしまったんだ。いつ、敵になるか分からないし、殺されるかもしれない!」

俺は拳銃を握りしめながら、自分が命を狙われても人を撃てる自身がないことを悟った。

彼女は頭がずば抜けてよく、強かだから俺に気があるふりをしているだけだとしても俺には見抜けない⋯⋯


外が静まりかえったので、馬車の扉を開ける。

エレナは薄いピンクのドレスを着ていたのに、そのドレスは真っ赤な返り血で染まっていた。


「大将首です。戴冠式に行って叩きつけてあげましょう!」

彼女は俺に嬉しそうに首を渡そうとしてくるので、俺は震える手でそれを受け取った。


「帝国の護衛騎士の方々はお強いのですね。このような少人数で、これほどのエスパルの軍勢を倒してしまうなんて。これからも、殿下と私を守ってくださいね」

呆然と震えながらエレナを見つめる騎士たちにエレナは釘を刺していた。

今、自分がとんでもない殺戮を見せたことは口外するなということだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?